ライフデザイン白書2024 ライフデザイン白書2024

障害者福祉 多様性を認め合う包摂社会へ

~次期ステージへの展望と期待~

後藤 博

目次

1. 多様性を認め合うソーシャルインクルージョンの実現へ ~国連勧告を受けて~

障害者の権利に関する条約(以下「障害者権利条約」)は,障害者の人権・基本的自由を確保し,障害者の権利を実現するための措置等を定めた国際条約である。日本政府は2014年に本条約を批准しており、今年、国連の障害者権利委員会による初めての審査が行われ、9月に日本の対応に関する総括所見が発表された。そこでは、33条におよぶさまざまな懸念と勧告が提示されたが、本稿では、当勧告において力点の置かれた事項の1つである第19条「自立した生活及び地域社会への包容」について考察したい。

「自立した生活及び地域社会への包容」の背景には、「全ての人々を孤独や孤立、排除や摩擦から援護し、健康で文化的な生活の実現につなげるよう、社会の構成員として包み支え合う」というソーシャルインクルージョンの考え方がある(注1)。障害者権利条約第19条の概要は、以下の通りである。「この条約締結国は、全ての障害者が平等の選択の機会をもって地域社会で生活するという平等の権利を有することを認め、障害者がこの権利を行使し、地域社会に包容され、参加することを容易にするための効果的かつ適当な措置をとる」(注2)。

これは、障害者が地域社会で生活する権利を有することを認めたうえで、その生活が地域社会に包摂され、社会参加が容易になることを重視するというものだ。同条約では、そのための対処のポイントとして以下の3点が示されている。すなわち、「障害者がどこで誰と生活するかを選択する機会をもち、特定の施設で生活する義務を負わないこと」、「地域社会からの孤立や隔離を防止するために、必要な住宅・居住サービス、その他の支援サービスを利用する機会をもつこと」、「一般住民向け地域社会サービスと施設が、障害者も平等に利用可能で、そのニーズに対応していること」である。

本稿では、この「自立した生活及び地域社会への包容」への対応の1つである、障害者支援施設(入所施設)から地域生活への移行に注目する(注3)。

2. 求められる障害者の「脱施設化」 ~施設から地域生活へ~

障害者の居住を、一般市民から隔たりのある入所・入院施設から、一般市民と同様に生活できる地域に居住に移すという地域移行はあまり進んでいない。施設入所者の地域生活への移行状況をみると、第5期(20218~2021年度)の障害福祉計画では、地域生活移行者数の目標を2016年度入所者数129,648人の9%としていたが、2020年度までの実績合計は4.9%にとどまり、各年度の移行者数も年々減少している。この結果を受けて、第6期の目標は2019年度入所者数の6%と下方修正されている(図表1)。

厚生労働省は、入所者の障害の重度化、高齢化による生活の困難さが移行の進まない原因だとしている。地域生活への移行を促進しつつ定員を削減することで、施設入居者を抑制するという従来の対応だけでは、地域移行の目標達成は難しい。障害者の地域における自立生活を近隣住民・家族および関係者とともに構築していくという取組みが喫緊の課題になっている。そのため、障害者の地域生活を実現し継続させるための居住支援と、生活自立・地域定着などの生活支援の充実に向けた検討が進んでいる。

図表1
図表1

地域移行が円滑に進まない原因の1つに、地域生活を支援する拠点の整備が不十分なことがある。たとえば、支援サービスを提供する障害者支援施設、グループホーム、相談支援センターなどの支援拠点の整備が必要とされている(注4)。

また、障害者の居住に関するニーズは、増大し多様化している。障害の重度化や高齢化が進むことで長期の入居・入院を求める人が増える一方で、一人暮らしやパートナーとの同居を希望する人、生活を支える「親なき後の住まい」への対応が必要な人等さまざまなニーズがある。そのような中で、支援する側の人手不足という問題や、近隣住民の障害者に対する理解不足の問題もある。障害に対する偏見や固定観念による住民感情が地域移行を支援する施設の設置を妨げるケースも散見されるという。こうしたことから、これまでに以上に、地域住民の理解促進を図る取組みも求められる。また、最近の新たな動きとしては、独居ニーズに対応すべく家事能力等を高めるために、一定期間の入居を前提にした通過型グループホームの運営なども見られるようになっている(注5)。

相談体制整備については、総合的な対応ができる「基幹相談支援センター」を核とする体制整備と、支援サービスを提供する生活支援拠点の連携等で体制を充実させる方向での検討・整備が進みつつある。相談支援事業は、民間への委託も含めて市町村の裁量が大きいことから、実施体制は一律ではない。障害者福祉分野においては、ケアマネジメントをどこの誰が行うのか、制度上わかりにくいという実態もある。そこで、どこに相談していいかわからない場合、その対応を市町村または基幹相談支援センターが担うことを基本とする体制整備が望ましい。

基幹相談支援センターを核とする体制整備については、身近な出先機関等どこにアクセスしても必要な支援につながることが理想的だ。そのため、基幹相談支援センターの設置が市町村の努力義務とされている(注6)。また、設置のみならず、同センターの専門機能の発揮も求められる。抱える生活課題が複合的で継続的な相談が必要となる重度の障害者や、精神・発達障害・難病など多様な障害特性から派生するさまざまなニーズに応じた相談体制を構築するため、病院等を含む専門機関との連携が求められている。

地域全体の体制整備については、相談、緊急時の対応など5つの機能を集約する方向で、2つの基本型を例示して支援拠点整備を推進している(注7)。2つの基本型とは、複数の機能を集約した多機能集約型、拠点の連携によって機能する面的整備型である。それらを含め、地域全体の整備状況と課題を協議会で共有し、検討しながら地域全体での推進につなげる格好だ(図表2)。

