ライフデザイン白書2024 ライフデザイン白書2024

世代をつなぐ「学び合い」の可能性

~続・効果的な世代間交流のあり方とは~

福澤 涼子

目次

1.世代間の学び合いの重要性の高まり

ミドルシニア層のリスキリングやアンラーニングといった言葉が注目を集めるように、変化の激しい現代において、年齢に関わらず学び続ける重要性が増している。従来、職業技術の伝達などの教育指導はその経験値に基づき、上の世代から下の世代へと行われてきた。だが、近年ビジネスモデルの変化のスピードが加速していることに加え、デジタル化の進展などもあり、働く環境は大きく変化した。これまで積み上げてきた経験値だけで、上の世代が下の世代を教育するには限界があるといえる。

むしろ若年層のほうが、新しい技術の習得や、新しい環境への適応に優れているため、今後は下の世代が上の世代に教える機会も増していくと考えられる。特に、高齢者雇用が推進されているなか、職場のミドルシニア層にいかに活躍し続けてもらうかは、多くの企業にとって共通の課題である。そのため、「上の世代が下の世代に教育する」という一方向だけではなく、「下の世代が上の世代を教育する」という双方向の学び合いにより、全世代がスキルアップしていくことがより重要といえるだろう。

2023年10月の拙稿「上の世代との会話は学びか、苦痛か~効果的な世代間交流のあり方とは~」では、若年層(18~34歳)の上の世代との交流の実態や意識に関する調査データにもとづき、効果的な世代間交流について論じた。本稿では、逆にミドルシニア層(50~69歳)(注1)の下の世代との交流に関する意識調査から、「世代間の学び合い」について検討する。

2.ミドルシニア層にとって、下の世代との会話は学びがあるのか

図表1上側は、ミドルシニア層に「自分より下の世代の人との会話によって学ぶことがある」かをたずねた結果だが、全体の52.4%(「あてはまる」「どちらかというとあてはまる」の合計)が下の世代との会話から学びを得ていることがわかる。これは、図表1下側の若年層(18~34歳)が「自分より上の世代の人との会話によって学ぶことがある」と回答した割合とほぼ同じで(52.5%)、ミドルシニア層も下の世代との会話から学びがあると捉えているようだ。つまり、世代間の交流は年少者が年長者から学ぶだけではなく、年長者も年少者から学びを得られる機会だといえる。

図表1 世代の異なる相手との会話によって学ぶことがあるか(年代別)
図表1 世代の異なる相手との会話によって学ぶことがあるか(年代別)

また図表2は、ミドルシニア層に対する「下の世代との会話によって学ぶことがある」かとの問いに、肯定した人と否定した人の別にみた、下の世代との会話の意向を比較したものである。「下の世代との会話によって学ぶことがある」と肯定的に回答した人の70.4%が「もっと会話したい」と思っている一方、「学びがない」と感じている人では会話意向が8.1%に止まる。以前拙稿で紹介した若者の「上の世代との会話によって学ぶことがある」の回答結果別の会話意向(注2)以上に、「学びがあるか否か」によって、会話の意向度合いに差が開く形となった。

図表2 自分より下の世代の人ともっと会話したいか(学びの有無別)
図表2 自分より下の世代の人ともっと会話したいか(学びの有無別)

一概には言えないものの、共通の時代体験を持つ同世代は、価値観が同質的になりやすい。一方で、育った年代が異なれば、価値観や経験・知識も異なることがあり、他世代との会話から思ってもみなかった示唆を得られることも大いにありうる。そのように、下の世代からも学ぶことがあると捉える人ほど、下の世代との会話をより求める傾向にあるといえる。

3.役割を逆転させる「リバースメンタリング」とは

だが、日本は年齢による上下関係を重んじる文化だといわれることも多い。ミドルシニア層が「学びがあるから会話をしたい」と下の世代に対して考えていた場合でも、「上の世代に教えるなんて生意気だと思われるのではないか」と委縮してしまう若者もいるだろう。

