ライフデザイン白書2024 ライフデザイン白書2024

パラスポーツがもたらす共生社会

~スポーツを通じた協働・共生~

後藤 博

目次

1. パラスポーツって何? ~障害者スポーツの捉え方の変化~

東京2020パラリンピック競技大会を機に、障害者スポーツへの関心が高まった。これを一過性のものとして終わらせるのではなく、レガシーとして振興を継続し、共生社会の実現を目指すべく、さまざまな取り組みが展開されている。

一方で、パラスポーツという言葉も耳にするようになっている(注1)。パラスポーツは、障害者だけが行うものではなく、障害の有無に関わらず参加者が共に楽しむことができるよう、障害特性に応じた配慮から、ルール変更等も含めて工夫されたスポーツと捉えられている。その背景には、障害者スポーツから連想される障害者に限られるようなイメージを変え、誰しもが楽しめるスポーツとしての普及を通じて、活力ある共生社会を目指すという考え方がある。

実際にパラスポーツには、性別や年齢、スポーツ経験の有無に関わらず誰でも気軽に楽しむことができるよう、ルールや用具を工夫したスポーツ種目がある。たとえば、風船バレーや卓球バレーといったスポーツ種目の他にも、羽根の付いたスポンジボールを短いシャフトのラケットで打ち合うファミリーバドミントン、ウレタン製のボールを打ち合うショートテニスなどもある(注2)。このようなパラスポーツは、レクリエーション的な性質が色濃く、障害の有無に関わらず幅広い年代の誰でもが楽しめるユニバーサルスポーツともいえる競技になっている。

パラリンピックにおいても、障害者が単独で競技するものだけでなく、障害者をサポートする健常者を含めたペアや団体で対抗する競技もある。たとえば、障害者とガイド役等となる健常者とのペアで表彰される競技として、トライアスロン、自転車の二人乗り競技、マラソンなどがある(図表1)。団体が表彰対象となる競技は、5人制サッカーや、陸上競技の男女混合リレーなどである。

図表1
図表1

2. パラスポーツが注目される理由 ~パラポーツの意義~

パラスポーツは、障害特性を含めた多様性を認め合い、競技者を支えるパートナーシップが広がることを通じて、共生社会の実現に寄与するものといえる。障害というハンディキャップを乗り越えてパートナー(関係者)と共に自身の可能性にチャレンジすることは、障害者の生活の質の向上という観点からも意義深い。

スポーツには、特有の力(価値)がある。それは人々を集め、ともに感動し、連帯を強め活力を創出する力である。スポーツをともに「する」「みる」「ささえる」という行動を通して、人々の交流を促進し、連帯感や活力を醸成することができる。東京2020オリンピック・パラリンピックでも日本中が歓喜に涌き、選手たちの活躍に勇気づけられ、多くの人々がつながりを感じたのは記憶に新しい。こうした効力はパラスポーツにも当てはまる。大規模な競技会だけではなく、身近な地域での集まりにおいても、その力は発揮されるだろう。

3. パラスポーツの進展と課題 ~スポーツ振興の中で普及するパラスポーツ~

パラスポーツの推進については、「スポーツ基本法」を根拠とする「スポーツ基本計画」にその施策が盛り込まれている(注3)。それらを通じて、①障害者スポーツセンターの拡充、②パラスポーツ施設の充実、③アクセシビリティの向上などに向けた進展が見られる。

①の障害者スポーツセンターは、障害者スポーツ振興の基盤として、パラスポーツを普及させる一翼を担い、障害者が優先的に利用できるスポーツ施設として機能するだけでなく、障害者スポーツ指導者等の活動拠点にもなる。さらに持ち運びが困難な用具の保管場所、障害者スポーツの情報拠点にもなる施設である。2022年8月文部科学省が公表した報告書によると、現在18都府県に26箇所設置されており、今後各都道府県に整備することが望ましいとされている(注4)。

