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人に出会い、まちを好きになるグッドサイクル

~市民目線でまちの魅力を発信する市公式SNS(奈良県生駒市)~

福澤 涼子

目次

1.市民が発信する生駒市公式SNS「グッドサイクルいこま」

日本人の8割がSNSを利用するなか(注1)、これをプロモーションに活用しようという動きは、企業だけでなく自治体にも大きく広がりを見せている。一方で、SNSには、読みやすく惹きつける文章、魅力的な(いわゆる映える)画像、そして更新頻度も重要となり、その運用は決して容易ではない。実際、更新がストップしていたり、イベント情報の紹介にとどまる市区町村アカウントも多く、その活用や運用の方法を模索している自治体も少なくないだろう。

本稿では、SNSを活用したシティプロモーションの事例として、奈良県生駒市公式SNS「グッドサイクルいこま」と、それを支える市民PRチーム「いこまち宣伝部」を取り上げる。「グッドサイクルいこま」は、2015年の誕生から8年間、ほぼ毎日途切れることなく更新され続けている。その内容は、イベント情報や行政サービス情報にとどまらず、たとえば、隠れた名所や新たに開店したお店、習い事教室、公園の遊具や福祉施設、駅前を掃除するおばあちゃんなど、まちの日常を隅々まで取材してつくられる。では、こうした市民によるSNSはどのようにつくられているのだろうか。

2.「アクセスが良い」以外の地域の魅力を伝えていくには

奈良県生駒市は、大阪府と京都府に接する人口約12万人の都市で、県外就業率が50%を超えるベッドタウンだ。「大阪都市圏へのアクセスの良さ、治安の良さ、自然の多さ」が大きな魅力であり、就職や結婚、出産をきっかけに転入してくる市民も多い。そうした市民が、「機能的な良さ」以外の地域の魅力を認識し住み続けたいまちにしていくこと、そのために他のベットタウンとどのように差別化を図るかがプロモーションの肝となる。

図表1
図表1

3.アイディアが沢山つまった「いこまち宣伝部」

「グッドサイクルいこま」は、市民PRチームがそれぞれの視点から発掘した生駒市の魅力を発信するSNSである。

生駒市で公式SNSの立ち上げが決まった際、担当する生駒市広報広聴課 大垣弥生氏らは、「行政情報」を伝えるためではなく、市民との協働で「まちの情報」を伝えるツールにしたいと考え、市民が発信の主体となるPRチーム「いこまち宣伝部」をつくるアイディアを思いついた。さらにメンバーは公募することとし、その対象を18 歳から 49 歳までの比較的若い市民に絞って、その人たちに地域に関心をもつきっかけを提供することにした。また、事前に、どうすれば市の事業に参加しやすいかを働き盛り世代の市民にリサーチしたうえで、市民の負担や参加のしやすさなどを考慮し、<1年間の期間限定の活動>、<無料の撮影・ライティング講座>などのアイディアを盛り込んだ。

図表2
図表2

こうした工夫が功を奏し、募集がはじまると、「カメラについて学びたい」「地域の魅力を見つけたい」などの動機で、すぐに定員(およそ10名)を超える応募があり、「いこまち宣伝部」の活動が始まった。

抽選で選ばれた市民たちは「部員」と呼ばれ、「自分が見つけた地域の魅力を月に1~2本、市公式SNS『グッドサイクルいこま』に投稿する」という目標を与えられて、任期の1年間、地域のあちこちを取材して回ることになる。

4.職員や同期部員との関係性が、1年間の活動をやり切る鍵

「いこまち宣伝部」の部員たちは、2時間×5回の研修で、専門家からカメラの使い方、ライティング、編集などを学び、取材・撮影・文章作成の基礎を身に着ける。そして実践がはじまると、担当の市役所職員が手厚くサポートする。部員が「取材先が見つからない」という時には職員も取材先を提案したり、書かれた記事に指摘やアドバイスを行ったりする。その際にも単に「ここをこう直してください」と伝えるのではなく、「この記事で1番言いたいのは、どんなことですか?」と、落ち着いて考えてもらえるような声掛けを行い、部員は内省しながら書き直していく。部員が取材を断られて落ち込んでいるときには、励ましつつ、次のアクションを助言し、時に食事に出かけて話を聞くなど、精神的な支えにもなる。

