ライフデザイン白書2024 ライフデザイン白書2024

「おしごと」を通じたママ同士のつながりの場

~15年つづくママコミュニティの新しい親子の居場所~

福澤 涼子

目次

1.孤立は進むが、子育て広場にはほとんど出かけない親も多い

子育て世帯の孤立が進行している。その背景には、核家族化・地域のつながりの希薄化、育った地域から離れて子育てをする人の増加、児童数の減少などが挙げられる。この問題に対する行政支援は「地域子育て支援拠点事業」が代表的である。地域子育て支援拠点とは、親子の交流機会を増やし、子育ての相談や援助、地域の子育て関連情報や講習を提供する拠点であり、いわゆる「子育て広場」のようなイメージだ。子ども家庭庁の令和4年度の調査によると、およそ8,000か所でこのサービスが展開されており、国は全中学校区での設置(全国10,000か所)を目指している(注1)。3歳未満の子どもを育てる家庭のうち、6~7割は保育園や幼稚園に預けずに家庭で子育てをしているため、こうした拠点の価値や効果は大きいと考えられる。

しかし一方で、保育所などを利用せずに子どもを育てる母親の5割以上がこうした子育て広場に「ほとんど出かけない」との調査結果もある(注2)。子育て相談などの支援の利用を抑制する要因としては、母親たちが悩みはありつつも、その悩みを具体的に伝えられない感覚をもっており、支援を受ける側のハードルがあるとの指摘(注3)もある。

また、以前筆者が「もうママ友は必要ないのか~現代における子どもを介した友人の価値を考える~(2022年10月)」のレポートで指摘したように、親同士のネットワークである「ママ友」について、必要ないと考える人も少なからずいる。ママ友という言葉にネガティブなイメージをもつ親もおり、親同士の交流の場に足を運ぶことに躊躇したり、必要性を感じていない可能性もある。

2.ママコミュニティが運営する親子の居場所

本稿では、あるママコミュニティが立ち上げた親子の居場所「ルンビニー-つながりの庭-」(以降:ルンビニー)を考察する。ルンビニーはもともと幼稚園だった建物をそのまま活用し、花壇、園庭、遊具、教室、ホールなどを備えた施設で、0歳から小学生・中高生を育てる母親まで多様な子育て世代が集いつながりを形成している。

ルンビニーが立地する神奈川県横浜市金沢区は、「金沢八景」で知られる歴史的な町で、海と山に囲まれた自然豊かな地域でもある。昨今は沿線に新築マンションが増えたことで、転入してくる子育て世帯も多く見られ、金沢区の子育て世帯に関するアンケート調査(注4)によると、居住歴が5年未満の母親が55%にのぼり、あまり馴染みのない土地で子育てをしている親が多い状況がうかがえる。

図表1
図表1

親子の居場所であるルンビニーを設立したのは、保育士の上野さやか氏が代表を務める金沢区の子育てサークル「金沢区ママ」である。22歳の若さで子どもを出産した上野氏は保育士としての知識をもちながらも、自宅で母子2人だけの生活に不安や孤独を感じ、同じ境遇の母親たちが集う場を作る必要性を考え2007年に子育てサークル「金沢区ママ」を設立した。そして自身の子どもが大きくなった現在も、「地域の子育て世代の方へのデジタル回覧板を担う」として、SNSを活用して情報発信を続け、「金沢区ママ」は今や2つのSNS合わせて3,300人ものフォロワーを有する大きなママコミュニティとなった(2023年11月現在)。また、「金沢区ママ」は情報の発信だけではなく、親たちが地域や親同士とつながる機会をもてるイベントを数々開催するなど、金沢区のなかで子育て世帯向けの活動を10年以上続けている。

さらに、2021年からは、閉園した幼稚園「ルンビニーわらべ園」の場所を活用し親子の居場所をつくりたいと、施設の所有者に話を持ち掛け、再活用の役割を任された。そこを拠点にしながら親子が集うマルシェやフリマ、近隣の商店会と共同で餅つき大会などのイベントを開催するほか、園庭や室内を開放し、未就園児を育てる親子の遊び場にしたり、子ども向けの習い事の教室として場所を貸し、多様な親子が集うことができる施設に再生させている。

3.つながることを目的としないから気軽につながる「おしごと部」

ルンビニーで行われている様々な取り組みの中でも興味深いものとして、地元の企業から軽作業(紙の折作業やノベルティの制作など)を親たちが引き受ける「おしごと部」という活動を紹介する。

この活動が生まれた背景として、15年以上続く「金沢区ママ」のメンバーには、既に子どもが小学生・中高生の親も多く、せっかくならば子どもが大きい親たちにもルンビニーに来てほしいと考え、「集まって仕事をする」というアイディアを思いついた。他方で、ルンビニーには、小さい子どもが遊ぶことのできるプレイルームもあるため、「子ども連れでも良いなら働きたい」と未就園児を育てる親からも複数の就業希望があった。

