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母子家庭の貧困問題と就労支援制度

~シングルマザーへの就労支援(1)~

福澤 涼子

目次

1.母子世帯の貧困問題

現在、子どものいる世帯のおよそ1割が母子世帯であり、そのうち半数が貧困世帯である(注1)。貧困は、今日の生活が苦しいという問題だけではなく、家庭の経済状況により子どもが大学進学を諦めてしまうなど、未来への貧困の連鎖にもつながる。

もちろん、シングルマザーは働いていないわけではない。厚生労働省「令和3年度全国ひとり親世帯等調査」によれば、日本のシングルマザーの就業率は86.6%であり、およそ9割が就業している(注2)。

シングルマザーが働いていても貧困に陥ってしまうのは、雇用が不安定で賃金が相対的に低い非正規で働いていることが要因の1つである。図表1は就労する母子世帯の就業上の地位の割合を時系列で比較したグラフだが、「正規の職員・従業員」の割合が増加傾向ではあるものの、いまだシングルマザーの4割が「パート・アルバイト等」で働いている。

図表1
図表1

図表2は働くシングルマザーの就業上の地位別平均年収の分布である。「正規の職員・従業員」の場合、半数以上が自身の就労で年収300万円以上を得ているが、「パート・アルバイト等」の場合には、75%が就労年収200万円未満となっている。そのため、「パート・アルバイト等」の平均年収は「正規の職員・従業員」の半分以下(平均就労年収150万円)だ。母子世帯のなかでも、非正規雇用で働く母子世帯が貧困に陥りやすいといえる。

図表2
図表2

2.非正規雇用で働いているのはなぜか

母子世帯の母親に非正規雇用で働く人が多いことの背景として2つ考えられる。

1つは、自ら非正規雇用を選んでいる人がいるということである。子育ての時間的制約から正社員を希望しないシングルマザーが多いことは、先行研究でも指摘されている(注3)。筆者は以前に執筆したレポート「ワーキングマザーの活躍支援(2022年12月)」で、育児短時間勤務制度など両立支援の制度整備が進んでいることを述べたものの、それらは入社すぐには対象とならない場合が多く(注4)、子育て中の女性にとって正社員に転職するのはハードルが高いという課題も残る。

もう1つの要因は、正規雇用の就職先が限られているということである。先述の「令和3年度全国ひとり親世帯等調査」によれば、母子世帯になる前に「正規の職員・従業員」として就業している割合は、35.2%に留まる。一方で、正社員の中途採用は即戦力が求められることが多いため、正社員としての勤務にブランクがある場合、再就職の難易度が上がりがちだ。子育て中だと、残業や出張に制約があるためになおさら不利である。そのため、やむを得ず非正規で就業しているケースも多いと考えられる。さらに、非正規の場合、能力開発やスキルアップの機会が正規雇用者に比べ少ないことが多く、長年働いたとしても、正社員に転換するのは容易ではないという厳しい現実がある。

3.ひとり親支援の各種制度と、申請までたどり着くハードルの高さ

低賃金で働きながら貧困を脱しようとするならば、ダブルワークなどで長時間働かなければならない。そうした生活が続けば、育児や家事の時間が不十分になるだけでなく、母親自身の健康にも支障が生じるおそれもある。

こうしたことから、厚生労働省は母子世帯に対して、収入や雇用条件の改善につながる就職・転職を支援する方針を打ち出している(注5)。図表3は、児童扶養手当(世帯年収ベースで365万円までの場合、子どもの人数に応じた手当が月額支給される)を受給している全国のひとり親家庭向けの就業支援制度の一覧である。

図表3
図表3

なかでも、手厚い支援内容で成果も出始めているのが、高等職業訓練促進給付金制度だ。2021年度の実績(注7)では、本制度を利用した資格取得者のうち看護師資格を取得した人が4割(1,133人)を占め、その84%が常勤としての就業に結びついた。看護師は、慢性的な人手不足であり、かつ子育て中の女性も多い職場環境にある。資格があれば子育て中でも雇用のチャンスに恵まれやすく、就業につながっていると考えられる。賃金も比較的高いため(注8)、安定した就労につながれば、生活の自立に大きく貢献する。

これらの制度を上手く活用できれば、貧困を脱する道筋も見つかるが、一方でその認知度は高くない。高等職業訓練促進給付金制度の利用経験は母子世帯全体の3%にとどまり(注9)、制度を利用していない97%のうち、44.5%がこの制度の存在を認識していない。

加えて、やりたい仕事が定まらない中でこの制度を利用する場合、せっかく取得した資格が活かされず短期間での離職につながるなど、制度が効果的に活用されていないケースがあるとの指摘もある(注10)。

実際には、図表3の就業支援制度のほか、生活支援のための制度や各自治体が独自に定めた制度もあり、母子世帯向けの支援制度は多様である。一人で仕事と子育てに追われ時間のないシングルマザーが、貧困から脱するために自身のキャリア目標を設定し、それを実現するための支援制度を十分に理解したうえで、必要書類を用意して申請まで至るのはそう簡単ではない。