図表2
図表2

生活者・住民にとっては、わかりやすく、アクセスしやすい相談支援体制が求められる。相談が包括的に受け止められ、それを前提に必要な支援を得られるということが何よりも重要だ。相談機関の対応能力を超えるような場合は、適切な機関に丁寧につなぐ体制整備も求められる。また、ニーズがあっても相談窓口にアクセスできない障害者へのアウトリーチ機能、当事者性を重視したピア・サポート機能の強化等も整備の一環で検討されている。

3. 重要性を増す、障害者の支援選択とその支援

多様なニーズに応じた支援の選択肢が拡がる中で、障害者が希望する自分らしい生活の実現に向け、その希望に沿った相談と支援が提供される必要がある。

より適切な支援を選択するには、専門職の知識と支援は欠かせない。身近な専門職から必要な支援を得られる機関は、「市町村の障害者福祉の担当窓口・出先機関」、支援サービスの利用計画(案)を作成する「指定特定相談所」、「指定障害児相談所」、障害者の相談支援専門員を配備している「在宅介護支援センター」、「保健センター」などだ(注8)。

こうした機関を利用するために、民生委員に相談することも一案だ。厚生労働大臣から委嘱される民生委員は、非常勤で特別職の地方公務員である。当委員は、住民の立場に立って相談に応じ、必要な支援を行う役割を担っている。地域住民の身近な相談相手であるとともに、専門機関や福祉サービスの情報を提供したり、そのような機関等につなぐことで、住民自らが課題を解決するための支援を行っている。このような「つなぐ」機能については、本格的に事業化することも視野に入れ、さらなる強化に向けた検討がなされるべきだろう。

障害者福祉については、未だ馴染みの薄い人が多いのが現状だ。支援の効率を重視するあまり、障害者の尊厳の軽視や過度な隔離につながりかねないという懸念もある。障害者施設等から退所し、地域に移行した障害者の中には、訪問介護員との接触しかない人もいるという。施設を出ただけでは、十分な社会参加とはいえない。必要なのは、運営や支援の効率を高めつつ、同じ地域、あるいは職場という空間の中で、多様性を認め合い共生するという、一人ひとりの意識と行動ではないだろうか。障害者福祉への理解が、個々人の違いを認め、補完し合う風土の醸成につながる。障害の有無にかかわらず、誰もがより長く元気に活躍し、安心して暮らせる社会の実現が望まれる。

【注釈】

  1. 厚生省(現 厚生労働省)『「社会的な援護を要する人々に対する社会福祉のあり方に関する検討会」報告書』2000年12月
  2. 障害者権利条約 第19条「この条約の締約国は、全ての障害者が他の者と平等の選択の機会をもって地域社会で生活する平等の権利を有することを認めるものとし、障害者が、この権利を完全に享受し、並びに地域社会に完全に包容され、及び参加することを容易にするための効果的かつ適当な措置をとる。この措置には、次のことを確保することによるものを含む。」
    (a) 障害者が、他の者との平等を基礎として、居住地を選択し、及びどこで誰と生活するかを選択する機会を有すること並びに特定の生活施設で生活する義務を負わないこと。
    (b) 地域社会における生活及び地域社会への包容を支援し、並びに地域社会からの孤立及び隔離を防止するために必要な在宅サービス、居住サービスその他の地域社会支援サービス(個別の支援を含む。)を障害者が利用する機会を有すること。
    (c) 一般住民向けの地域社会サービス及び施設が、障害者にとって他の者との平等を基礎として利用可能であり、かつ、障害者のニーズに対応していること。
  3. 入所施設とは障害者支援施設のうち居住が伴う施設で、障害者向け施設、老人向け施設、心身障害者福祉ホーム、病院、更生施設などである。
  4. グループホームとは、障害者が夜間や休日、共同生活を行う住居で、相談、入浴、排せつ、食事の介護、日常生活上の援助を行う施設(定員2名以上10名以下)である。
  5. 通過型グループホームとは、一定期間(概ね3年間)でグループホームから単身生活への移行を図るための援助を行うグループホームの一形態である。
  6. 2021年4月時点で全国1741市町村の約50%にあたる873市町村が基幹相談支援センターを設置している。
  7. 5つの機能とは、相談、緊急時の対応の他、体験機会・場の提供、専門的人材の確保等の専門性、体制づくりの機能をいう。
  8. 市町村には福祉施設、産業保健総合支援センター、障害者就業・生活支援センターの他、障害種別に発達障害者支援センター、身体障害者更生相談所、知的障害者更生相談所、精神保健福祉センターなどがある。

【参考文献】

  • 厚生労働省「令和2年度 介護保険事業状況報告(年報)」(2022年9月)
  • 厚生労働省 第133回社会保障審議会 障害者部会 資料1・2(2022年10月)
  • 厚生労働省 第125回社会保障審議会 障害者部会 資料1(2022年3月)
  • 厚生労働省 障害者総合支援法改正法施行後3年目の見直しについて~社会保障審議会報告書(2021年6月)
  • 社会福祉の動向編集委員会「社会福祉の動向2022」中央法規出版(2022年1月)
  • 全国民生委員児童委員連合会「2019年版新民生委員・児童委員の活動の手引き」全国社会福祉協議会(2019年11月)

後藤 博


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後藤 博

ごとう ひろし

ライフデザイン研究部 シニア研究員
専⾨分野: 保健・介護福祉、障害者アドボカシー

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