結果として多世代が集まる空間が形成されたうえ、「お母さんたちは器用なので、口と手を同時に動かして、騒がしいくらいです」と上野氏が述べるように、作業を通じた交流が盛んに行われている。たとえば、「幼児期の子どもの成長について心配事がある」母親が、同じテーブルで作業をする小学生を育てる母親に相談すると、「うちもそうだったけど、小学校に上がると気にならなくなる」などのアドバイスがもらえたりする。同世代の子どもを育てる親同士の会話だと、子の発達を比較しやすいため、その相談や応答には気を遣うことも多いだろうが、離れた世代の場合は相談しやすく、応答も受け入れやすいということもあるだろう。加えて、表立った相談の場ではなく、作業をしながらの会話のため相談のハードルも下がる。また、金沢区に住んで間もない親にとっては、近隣の小中学校や塾・習い事に関するリアルな情報を得られる貴重な機会にもなる。

もちろん、子育てに関する話だけではなく、今日の献立やおすすめのスーパーなど、雑談も交わされる。来ていた親からは「地区センターでの集まりだと、子ども中心の会話になるが、ここでは大人同士の会話ができるのが良い」との声があった。また、平日は保育園に子どもを預けて働く母親が土日に来ることもある。父親がサービス業などで土日に働く場合、終日母親のワンオペ育児になるが、子連れでも参加できるのでリフレッシュになるとの声が聞かれる。一方で、そこで交流が深まったとしても、個別に連絡先を交換するケースは多くなく、あくまで仕事のための集まりという気軽さが、かえって集いやすく会話が弾む要因になっていると考えられる。

図表2
図表2

結果として、2022年に始まった「おしごと部」には既に200名以上の登録者がおり、作業の依頼が来れば、各々が参加可能なイミングを申し出て、数時間働きながら、他の母親とも交流して帰っていく。「ちょっとしたお小遣い稼ぎ」から始める母親が多いが、つながりによって育児の孤独感やストレスが解消されるという意味で、金銭以外の大きな価値も提供しているといえる。

図表3
図表3

4.つながるだけではなく、ママたちの活躍の居場所に

上野氏は「おしごと部」だけではなく、ルンビニー全体を母親たちが活躍できる場所にしたいと考え、積極的にそのサポートや権限委譲に努めている。たとえば、ハンドメイド技術をもつ母親が制作物を販売することのできる常設売り場の設置や、定期的なマルシェの開催などを行っている。また「おしごと部」で働く母親に運営の一部を任せたり、子ども向けのワークショップをやりたいという母親がいれば、「金沢区ママ」のSNSなどを使って集客を支援するほか、チラシデザインのスキルをもつ母親とつなぎ、双方の活躍を後押しする。「おしごと部」で運営の一部を任された母親は「話や悩みを聞くことで来るママたちがリフレッシュしてくれるのに加えて、『おしごと部』の活動を広げていくことにやりがいを感じている」と話す。これらの積み重ねによって、ルンビニーが母親たち一人ひとりの活躍の場になっていくと考えられる。

そして、母親たちの活躍の舞台は、ルンビニーの中だけではなく、実際の労働市場にも広がっている。たとえば、イベント協賛企業や「おしごと部」に作業を依頼している企業が、従業員を募集する際に「金沢区ママ」に声がかかり、コミュニティの中から複数の採用に結びついた。企業とは日頃の活動もしくは仕事ぶりによって信頼関係ができており、一方の母親としても子育てへの理解のある職場で安心感をもてるなど、働く意欲のある主婦と地元企業をスムーズにマッチングする効果もあるようだ。その他、ハンドメイド技術をもつ母親たちに、商業施設からワークショップの依頼が来ることもある。最近では出張イベントのために地方に出向く母親もおり、「金沢区ママ」やルンビニーをきっかけに母親たちの活躍の場が拡大している。

また「金沢区ママ」は金沢区の「金沢区健やか子育て連絡会」にも属しており、地域の子育て支援を担う事業者や行政の担当と定期的に意見交換するなど連携しあっている。「金沢区ママ」やルンビニーで多くの親子と接するなかで得られた情報や課題が、地域全体の子育て支援の取り組みに反映されていく。常に変化し多様化する子育て環境やそのニーズにおいて、このような個別の活動や声がこれまで以上に重要となっていくだろう。


【注釈・文献】

  1. 厚生労働省「地域子育て支援拠点事業 実施のご案内(実施ガイド)」(2007年「はじめに」)によれば、「子育て家庭が歩いていける身近な場所に親子で集まって相談や交流ができるよう、すべての中学校区での設置(全国10,000か所)を目指して拡充を図っているところです」とある。

  2. 小島康生「乳幼児の母親を対象とした子育てひろばの利用頻度に関わる要因」家族心理学研究,2020年

  3. 金谷掌子「子育て支援の利用を抑制する実情と子育て支援へのニーズ」岩手県立大学看護学部紀要24 2022年

  4. 金沢区在住の0〜6歳の子を持つ母親(1,056人)、のうち、「金沢区に住んでどれくらいですか。」に対する回答として、1年未満は11.7%、1年以上3年未満は23.1%、3年以上5年未満は19.9%、5年以上10年未満は19.3%、10年以上は24.1%、無回答1.9%であった。/横浜市金沢福祉保健センターこども家庭支援課「金沢区子育て実態調査報告書」2020年

【その他、参考文献】

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福澤 涼子


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福澤 涼子

ふくざわ りょうこ

ライフデザイン研究部 副主任研究員
専⾨分野: 住まい(特にシェアハウス)、子育てネットワーク、居場所、ワーキングマザーの雇用

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