QOL向上の視点『企業経営に求められる従業員の“Well-being”』

嶌峰 義清

目次

日本経済復活の鍵を握る生産性向上

2022年の経済環境を振り返ると、数十年ぶりとも言える世界的な物価高騰が大きな特徴だったと言えよう。欧米の消費者物価上昇率は前年比+10%前後を記録したのに対し、日本では+4%弱にとどまったものの、物価上昇によって生じた生活の厳しさは同等であった。

その背景には、賃金上昇率の差がある。欧米では物価上昇率は高かったものの、賃金も相応に上昇していたために、ある程度物価上昇の痛みは軽減された。賃金の上昇率から物価上昇率を割り引いた実質賃金の伸びは、日本で▲1%強、米国では▲2%強と、物価上昇率の差に比べれば大差はない。

このように、日本では賃金が上昇していないために、欧米に比べればわずかな物価上昇でも痛みが大きい。賃金の上昇が止まっていることは、日本経済最大の課題でもある。

理屈で考えれば、賃金が上昇するためには、生産性の上昇が必要になる。同時に、生産性の向上は、人口減少傾向が今後一段と強まっている日本にとっては、長期的にも重要な課題だ。しかし、日本の実質労働生産性の伸びは2019年までの5年間で0.0%と改善していない(世銀データによる)。同期間の米国では、労働生産性は年平均で+1.0%上昇している。日本経済がこのまま世界から取り残されないためにも、生産性の改善が必要なことは明白だ。

いかに質を高めるか

ところで、労働生産性の伸びは資本装備率とTFP(全要素生産性)の伸びに分解できる。資本装備率は、機械やソフトウエアなどの資本が労働投入量当たりどの程度割り当てられているかを示すもので、日本のそれは他の先進国と比べて特に見劣りはしない。したがって、日本の生産性が他の先進国に劣後しているのは、専らTFPに問題があることになる。

TFPはその他の要因全般となるが、一般的には技術進歩の速度を示しているとされている。これを左右する要素として、資本や労働の質が重要な働きをする。他の先進国との比較という観点で見た場合、資本の質に大きな差はないと考えられるので、日本の生産性改善の鍵を握るのは労働の質の改善であると言えよう。

労働の質の改善に貢献するWell-being

「日本の労働の質が低い」というと、違和感を覚える方も多いだろう。実際、日本の労働者の技術力やサービスの質は、国際的に見ても非常に高いと言われている。しかし、ここで問題としているのは水準の高さではなく、伸びである。また、最先端の技術を使いこなして新しい付加価値を生む創造力も重要だ。こうした観点から見た労働の質を改善するためには、①企業の人材育成と、②職場環境の改善が重要であると考える。

人材育成については、人的資本経営の重要性が指摘されるようになった。企業は事業に見合う人材を確保・育成し、同時にこれを活かす組織作りを行って、企業価値の向上を図ることが求められている。

そうした人材が能力を発揮するためには、従業員それぞれのWell-being(幸福:肉体的・精神的・社会的に全て満たされている状態)が重要だ。人は、それぞれが感じる幸福な状態にあることで、その能力を十分に発揮することが可能であると考えられる。そのための環境(設備・制度・人間関係)作りは、労働生産性を高め、企業の収益性の改善と企業価値の向上に繋がる。

このように、成長・所得向上のためには、まずは人に投資を行い、人もそれぞれのWell-beingのための努力を行うことが大切であると考えられる。

嶌峰 義清


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嶌峰 義清

しまみね よしきよ

経済調査部 シニア・フェロー
担当: 経済・内外市場、金融市場全般

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