ひとり親向け支援制度が充実してきたからこそ、これらの制度の認知度を高め、活用促進を図ることが求められる。その意味でも、多様な支援制度から一人ひとりに最適な支援を届けるにはどうすればよいのだろうか。次稿では、そうした取り組みを積極的に行う自治体の1つの事例として、東京都江戸川区のひとり親に向けた就労支援の取り組みを紹介する。

【注釈】

  1. 厚生労働省「令和3年度 全国ひとり親世帯等調査結果の概要」によれば、親等との同居を含む母子世帯数の推計は119.5万世帯。「2021年国民生活基礎調査」によれば児童のいる世帯は1073.7万世帯であり、母子世帯はおよそ1割となる。ただし、児童の年齢が「全国ひとり親世帯等調査」は20歳までとしているのに対し、「国民生活基礎調査」は18歳までのため留意が必要。また労働政策研究・研修機構「第5回(2018)子育て世帯全国調査」によれば、母子世帯の貧困率は51.4%である。
  2. 有業率86.6%は、OECD加盟国のシングルマザー(71.2%)や日本国内の女性(令和元年25~44歳の女性の就業率77.8%)と比べても高い水準にある。/OECD Family Database 「LMF1.3 Maternal employment by partnership status」(2023年5月閲覧),「男女共同参画白書令和2年版」
  3. 周燕飛『母子世帯のワーク・ライフと経済的自立』労働政策研究・研修機構,2014年
  4. 例えば、「育児・介護のための所定外労働の制限」「育児短時間勤務制度」などは入社1年未満の労働者を、「子の看護休暇制度」は入社6か月未満の労働者を対象外とできる。/「育児・介護休業等に関する規則の規定例」厚生労働省
  5. 「特に母子家庭施策については、子育てをしながら収入面・雇用条件等でより良い就業をして、経済的に自立できることが、母本人にとっても、子どもの成長にとっても重要なことであり、就業による自立支援の必要性が従来以上に高まっている」と述べている。/「厚生労働省告示第78号」2020年
  6. 厚生労働省子ども家庭局家庭福祉課 母子家庭等自立支援室「令和5年度ひとり親家庭等自立支援関係予算案の概要」,東京都福祉保健局ウェブサイト「シングルママ シングルパパ くらし応援ナビtokyo」,こども家庭庁支援局家庭福祉課「ひとり親家庭等の支援について」のほか、江戸川区などの自治体ホームページを参照。
  7. 看護師資格の取得者1,133人のうち、957人が常勤、43人が非常勤・パートの就業に結びついている。/こども家庭庁支援局家庭福祉課「ひとり親家庭等の支援について」p44
  8. 看護師の平均年収は約500万円、勤続1~4年の30代の場合でも約400万円/「令和4年賃金構造基本統計調査」
  9. 厚生労働省「令和3年度全国ひとり親世帯等調査結果報告」2022年
  10. 周 燕飛「シングルマザーへの就業支援事業の効果―高等職業訓練促進給付金に注目して―」独立行政法人 労働政策研究・研修機構,2019年

【参考文献】

  • 厚生労働省「令和3年度全国ひとり親世帯等調査結果報告」2022年
  • 厚生労働省「国民生活基礎調査」2021年
  • 独立行政法人労働政策研究・研修機構「第5回(2018)子育て世帯全国調査」2019年
  • 独立行政法人労働政策研究・研修機構「労働政策研究報告No.140 シングルマザーの就業と経済的自立」2012年
  • OECD Family Database 「LMF1.3 Maternal employment by partnership status」(2023年5月閲覧)
  • 周燕飛『母子世帯のワーク・ライフと経済的自立』労働政策研究・研修機構,2014年
  • 周 燕飛「シングルマザーへの就業支援事業の効果―高等職業訓練促進給付金に注目してー」独立行政法人 労働政策研究・研修機構,2019年
  • 厚生労働省「育児・介護休業等に関する規則の規定例」2022年
  • 厚生労働省「厚生労働省告示第78号」2020年
  • 厚生労働省子ども家庭局家庭福祉課 母子家庭等自立支援室「令和5年度ひとり親家庭等自立支援関係予算案の概要」
  • 東京都福祉保健局ウェブサイト「シングルママ シングルパパ くらし応援ナビtokyo」
  • こども家庭庁支援局家庭福祉課「ひとり親家庭等の支援について」2023年
  • 江戸川区ウェブサイト「ひとり親・母子家庭のための施策」
  • 黒田 有志弥「社会手当の意義と課題――児童手当制度及び児童扶養手当制度からの示唆――」『社会保障研究 』vol.1, no.2, pp.370-381 2016年
  • ひとり親家庭支援策の実態に関する事例集(平成29年3月)-江戸川区
  • 厚生労働省「令和3年度母子家庭の母及び父子家庭の父の自立支援策の実施状況」2023年
  • 厚生労働省「令和2年度ひとり親家庭支援者等会議」資料5東京都江戸川区提供資料 2020年
  • 厚生労働省 「令和4年度賃金構造基本統計調査」

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本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

福澤 涼子

ふくざわ りょうこ

ライフデザイン研究部 副主任研究員
専⾨分野: 住まい(特にシェアハウス)、子育てネットワーク、居場所、ワーキングマザーの雇用

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