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長期入院を伴う休職からの早期復職に向けて

~脳卒中患者・家族の生活課題に関する調査を踏まえて(2)~

後藤 博

目次

人生には、日常の生活が一変するようなことも起こり得る。例えば、有職者が非常に重い傷病に罹患し、その治療のため数か月に及ぶ入院が必要となって休職を余儀なくされる場合である。家計を支える収入が就労に拠るのであれば、復職できるか否かの不安の中で生活の持続可能性を探る局面に置かれることになるだろう。そのような局面で私たちはどのような対処ができるのだろうか。

そこで本稿では、第一生命経済研究所が実施した「脳卒中患者・家族の生活課題に関する調査」*1の結果から、復職支援の相談先としての支援者、支援機関(窓口)はどこなのかを踏まえ、復職にむけた相談支援の活用について考察する。

先ず、休職を要する長期入院中の復職支援の介入状況、患者・家族の相談の拠り所となる支援者、相談機関(窓口)を確認した後、新たな支援への繋がり方を考えたい。

入院中の介入支援が復職に影響するか

当調査によると脳卒中患者のうち発症時の有職者で復職した人は約6割を占めた。一般に、脳卒中患者の復職率は40%~50%くらいといわれており、その水準よりやや高めの結果となった。復職先は、同じ職場に復帰した人が約9割、異なる職場(転職・独立)が約1割だった。

復職した人としなかった人を分けて比較すると、復職した人の群には入院中の支援介入が高いという特徴がみられた(図表1)。

ここでの支援介入として本稿では、復職への計画が具体的に示されたのかという側面と、その協議が納得のいく内容であったかの側面から捉えている。

入院中からの復職への計画 乏しい具体性

入院中の復職支援の介入状況について病院側、職場側からの状況を見る。

双方に共通していることは、概ね復職について対話はあるものの、それ以上に踏み込んだ復職への計画の具体性に乏しいことが判る。復職の計画について書面にて具体的に提示された患者は、病院側からは10%、職場側からは8%であった。復職に向けた相談・協議の納得性は「とても納得できる」「まぁ納得できる」と回答した人の割合が、病院側、職場側のどちらに対しても約7割であった(図表2)*2

復職への計画提示の具体性については、支援側の慎重さが計画の具体的提示までに至り難くしていることも考えられる。「退院時点での患者の身体状況を見極めてから」という見方が主流となっていることや「本人の申し出を受けてから支援する」という基本に忠実なこと、病院側として「就労は個人と雇用主との契約であり私的な問題とする」風潮もあろう。復職への協議・相談の納得性については、患者(労働者)側は病院側、職場側双方の連携を通じて得られる復職可否の最終判断、そのプロセスの円滑性も回答結果に影響していると思われる。

復職に関する主な相談先は 支援者と機関

復職に関する相談先として支援者、機関(窓口)への依存状況についてみる(図表3・図表4)*3*4

身近な相談支援者としては、入院中も退院後も家族等とした回答者割合が最も高く、次いで医師となっている。入院中においては、医療関係者の相談割合が高いが、退院後は低下している。退院後においては、職場関係、友人への相談が増加している。以上のことから相談支援は、家族の影響が圧倒的であり、医師の影響も大きいことが窺える。また、復職可否の問題は現実味が強まる退院以降になると、医師以外の医療関係者の関与が薄れ、職場関係者の影響が高くなってくる。一方で、復職についての相談先となる支援者がいない人も3割以上存在しており、単独でこの問題に向き合う患者も少なくないことがうかがえる。相談先となる機関(窓口)は、患者の利用施設が中心になっていると思われる。ハローワーク以外の一般市民に認知度の低い機関(窓口)については、更なる活用の余地があると思われる。

次に相談機関の相談の質として、本稿では気軽に相談できるかといった「利用のしやすさ」と「相談協議の内容納得度」の側面からみることとする(図表5)*5

相談の質は概ね良好と言えるが、十分でないとする割合を完全に無視することはできない。相談に対して十分に納得のいく対応が得られない場合、患者・家族はどうすれば良いのだろうか。受け皿となる包括的な相談に応じられる体制・対応が望まれる。

就労復帰支援に関する問題について自由回答として、図表6のような回答が得られた。

これらの回答を大まかに捉えると、「復帰可否の不安の中で、復職の手続きを進めようとするが、円滑にいかないこともある。就労はあくまでも個人の契約問題とされる風潮もあり、十分な相談支援や調整を得られないまま、自身の判断で復職断念に至るケースも見受けられる。」ということになるかと考えられる。