しかし、同センターについては、各種スポーツ教室や日常の施設利用、クラブ利用などが推進されているが、施設の使用制限の存在が課題となっている。特に屋内施設、体育館利用については、車いすで床が傷つくなどの理由から利用を拒否されることもあり、諸外国に遅れをとっているとの指摘もある。

②のパラスポーツ施設についても、その専用施設を拡充する検討が進められている。専用施設とは、パラスポーツの競技力を高めるとともに、パラスポーツを体験できたり、パラスポーツに関する会合に利用されるなど、多彩な機能を持つ施設だ。こうした施設によって練習場の選択肢が広がることは、パラアスリートの育成・強化につながることに加え、障害のある人とない人の交流と相互理解を促す。東京都では、2023年3月の開業に向けて、先駆的なセンター施設の設置が進んでいる(図表2)。これはパラスポーツ施設のモデルになり得るもので、活用・運営のノウハウ共有により、各地の既存施設の改善・新規施設の設置につながることも期待される。

③のアクセシビリティの向上により、パラスポーツは、より一層、身近なものになってきている。スポーツ振興施策を背景に、身近で障害のない人がある人と共に参加できるさまざまなパラスポーツイベントの開催が増えてきている。地方公共団体の広報誌に掲載されるイベントの頻度や種目が増えたことからも、その変化がうかがえる。イベント等での体験やトップアスリートとの交流が、その後の人生に良い影響を与えるなど、生涯に残る貴重な経験にもなるだろう。

アクセシビリティの向上という観点では、必要となる情報へのアクセスだけでなく、移動の観点から公共交通機関、施設のバリアフリー化、人的介助の推進も大切だ。道路利用のためのバスやタクシー乗降における車いす利用者への対応、ノンステップ化、電車車両の乗降における車両とプラットフォームとのフラット化などのバリアフリー化のさらなる推進が望まれる。

図表2
図表2

また、全国規模の大会も一層注力されるようになった。国民体育大会(国体)の後、同じ開催地で行われる「全国障害者スポーツ大会」が継続して開催されている。2022年からは正式競技に「ボッチャ」が採用されたうえ、車いすダンス、卓球バレーなど3つのオープン競技が加わった。全国規模の大会は各地域での予選会を前提にすることから、各地での大会はさらに高いレベルを目指したり、世界に視野・交流を広げる契機にもなるだろう。

身近な地域でパラスポーツの普及を促すため、特別支援学校の施設を活用する動きも見られる。体育施設を休日などに開放したり、パラスポ―ツの体験教室やパラアスリートによるトークショーなど、気軽に参加できるイベント等が開催されている。こうしたアウトリーチ的なはたらきかけを含めて、既存の施設をパラスポ―ツ普及の拠点として活用・促進することも有効な普及策になりつつある。

なお、人とつながり共感・連帯を創出するという意味で、eスポーツの普及も注目に値する。障害の程度に適合するデバイスの開発により、障害の有無・程度に関わらない参加が広がりつつある。たとえば、肢体不自由であっても視線あるいは顎部によって、全盲であっても音響によってコントローラーを操作することで、eスポーツへの参加を可能にしている。競技においては、ICT機器を通じて人と対戦しているため、相手の心理面を考慮すること、勝利に向けて工夫を凝らしレベルアップを図ること、それが次の楽しみに繋がり新たな出会いをもたらすことなどはリアルのスポーツに共通している。

4. パラスポーツの普及は世界潮流に ~分け隔てる障壁をより低く~

SDGs(持続可能な開発目標)では、「誰一人取り残さない、持続可能な多様性と包摂性のある社会の実現」が基本理念として掲げられている。パラスポーツ普及の取り組みも、SDGsの中の「全ての人に健康と福祉を」「人や国の不平等をなくそう」「住み続けられるまちづくり」などに関連する。また、国際パラリンピック委員会も大会を通じて共生社会の実現を目指している。障害者と健常者が、楽しみを共にし、多様性を認め、協働するというパラスポーツの体験・参加の増加は、社会の多様性と包摂性を紡ぐことになる。