そのため、下の世代が上の世代に教えるという仕組みを制度として導入している企業がある。「リバースメンタリング」と呼ばれるその制度は、年上が年下に指導するという一般的な役割を逆転させ、若い従業員が上層部を指導するというものだ。この仕組みは、1990年代にアメリカの電気メーカーにおいて、経営陣が若い従業員からインターネットなどのIT技術を教わり効果を発揮したことで注目されるようになった。昨今では、日本でも複数の企業で、若い社員が幹部層へ先端のデジタル技術ほか、職業観や消費トレンドなどを助言・提案するリバースメンタリングが制度として取り入れられている。

このリバースメンタリングの効果の1つとして、世代間の学び合いを挙げることができる。上の世代は、自身の知らない知識をインプットすることで、技術の習得や視野を広げることができ、経営やイノベーションのヒントにもなる。一方若者にとっても、上の世代に進言をするという経験を通じて、リーダーシップの向上が期待できる。

加えて、リバースメンタリングには世代間の関係を良好にする効果も期待できる。「年寄りは使えない」「若者は甘ったれている」などの世代間の対立や分断を招く年齢差別(エイジズム)は、交流頻度の少なさがその偏見を招く要因の1つとされる(注3)。互いを尊重しあう学び合いの機会は、そうした偏見や対立を軽減させることにもつながると考えられる。これらの効果を踏まえると、定年延長などで年齢に関するダイバーシティが高まっている現代では、リバースメンタリングの相手を役職者に限らず年長者全体に広げることには、個々人や職場全体に大きなメリットがあると考えられる。

もちろん一般論として、年長者より経験値の低い若者は、視野が狭くなりがちで未熟な面も多い。年長者はそうした点を寛容な態度で見守りながら、「下の年代から学べる点はないか」という視点で、若い世代との会話の機会を設けてみてはいかがだろうか。学び続ける必要性が増すなか、異なる世代は、自分の知らない知識や視点を教えてくれる貴重な「先生」になりうるだろう。

【注釈】

1)本稿は主に職場での世代間交流を想定していることから、50~69歳をミドルシニア層と設定した。

2)「上の世代との会話によって学ぶことがある」と肯定的に回答した若者の60.3%が「もっと会話したい」と思っている一方、「学びがない」と感じている若者では9.7%にとどまる(福澤 2023)。

3)先行研究によれば「日頃から親しくしている高齢の親族や仕事仲間数が少ない若年者ほど高齢者に対する否定的な感情を抱き、若年者との接触頻度が低い高齢者ほどできるだけ若年者との交流を避けたいという感情を抱いていることを示唆」していて、接触機会を増やすことで互いの偏見や差別が低減する可能性が示されている。/原田謙『「幸福な老い」と世代間関係-職場と地域におけるエイジズム調査分析』

【参考文献】

  • Murphy, Wendy Marcinkus「Reverse mentoring at work: Fostering cross‐generational learning and developing millennial leaders.」Human Resource Management, 51(4), 549–573.2012

  • Antonia J. Clarke, Annette W Burgess, Christie van Diggele, C. Mellis「The role of reverse mentoring in medical education: current insights」Advances in Medical Education and Practice 2019

  • 原田謙『「幸福な老い」と世代間関係-職場と地域におけるエイジズム調査分析』勁草書房 2020年

  • 原田謙, 小林江里香, 深谷太郎, 村山陽, 高橋知也, 藤原佳典「高齢者の若年者に対する否定的態度に関連する要因― 世代間関係における「もうひとつのエイジズム」 ―」老年社会学 2019 年 41 巻 1 号 p. 28-37

  • 日本経済新聞
    「資生堂、幹部の指南役は20代『逆メンタリング』で絆」2023年9月14日
    「経営陣の指導役は若手社員『逆メンター』で組織見直し」2023年3月29日
    「三菱マテリアル、若手が経営層の先生役 ネット活用」2021年6月16日
    「若手が幹部を逆指導 住友化学、社内交流で双方に刺激」2020年10月12日

  • 福澤涼子「上の世代との会話は学びか、苦痛か~効果的な世代間交流のあり方とは~」第一生命経済研究所, 2023年10月

福澤 涼子


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

福澤 涼子

ふくざわ りょうこ

ライフデザイン研究部 副主任研究員
専⾨分野: 住まい(特にシェアハウス)、子育てネットワーク、居場所、ワーキングマザーの雇用

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