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「障害者文化芸術活動」が問いかけるもの

~多様性への理解を通じて共生社会を目指す~

後藤 博

目次

少子高齢化とグローバル化が進み、持続可能な社会のあり方が問われるようになった昨今、年齢、性別、障害の有無にかかわらず、誰もがウェルビーイングに生きる共生社会が目指されている。そのような中、多様な人々の相互理解と関係性を深める方法の1つとして、スポーツや文化芸術の共感を呼び起こす力が活用されている。そこで本稿では、国の支援と人々の理解によって促進される障害者の文化芸術活動が、どのような正の影響をもたらすのかについて考察してみたい。

1. 緩やかに浸透 障害者文化芸術活動 ~スポーツの祭典「オリンピック」も寄与~

障害者による文化芸術活動への支援は、1995年に政府が策定した「障害者プラン」において障害者の生活の質の向上を目指す施策の1つとして位置づけられ、その後の「障害者基本計画」にも盛り込まれてきた。

2011年制定の「文化芸術の振興に関する基本的な方針(第3次)」においては、文化芸術は高齢者、障害者等にも社会参加の機会をひらく社会的基盤となり得るもので、社会包摂の機能をもつということが明示された。

これらを受け、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会の開催が決定した2013年頃からは、障害者による文化芸術活動への社会的な関心も高まってきている。オリンピック憲章において、開催国はオリンピック村の開村期間に複数の文化イベントを実施しなければならないと規定されており、日本でも実際に多様性に配慮した「beyond 2020プログラム」「Tokyo Tokyo FESTIVAL スペシャル13」といった枠組みで、公演や絵画・造形作品展示など多様なイベントが開催された(注1)。

2018年には、文化芸術活動を通じた障害者の個性と能力の発揮、社会参加の促進を目的とする「障害者による文化芸術活動の推進に関する法律」が施行された(注2)。以上のように、芸術文化に対する社会の認識は、趣味・娯楽という個人的側面に留まらず、社会課題の解決にも応用される公共的側面も重視されるように変わりつつある。

2. 障害者の文化芸術活動の振興に期待される効力 ~参加の促進以外にも~

障害者による文化芸術活動には、どのような効力が期待されるのだろうか。障害者による芸術文化活動の推進は、誰もが文化芸術活動に参加しやすくなるよう行われるものであり、文化芸術活動の振興に加え、共生社会の実現にも寄与するものと考えられている。

たとえば、2019年文部科学省と厚生労働省が策定した基本計画においては、「障害者が生み出す文化芸術活動には、作品や成果物にとどまらず、表現や創造の過程に魅力があるもの、既存の文化芸術に対して新たな価値観を投げかけるものも多く存在する」とされ、「障害者による文化芸術活動は、それまで見えづらかった障害者の個性と能力に気づかせるだけでなく、障害者を新たな価値提案をする主役として位置づけ、障害の有無にかかわらない対等な関係を築く機会を提供する。(中略)障害者を取り巻く家族や支援者の考え方を前向きにするなど、障害者本人だけでなく、周りの人々の人生や生活を幸福にするとともに、地域における多様な人々をつなぐことにより、共生社会の実現に寄与する」と明記されている(注3)。

障害者が表現活動を通じて自信を得て、さらに能力を発揮したり、多様な人と共に創造する活動を通じて関係が深まるという事例も報告されるようになった。たとえば、プロのダンスアーティストと協働したパフォーマンス公演や、シンポジウムとワークショップをセットにした地域イベントなどが取り組まれている(注4)。

また、障害者の芸術活動には、既存の価値にとらわれない芸術性が高く評価されるものが多く存在しているという(注5)。その中には、市場価値も高く、競売においては数億円の価格がつくものもあり、アートという媒体を通じて人々をつなぎ、共感を呼び起こしている。作品は多様な人々に愛され、社会的・文化的な枠を越え広く受け入れられており、自己表現の促進→社会参加の促進→障害者文化の発信と認知→障害者の生活の質の向上という好循環につながっている。

3. 相談体制の整備などを重視 ~障害者等による文化芸術活動推進事業~

文化庁では、障害者による文化芸術活動を推進する事業を展開しているが、その中で、「障害者等による文化芸術の鑑賞や創造、発表の機会の拡充」、「支援情報の伝達強化」「相談体制の整備等」などの課題が挙げられている(注6)。中でも、文化庁のヒアリング調査で、相談をきっかけに創造・発表・交流につながっていくことが多いとの意見があり、相談体制の整備が重要な課題の1つになっていることがうかがえる。また、障害者による文化芸術活動の推進には、制作や公演等の資金調達、広報・マーケティング、地域との協働などで、さまざまな連携が必要となる。

そこで2017年度から、芸術活動を行う障害者とその家族、福祉事業所等の関与者を支援する障害者芸術文化活動支援センターの整備が開始された(注7)。同センターは、障害者の文化芸術活動に関心がある人のハブ機能を果たすべく、多様なネットワークを構築し支援を展開する機関であり、情報提供、交流・支援の場の提供、普及啓発などの役割が期待されている(図表1)。2022年4月現在、39都府県に40施設が設置されており(注8)、所在地等は厚生労働省障害者芸術文化活動普及支援事業のウェブサイトで確認できるようになっている(注9)。

