ライフデザイン白書2024 ライフデザイン白書2024

治療と仕事の両立支援のさらなる促進

~両立支援コーディネーターの活用・普及に向けて~

後藤 博

目次

1. 治療と仕事の両立支援とは

「治療と仕事の両立支援(以下 両立支援)」は、病気を抱えながらも働く意欲・能力のある労働者が必要な治療を受けながら働き続けられるよう支援することである。治療を理由に就労の継続を妨げられることなく、仕事を理由に治療機会を逃すことなく、安心して働ける環境を整備するための、病気を抱える労働者自身を含めたチームによる取組みだ。

両立支援において必要となる医療情報は、通常患者(労働者)自身から職場に連携される。だが、専門性が高く複雑な医療情報を患者(労働者)から的確に伝えるのは容易ではない。また、患者(労働者)・医療機関・職場の三者間では、図表1のように、立場の違いからお互いに理解の及ばないことも少なくない。例えば、医師には職場の事情はわからないし、職場は治療の予後・留意点など病気のことはわからない。そこで、適切な支援が行われるように、この三者間の円滑な情報共有を図る仕組みが求められる。

図表1
図表1

患者(労働者)にとって仕事(Work)は職場があって成り立ち、生活(Life)は医師の治療の下で成り立つとすると、両立支援は患者(労働者)のワークライフバランスを確保するための支援と捉えることができる。その意味でも、事業者が治療と仕事の両立のために必要となる一定の就業上の措置や治療に対する配慮を行うことは、労働者の健康確保対策等として位置づけられることになる(注1)。

2. なぜ両立支援コーディネーターが必要なのか

先述の通り両立支援においては、患者(労働者)・医療機関・職場の三者が情報を円滑・的確に共有する必要があり、その通訳的役割を果たすのが両立支援コーディネーターである。両立支援コーディネーターは、患者(労働者)やその家族の依頼を受けて相談支援を実施し、また患者(労働者)・医療機関・職場の三者間のコミュニケーションをサポートする。病気で休職した患者(労働者)が円滑に職業復帰できるよう、また働きながら継続治療が受けられるよう、早期の段階から介入する。

現在進められている政府の「働き方改革実行計画」(注2)においては、治療と仕事の両立に向けて、主治医と会社(産業医)及び両立支援コーディネーターによる「トライアングル型サポート体制」(図表2)の構築が明記されている。その中で、「とりわけ両立支援コーディネーターは、主治医と会社の連携の中核となり患者に寄り添いながら、継続的に相談支援を行いつつ、個々の患者ごとの治療・仕事の両立に向けたプランの作成支援などを担う」とされている。

図表2
図表2

支援の対象は、働く意欲があり、長期の継続治療が必要な患者(労働者)である。休職する可能性が高いがん・脳卒中などの患者だけでなく、継続的な通院治療が必要な糖尿病やメンタル不調などを抱えた患者(労働者)も支援対象だ。さらに、職場復帰後も定着するまでの一定期間、両立支援コーディネーターからの相談支援を受けられるような体制にもなっている。

3. 両立支援コーディネーターを利用したい場合には

実際に両立支援コーディネーターの相談支援を利用するにはどうしたらよいのだろうか。

まず、職場の上司や人事部等の担当部署に相談することが基本である。勤務先に両立支援コーディネーターが配置されていない場合は、全国にある労災病院の両立支援相談窓口や産業保健総合支援センター等に相談すれば、コーディネーター資格をもった相談員から助言等を受けることができる。なお、産業保健総合支援センターの相談窓口と連携している医療機関は、図表3のWebサイト「治療と仕事の両立支援全国MAP」で確認できるようになっている。

図表3
図表3

両立支援コーディネーターの利用を促進するため、これと連携する医療機関は、2018年度診療報酬改訂において「療養・就労両立支援指導料」(注3)が算定されるようになった。

しかしながら、この支援制度に対する認知は十分とは言えない状況にある(注4)。両立支援コーディネーターの普及には、関連情報の積極的な発信などの取組みが求められる。患者だけではなく、医療や福祉、就労支援に従事する人々においても、治療と仕事の両立支援の制度と両立支援コーディネーターの役割に関する認知の向上が求められる。

