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AIによる株価指数予測の可能性と限界

~AIは2024年のS&P500をどう予測するのか?~

柏村 祐

目次

1.株価指数を理解する

株価指数は、株式市場や産業セクターの株価の動きを表す指標である。代表的な株価指数として、アメリカのS&P500とダウ工業株30種平均(ダウ平均)、日本の日経平均株価などがある。このうちS&P500は、アメリカの大型株500銘柄で構成される時価総額加重平均型の株価指数である。幅広い産業セクターを網羅しており、アメリカ株式市場全体の動向を反映すると考えられている。

S&P500は、アメリカ株式市場の動向をみるうえで重要な指標の1つだが、近年AIによる予測が注目を集めている。本稿では、AIを用いた株価指数の将来予測に焦点を当て、その可能性と限界について検討する。

2.AIによるS&P500の予測実験

AIを活用したS&P500予測は、「過去のデータの分析」と「楽観シナリオ、悲観シナリオにもとづく予測」の2つの工程に大別される。

まず、「過去のデータの分析」工程で、S&P500の過去5年間のデータをAIに読み込ませ「直近5年分のS&P500の分析をお願いします」と指示したところ、AIはその月次データを解析したうえで、「上昇トレンド」「変動性の高まり」「高止まりした株価レンジ」「出来高のトレンド」「今後の見通し」という5つの特徴について、以下の通り洞察した(図表1)。すなわち、「直近5年間のS&P500は上昇トレンドを維持しつつも、変動性の高まりや割高バリュエーションなどの不安要因を抱えた展開となっています。今後の動向には注目が必要そうです」というものである。

図表 1
図表 1

次に、今後の楽観シナリオにもとづくS&P500を予測するため、はじめにAIを活用して楽観シナリオの作成を行った(図表2)。

図表 2
図表 2

このAIが作成した2024年度の世界の経済、政治、環境、技術、社会動向に関する楽観シナリオを改めて読み込ませたうえで、「楽観シナリオにもとづき2024年6月末、9月末、12月末のS&P500を予測してください」と指示したところ、AIは、前提条件として「2024年の世界経済は持続的な成長を遂げると予想されています。IMFは世界経済が緩やかながら着実に成長するとの見通しを示しており、米経済の強さが世界のGDPを押し上げるとしています。また、WTOは2024年の世界貿易量が最大5.8%増加すると予測しています」とし、2024年6月末5,300ポイント、2024年9月末5,500ポイント、2024年12月末5,700ポイントという予測を算出した(図表3)。

図表 3
図表 3

次いで今後の悲観シナリオにもとづくS&P500の予測を行うため、はじめにAIを活用して悲観シナリオの作成を行った(図表4)。

図表 4
図表 4

このAIが作成した2024年度の世界の経済、政治、環境、技術、社会動向に関する悲観シナリオを改めて読み込ませたうえで、「悲観シナリオにもとづき2024年6月末、9月末、12月末のS&P500データを予測してください」と指示したところ、AIは、前提条件として「2024年の世界経済は複数のリスク要因により減速する可能性があります。IMFは世界経済の成長鈍化を指摘しており、特に先進国の消費者物価上昇率の低下が遅れることが予想されます」とし、2024年6月末4,500ポイント、2024年9月末4,200ポイント、2024年12月末4,000ポイントという予測を算出した(図表5)。

図表 5
図表 5

以上のように、AIは過去データの分析による予測と楽観・悲観シナリオにもとづく予測の2つのアプローチを組み合わせて、具体的にS&P500を予測した。過去データの分析を行うことで、S&P500の変動パターンや傾向を把握し、楽観・悲観シナリオにもとづく予測では、将来起こりうる事象を想定し、それがS&P500に与える影響を検討する。この2つのアプローチを組み合わせることで、過去の傾向と将来の可能性を総合的に考慮した予測が可能となる。

3.株価指数予測におけるAIの可能性と限界

近年、AIの機械学習技術の目覚ましい進歩により、これまで捉えることが難しかった複雑で入り組んだ関係性を解明できるようになってきた。入り組んだ関係性とは、単純な比例関係では表現できない、入力と出力の間の複雑な関係性のことである。たとえば、株価と経済指標の関係は単純な比例関係ではなく、様々な要因が絡み合った複雑な関係性を示すことが多い。AIは、膨大なデータからこのような複雑な関係性を学習し、将来の株価指数の動向を予測することができる。

さらに、自然言語処理技術の高度化により、ニュース記事や経済レポート、企業の決算情報などのテキストデータから、市場の雰囲気を読み取ることも可能になりつつある。AIは、数値データだけでなく、テキストデータに含まれる感情や期待までも分析し、より多角的な視点から総合的な判断を下すことができるようになりつつある。これは、従来の数値データを基本とした予測手法からの大きな進歩であり、AIの優位性を示す顕著な例といえるだろう。

加えて、リアルタイムデータの取り込みと高速処理により、AIの判断速度は人間のそれをはるかに上回ることができる。激しく変動する市場環境において、素早く正確な意思決定を行うことは非常に重要である。AIは、膨大なデータを瞬時に処理し判断を下すことができるため、投資家にとって強力な味方となるだろう。

ただし、AIによる予測にも限界があることを認識しておく必要がある。AIの予測は、過去のデータに基づいているため、予期せぬ出来事や市場の突発的な変化に対して、柔軟に対応することが難しい。たとえば、2020年に発生した新型コロナウイルスによる経済ショックのような予測不可能な事態が起こった場合、AIによる予測モデルはその影響を十分に織り込むことができない可能性がある。

また、AIによる予測モデルの多くは、その内部構造や予測プロセスが不透明であり、いわゆる「ブラックボックス」問題が指摘されている。つまり、AIがどのようにして予測結果を導き出したのか、その根拠が明確に示されていないことが多い。そのため、AIによる予測結果を鵜呑みにするのではなく、その限界を十分に理解したうえで活用することが重要である。

今後、株価指数予測におけるAIの活用をより実務に適用していくためには、いくつかの課題に取り組む必要がある。第一に、AIモデルの予測プロセスの透明性を高め、「ブラックボックス」問題に対処することである。AIモデルの内部構造や予測根拠を可視化し、説明可能性を向上させることが重要である。第二に、AIの予測と人間の判断を適切に組み合わせる仕組みを構築することである。AIの予測を参考にしつつ、最終的な意思決定は人間が行うという、人間とAIの協調関係を確立すべきである。第三に、AIモデルの継続的な改善と更新を行うことである。市場環境や経済状況の変化に合わせて、AIモデルのパラメータや学習データを定期的に調整し、予測精度の維持・向上を図ることが重要である。

S&P500の事例から明らかなように、AIは様々な株価指数の予測に応用可能である。AIによる予測は、投資家の意思決定を支援する強力なツールとなる可能性を秘めている。ただし、AIの予測を過信するのではなく、その限界を理解し、人間の判断と適切に組み合わせることが重要である。今後、AIと人間の協調関係を深化させながら、予測の精度と実用性を高めていくことが期待される。

柏村 祐


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

柏村 祐

かしわむら たすく

ライフデザイン研究部 主席研究員 テクノロジーリサーチャー
専⾨分野: AI、テクノロジー、DX、イノベーション

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