図表1
図表1

4. 障害者の文化芸術活動を通じた多様性への理解が共生社会を育む

障害者の文化芸術活動への支援は、一人ひとりの違いを認め尊重し合う包摂的な共生社会を実現するための1つの試みともいえる。障害の有無に関わらず、一人ひとりが尊重され、全ての人が生き生きと暮らせる社会を目指すための、1つの試金石だ。

今後の支援に向けて、いくつかの大切な視点がある。新たな芽を摘まずに育てるという視点を基本として、利用しやすい環境(アクセシビリティ)、多様性(ダイバーシティ)、包摂(インクルージョン)の3点が重要だ。

利用しやすい環境とは、障害者が文化芸術や支援に接しやすいこと、多様性とは、文化芸術活動においてお互いの違いが尊重されること、そして包摂とは、障害者が価値観等を尊重されながら、障害のない人と活動できることを意味する。さらに、単なる参加で終わるのではなく、それを通じた相互理解と関係が深まることにこそ重点が置かれるべきであろう。もし障壁があるとしたら、それを取り除いていくにはどうしたら良いかという視点も必要だ。

障害のない人にとっても、障害者と協働して文化芸術活動に取り組み、障害者の文化・生活への理解を深める経験は、自分自身のウェルビーイングにつながる可能性を秘めているであろう。その意味でも、最寄りの障害者芸術文化活動支援センターなどが発信する情報を活用し、障害者による文化芸術に触れてみてはいかがだろうか。新たな気づき、既存の枠組みを超える発想のヒントが得られるかもしれない。

【注釈】

  1. オリンピック憲章にはオリンピズムの根本原則として「オリンピズムはスポーツを文化、教育と融合させ、生き方の創造を探求するものである」と謳われている。
  2. 障害者による文化芸術活動の推進に関する法律は、障害者基本法及び文化芸術基本法の理念等を踏まえ、障害者の個性と能力の発揮及び社会参加の促進を目的にしている。
  3. 文部科学省 厚生労働省「障害者による文化芸術活動の推進に関する基本的な計画」2019年3月
  4. 文化庁地域文化創生本部「令和3年度障害者等による文化芸術活動推進事業事例集」2022年4月報告書」2018年3月
  5. 例えば、アール・ブリュットという捉え方・概念。厚生労働省「障害者の芸術活動への支援を推進するための懇談会中間とりまとめ」(2013年8月)によると「これはフランスの 画家ジャン・デュビュッフェによって考案された言葉で「加工されていない生(き)の芸術」を意味するという。ジャン・デュビュッフェは、精神障害のある人などが制作した絵画や彫刻をアール・ブリュットと呼び、それらの美術の専門教育を受けていない人々の作品を「最も純粋で、最も無垢な芸術であり、作り手の発想の力のみが生み出すもの」であると高く評価した。」としている。
  6. 障害者文化芸術活動推進会議(第3回)資料3-1「障害者による文化芸術活動の推進に関する現状と今後の課題」2022年6月
  7. 障害者の芸術部b活動支援モデル事業は、その普及に向けノウハウを蓄積することを目的に、「障害者芸術文化活動支援センターの設置」と官民のメンバーで構成される「協力委員会の設置」を必須としている。「協力委員会」は事業実施団体の代表、都道府県の障害福祉担当職員・文化芸術担当職員、障害者の美術活動を支援する福祉事業所が加盟する団体(都道府県レベル)の代表、学芸員及び弁護士が必須の委員となっている。
  8. 具体的には「ブロック」と「全国」という活動エリアを設定し、各ブロックには広域センターを「全国」には全国を対象とする連携事務局を設け、サポートする体制となっている。しかしながら、障害者文化活動の支援課題は全て解決したわけでない。支援活動の持続性・安定性など依然として、継続的な取り組みを要する課題も残されている。
  9. 厚生労働省障害者芸術文化活働普及支援事業 https://arts.mhlw.go.jp

【参考文献】

  • 文化審議会第20期文化政策部会(第10回)「文化芸術推進基本計画(第2期)について(答申)(素案)」2023年1月
  • 内閣府障害者政策委員会「障害者基本計画」(第5次)」(案)2022年12月
  • 厚生労働省障害者文化芸術活動推進有識者会議「障害者による文化芸術活動の推進に関する基本的な計画(第2期)」(素案)2022年12月
  • 文部科学省 厚生労働省「障害者による文化芸術活動の推進に関する基本的な計画」2019年3月
  • 厚生労働省「障害者の芸術活動への支援を推進するための懇談会 中間とりまとめ」2013年8月
  • 文化庁「文化芸術の振興に関する基本的な方針(第3次基本方針)」2011年2月

後藤 博


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後藤 博

ごとう ひろし

ライフデザイン研究部 シニア研究員
専⾨分野: 保健・介護福祉、障害者アドボカシー

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