4. さらなる活用へ向けて

今後、両立支援コーディネーターの活用を促進するには、患者(労働者)に加え、雇用する事業者、行政、医療機関の積極的な関与も求められる。

まず、患者(労働者)としては、「治療と仕事の両立」への備えとして、この支援の活用を積極的に検討することが望ましい。職場に両立支援コーディネーターによる支援があるのか、どのような場合に利用可能か、関連する内部規定、制度はどうなっているのか、現行の支援体制を確認しておくことが大事である。

次に、事業者としては、患者(労働者)が相談しやすいよう、相談窓口を明確化し、社内に支援体制の周知を図ることが重要だ。定期健康診断の案内通知などを活用することで効率的に窓口の周知を図ることができるだろう。また、業務研修の機会を活用することもできる。これらによって、両立支援が必要な状況になった場合に周囲の理解を得やすく、患者自身が両立支援を活用しやすくなるだろう。さらに、高齢化に伴い病気を抱える従業員が増えると見込まれる今後を見据え、実情に応じて産業衛生スタッフの充実、両立支援コーディネーターの養成・増員も検討に値する。

行政には、事業者に対する助成と顕彰による制度活用のインセンティブ向上を図ること、医療機関には、制度案内・市民への啓発を強化することが望まれる。両立支援に取り組みたいが人員等余力が少ない事業者には、助成金制度の継続が望ましい(注5)。また、健康経営の顕彰制度である健康経営優良法人(注6)の認定要件に病気の治療と仕事の両立支援が含まれるようになったが、それを図る指標として、両立支援コーディネーターの養成・活用を明記することも一手と考えられる。

また、患者の治療継続上、接点がある医療機関からの制度案内が強まれば、支援ニーズの高い人への案内がより確実に届くことが見込まれる。具体的には、医療機関・施設におけるポスター掲示やチラシ設置、対象者への制度案内などである。

治療と仕事の両立を通じて、病気を抱える労働者のwell-beingを向上させるうえで、両立支援コーディネーターへのアクセスを容易にする制度整備が必要だ。治療面では「治す」だけでなく、雇用面では「働く」だけでなく、両面において対象者の「生活」を支えるという視点をもつことが重要である。その意味で、病気を抱えても、安心して働き続けられる職場づくりが推進されるよう、関係者の積極的な取組みが求められるところである。


【注釈】

  1. 厚生労働省「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン」(2022年)
  2. 2017年3月、政府は働き方改革を推進するために10年先へのロードマップを含めた 「働き方改革実行計画」を公表している。
  3. 「療養・就労両立支援指導料」は、企業から提供された勤務情報に基づき、患者に療養上必要な指導を実施するとともに、企業に対して診療情報を提供した場合について評価するもの。また、診療情報を提供した後の勤務環境の変化を踏まえ、療養上必要な指導を行った場合についても評価される。さらに両立支援コーディネーターが相談支援に関わり相談支援を行った場合、評価加算される。
  4. 厚生労働省『令和3年「労働安全調査(実態調査)」』(2022.7)によると、「治療と仕事の両立ができるような取組がない」と回答した企業は全体の56.5%である。医療機関におけるトライアングル型支援体制の認知度は3割程度、両立支援コーディネーターの配置は1割程度(福島県産業保健総合センター)との報告もある。
  5. 厚生労働省産業保健活動事業総合支援事業の一環で、労働者健康安全機構が窓口となり、要件を満たす事業者に助成する。要件は、両立支援コーディネーターの配置と両立支援制度の導入を新たに行った場合または事業主が両立支援コーディネーターを活用し、両立支援制度を用いた就業上の措置を、対象労働者に適用した場合。
  6. 健康経営優良法人認定制度とは、地域の健康課題に即した取組みや日本健康会議が進める健康増進の取組みをもとに、特に優良な健康経営を実践している大企業や中小企業等の法人を顕彰する制度。大規模の企業等を対象とした「大規模法人部門」と、中小規模の企業等を対象とした「中小規模法人部門」の2つの部門により、それぞれ「健康経営優良法人」を認定している。

【参考文献】

  • 厚生労働省『令和3年「労働安全調査(実態調査)」』(2022.7))
  • 労働者健康安全機構「治療と仕事の両立支援コーディネーターマニュアル」2022.4)
  • 厚生労働省「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン2022.3」

後藤 博


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後藤 博

ごとう ひろし

ライフデザイン研究部 シニア研究員
専⾨分野: 保健・介護福祉、障害者アドボカシー

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