それでも担当職員が「1年間、部員がモチベーションを維持し続けるのは非常に難しい」と話すように、子育てや仕事に忙しい年代の部員たちが活動をやり切るのは容易ではない。実際、元宣伝部員からは、「子どもを寝かしつけた後、夜中まで記事の執筆に追われたり、すぐ次の取材先を探さなければならず、気持ちが休まらなかった」といった声も聞かれた。そうした時に、職員からのフォローに加えて、部員同士の関係性も重要な支えとなる。たとえば、グループチャット上で職員から指摘があった際、部員同士はリアクションやメッセージで励まし合う。その他、取材先を一緒に探したり、集まって飲みに行くこともあれば、取材とは関係のない私生活のことまで相談し合うこともある。「もう嫌だと思うときもあったけど、みんなが頑張ろうと言ってくれたり、自分の書いたものを褒めてくれるから、辞めずにやり遂げられた」と元宣伝部員が振り返るように、多くの部員が最後まで活動をやり切る背景には、こうした部員同士の支え合いがあった。

そして、一斉に活動を開始した宣伝部員同士の関係性には、支え合うだけではなく、ほど良いライバル意識も垣間見える。こうした意識によって、他の部員の書いた記事に触発され、自分も負けじと良いものを書こうという意欲も高まるだろう。このように部員同士の関係性と職員のサポートによって「グッドサイクルいこま」には連日質の高い記事が投稿されつづけている。

図表3
図表3

5.地域の魅力に気づいた部員たちは、仲間と共に生駒の魅力をつくる側へ

こうした関係性に支えられながら、地域に飛び出した部員たちを待っているのは、自分の知らない地域の魅力や、地域で活躍する人びととの出会いである。いつもの公園や活動、お店などに足を運び、視点を変えて見つめることで、見過ごしていた地域の魅力に気づくことができる。また、取材という名目があることで、相手から思いがけず深い話を聞くこともよくある。「なぜ生駒で商売を始めたのか」という問いから、取材相手が人生の紆余曲折を語ってくれれば、愛着や応援したいという想いが芽生えるだろう。ある元宣伝部員は「いろいろな人の人生を聞くことで、相手のことを好きになる。そのうち生駒自体が好きな人の集合体のような感覚になり、まちがものすごく好きになった」と心境の変化を振り返る。

そして、取材相手から「好きに書いていい」「伝統行事を地域に伝えてほしい」など信頼や期待の言葉をもらったり、記事の発信後に「記事を見た孫に褒められた」「コミュニティに受け入れられた気がした」など感謝の声が届くことがある。記事に対して、「いいね」や「今度行ってみます」などのリアクションを貰うこともできる。こうした取材先や読者からの反応が宣伝部員たちにとっての喜びであり、やりがいになっている。

宣伝部の活動をきっかけに、地域に関わり、活躍するようになる部員が多く現れている。実際に取材先のサークルや子ども食堂に関わるようになった人、地域行事の少ないニュータウンエリアで新たな行事をつくったという人も出てきている。もちろん、想いがあっても実践するにはハードルがあるだろうが、宣伝部の経験を通じて、活動場所や人とのつながりも自然と生まれ、仲間を手伝うような気軽さで、地域に参加することができる。宣伝部で活動する以前から自身で公園活用のプロジェクトを立ち上げていた元部員は「1番の壁は仲間探しだったが、自身のアイディアに共感してくれる宣伝部の仲間との出会いによって、具体的な活動へとステップアップすることができた」と振り返る。地域の魅力探しに奔走していた部員が、その魅力をつくる側に回り、自身も地域の魅力の一部になっていく。既にOB・OG含めて部員は100名を超えており、地域へ与える影響は、決して小さなものではない。

来年、「グッドサイクルいこま」と「いこまち宣伝部」は10年目を迎える。市民目線でまちの魅力を伝える「グッドサイクルいこま」は、今や市の強力なプロモーションツールになり、「いこまち宣伝部」は、地域の魅力となる人材を発掘し育てていくという場としても期待がされている。さらに、今年は新たに「いこまちマーケット部」という新しい活動も立ち上がった。「地域の魅力をつくる楽しみを体感してもらいたい」というのが、立ち上げた生駒市広報の願いである。生駒市と市民によるさらなる挑戦に今後も期待したい。

【注釈】

  1. 総務省「令和4年通信利用動向調査の結果」(2023年発表)によれば、SNSの利用状況は全体で8割に達し、特に直近は6~12歳などの低年齢層、及び70歳以上の高年齢層の利用率の上昇が見られている。
  2. 本稿の調査取材は、2023年10月に刊行の「ライフデザイン白書2024」の執筆を主な目的として行っている。なお、本稿は書籍掲載の内容を参考に新たに書き下ろしたものである。

【参考文献】

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福澤 涼子


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

福澤 涼子

ふくざわ りょうこ

ライフデザイン研究部 副主任研究員
専⾨分野: 住まい(特にシェアハウス)、子育てネットワーク、居場所、ワーキングマザーの雇用

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