伴走型支援で復職までをより早く

これまでの分析から、入院中の復職支援が早期復職に影響を与える可能性が示唆された。そこで、入院中からの復職決定に影響する関係者間のコミュニケーションを円滑にし、患者(労働者)の意思を確認のうえ早期復職を促進するための方策として両立支援コーディネーターの活用が考えられる。これは、現在「働き方改革」の一環として推進されている「仕事と治療の両立支援」におけるいわゆる「トライアングル型支援」である(図表7)。

この支援は、両立支援コーディネーターが患者に寄り添い、主治医、会社・産業医との円滑な連携・調整を担う支援体制である。この支援は関係者間の情報共有や意思疎通を円滑にし、復職への計画をより具体的に速やかにする。合わせて患者の不安軽減、精神的な安定に大きく寄与する。患者に寄り添いながら目標に進む、まさに伴走型支援である。

このトライアングル型支援体制は大企業に限らず、中小企業でも利用できる。各都道府県にある産業保健総合支援センター*6と全国の労災病院*7は、就労復帰や治療と仕事の両立に関する相談を受付けている。患者(労働者)、その家族、会社経営者、人事労務担当者のいずれもが相談できる体制が整備されている。 もう少し詳しくみると各都道府県の産業保健総合支援センターには、両立支援の相談窓口があり、その窓口を両立支援促進員が担当している。この両立支援促進員は要請等に応じて、事業場に出向いて事業者と患者(社員)の間の仕事と治療の両立に関する調整支援を行っている。

また、全国の労災病院には治療就労両立支援センターもしくは治療就労両立支援部といった相談窓口が設置されている。そこでは、労災病院の患者でない者でも相談が可能であり、配置されているスタッフが主治医、会社・産業医、両立支援コーディネーターによるトライアングル型サポート体制で両立支援に臨んでいる。但し、この支援の主体はあくまでも患者(労働者)であり、本人・家族側から依頼があった企業担当者、産業保健スタッフ等からの申し出により当該支援が実施されるようになっている。

高齢者 雇用機会の拡大傾向の中で

これまで職業人として社会で働いていた人が重篤な傷病により、後遺症障害を抱えてしまう場合は、休職を契機に復職への意欲減退に繋がってしまうこともある。そのような人達への復職支援に対する社会の理解が求められている。先行き不透明な不安から冷静さを欠く決断で至る退職は、人生の後悔に繋がりかねない。そうなると社会としても大きな人的資源の損失となる。また、医療費が増大し、国の財政を圧迫している中では、必要な治療を効果的に行い早期の社会復帰を目指すことは理に適う。

本年4月から「改正高年齢者雇用安定法」が施行される。これにより企業は、70歳までの就業機会の確保が努力義務となる。高齢者の雇用が増えると、治療と仕事の両立支援ニーズは一層、高まることになる。高齢になろうとも、傷病罹患で障害を抱えようとも、一人ひとりの個性や強みを活かしたキャリア形成の支援、自立支援としても、就労復帰支援の重要性が高まる。

病気や障害で患者(労働者)は仕事の効率が落ちるかもしれない。しかし、社会の理解と支援のもとで実現する就労復帰は、本人の組織貢献や自己成長の可能性を広げることができる。政府も働き方改革により、治療と仕事の両立を推進している。自助、共助、公助への理解と実践が求められる中、復職支援はまさに自助を促す自立支援ではないか。患者(労働者)と主治医と雇用主、産業衛生スタッフの間をつなぎ円滑なコミュニケーションに寄与する支援が、既存の支援体制の効果を一層発揮させる。こうした伴走型機能を備えたトライアングル型支援モデルの普及によって、復職支援に対する企業の一層の理解が進み、これまで復職を断念していた人が職業人として活力を社会に還元できること、そして人々の理解が深まり、こうした患者(労働者)を専門職による支援にしっかりとつなげる支援が拡充、浸透していくことを期待したい。

【参考文献】
  • 厚生労働省「治療と仕事の両立支援のためのガイドライン」令和2年3月改訂版

  • 独立行政法人労働者健康安全機構「治療と仕事の両立支援コーディネーターマニュアル」令和2年3月

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後藤 博


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後藤 博

ごとう ひろし

ライフデザイン研究部 主任研究員
専⾨分野: 社会福祉、保健・介護福祉

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