パラスポーツの体験機会の推進は地域に留まらず、企業や団体においても検討に値する。パラスポーツには、障害を疑似体験する、障害者とコミュニケーションを図るという側面がある。障害に対する正しい理解の促進と、採用・人員確保等の面で新たな契機を得る可能性もある。パラスポーツを体験することにより、職場環境のダイバーシティー、活性化をさらに進展させるかもしれない。

スポーツという共通文化を通して、「できるようになったこと」「新たな気づきを得ること」は生活の質の向上をもたらす。自信や希望をもって新たな可能性を発見したり、交流を通じて人とのつながりへの感謝も涵養される。障害特性に配慮した独特なルールの下で繰り広げられるパラスポーツは、皆が共に楽しむものであり、障がいの有無・性別・年齢・人種・国境・立場など、様々な障壁を低くする。東京パラリンピックは、継ぐべき遺産(レガシー)を活かし、パラスポーツのさらなる発展を願いつつ、参加者・関係者に敬意を表す日本の言葉「ARIGATO」でその幕を閉じた。

身近なパラスポーツに参加することで、多様性を受容し、目標達成へ向けた共創の活力を得るヒントに気づくかもしれない。このレガシーを継承し、障害の有無に関わらず、誰もが身近で共に楽しむことを通じて、多様性を包容した活力ある共生社会の実現が望まれる。

【注釈】

  1. 2021年10月1日、障害者スポーツ協会が「公益財団法人日本パラスポーツ協会」に、日本財団 パラリンピックサポートセンターが「日本財団 パラスポーツサポートセンター」にするなど改称が見られた。
  2. 風船バレーは、1チーム6人制で10回以内に風船を相手コートに打ち返す競技である。また卓球バレーは、1チーム6人制で、座った状態で卓球台を囲み、ボールを木の板のラケットで転がし打ち合うあう競技となっている。
  3. わが国においては、2011年に施行された「スポーツ基本法」によると「スポーツを通じて幸福で豊かな生活を営むことはすべての人々の権利である」とされている。「スポーツ基本法」の前文には「スポーツは世界共通の人類の文化である」と記されている。スポーツ基本法の規定に基づき、文部科学大臣が定めるスポーツ基本計画は、スポーツに関する施策の総合的かつ計画的な推進を図るための基本計画である。同計画は現在、第3期の期中にあり2022~2026年度迄の5年間に総合的かつ計画的に取り組む12の施策を掲げ、各地域でも参考にできるように整理している。
  4. 文部科学省「障害者スポーツ振興方策に関する検討チーム 報告書(高橋プラン)」(2022年8月)の中で普及の拠点となる障害者スポーツセンターを各都道府県に整備することが望ましいとされた。

【参考文献】

  • 文部科学省スポーツ庁スポーツ審議会 健康スポーツ部会
  • 障害者スポーツ振興ワーキンググループ(第1回) 資料3-1「障害者スポーツセンターの在り方等について」2022年12月
  • 文部科学省スポーツ庁スポーツ審議会 健康スポーツ部会(第19回)資料3「スポーツを通じた健康増進・共生社会の実現に向けた施策の動向」2022年10月
  • 文部科学省令和4年度学校基本調査(速報値))2022年8月
  • 文部科学省スポーツ庁スポーツ審議会 総会(第32回)2022年9月
  • 文部科学省「障害者スポーツ振興方策に関する検討チーム 報告書(高橋プラン)~東京大会のレガシーを基盤とした、スポーツを通じた共生社会の構築に向けて~」2022年8月
  • 文部科学省スポーツ庁 第3期「スポーツ基本計画」2022年3月
  • 東京都「東京都パラスポーツトレーニングセンター施設運営計画」2022年2月

後藤 博


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後藤 博

ごとう ひろし

ライフデザイン研究部 シニア研究員
専⾨分野: 保健・介護福祉、障害者アドボカシー

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