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人が戻った東京圏、二拠点居住推進の鍵は?

稲垣 円

目次

1.東京圏の転入超過の動向

総務省が1月末日に発表した2023年(令和5年)の「住民基本台帳人口移動報告」によると、日本国内における市区町村間移動者数は526万3,249人で、前年に比べ0.9%減少した。都道府県間、都道府県内移動者数は減少したものの、転入超過は東京都など7都府県で増加し、東京都が最も多くなっている(図表1)。

新型コロナウイルス感染拡大により、一時的に東京都からの転出者が転入者を上回ったものの、その状態は長く続かず、再び東京への転入超過が続いており、感染拡大以前(2019年)の約85%まで戻っている(図表2)。

図表1
図表1

過去のレポート(注1)でも述べたように、東京圏への転入超過数については、男女ともに20~24歳の年齢階層で特に多く、その理由として就職を契機とした転入、そして労働需要の偏在があげられる。地方圏に比べて幅広い業種で雇用機会があることに加え、多様な学びの機会(自分の学力に合った学びの機会が得られる)、文化・娯楽施設や交通インフラの充実などの要因が絡み合っていると考えられる。

図表2
図表2

2.政府が二拠点居住を後押しへ

以上のように、東京圏の転入超過数はコロナ禍で減少したものの、コロナ以前の状況に戻りつつある。一方で、コロナ禍を契機にテレワークが普及・拡大したことを受け、都市部と地方の二拠点居住をはじめ多様なライフスタイルの実現が可能となる仕組みづくりを行う方針として「広域的地域活性化基盤整備法」の改正案が閣議決定された(注2)。同法は、もともと観光入込客数や製品出荷額の増加を目的に、自治体が広域にわたる人や物の流れを活発にする効果が高い観光振興、工業生産等の活動拠点となる施設(観光施設、工業団地、教養文化施設等)の整備についての計画を作成し、それに対して政府が社会資本整備総合交付金を交付するものである(注3)。今回の改正は、二拠点居住の普及・定着に向けて、市町村が特に推進すべき重点地区を設定し、政府が規制緩和や財政支援で空き家の活用などを支援するものだ。こうした二地域居住等の促進が個人の多様なライフスタイルを実現するだけでなく、関係人口の創出や拡大等を通じた人の流れをつくり、行き来する人びとと既存の住民とによる魅力的な地域づくりのための有効な手段として期待されている。

3.二拠点居住推進の鍵は?障壁は何か

新型コロナウイルス感染拡大により、多くの人がテレワークを経験した。これにより自宅やコワーキングスペース等で仕事をすることや、ワーケーションといった柔軟な働き方への評価、逆に出社することで得られる価値(コミュニケーション、仕事の種類による使い分けの必要性等)が見直されるようになった。現在は、「テレワークか、出社か」という二者択一ではなく、状況に応じてどちらも選べるハイブリットワークが主流になりつつある。企業によっては、従業員が自発的に出社したくなるオフィスづくりに取り組み、出社して仕事をすることの価値を高めようとする動きもある(注4)。過去のレポート(注5)において、筆者はテレワーク経験者の引っ越し(移住)への関心は他の属性に比べて高い傾向にあるものの、東京圏在住者に限ると「現在の生活環境で満足している」と回答する割合が高かったことを述べた。フルタイムで働く人が多い都市部は、生活ニーズを満たすサービスが充実している。現在の生活を維持するために、居住地として都市部を選択するのは当然といえるだろう。

現在、政府が二拠点居住のターゲットとして注目しているのは、比較的若い層である(注6)。しかし、都市部から地方へ通う交通費や2つの拠点を維持する費用などを考えると、若い層ほどその負担を重く感じるのではないだろうか。地方の受け入れ側が住まいや滞在に関する支援体制を整えたとしても、滞在費以外の様々なコストに折り合いをつけることができる若い層がどの程度いるのか、疑問が残る。

また、新たな拠点を求める人には、移住を見据えて生活拠点を探す人、「教育留学」のように一時的な目的のために拠点を探している人、第二の仕事場所を探している人、まちづくりなどに関わってみたい人、週末だけ趣味の活動をしたい人、自然を感じられる環境で過ごしたい人など、動機や思いの強さもさまざまだ。新たな拠点を構えたい人がどのような目的を持ち、地域との関わりをどのように捉えているのかを考慮したうえで、フレキシブルに対応できるかが受け入れ側に求められるだろう。

一方で、全てに対応していては受け入れ側にも負担がかかる。「うちの地域はこういった人に向いている(または、来てほしい)」という地域の方針や特徴を明確することで、トラブルを回避し負担を軽減することができるかもしれない。地域の強みも見えてくる。そのためには、法案でも掲げている官民の連携、地域関係者との連携、そして計画から実施までを自由度高く推進できるかが鍵となる。

働き方改革の過渡期ともいえる昨今、自分次第でフットワーク軽く地域を行き来し、気に入れば試しに住んでみる、といった挑戦がしやすい環境が整いつつある。そうしたなか、どのように人の流動性を生み出していけるのか、まだしばらく試行錯誤が続くのではないだろうか。


【注釈】

  1. 稲垣円「ハイブリットワークの可能性~普及に向けた課題、地方分散への効果~」2023年4月発行

  2. 国土交通省「『広域的地域活性化のための基盤整備に関する法律の一部を改正する法律案』を閣議決定」2023年2月9日
    < https://www.mlit.go.jp/report/press/kokudoseisaku01_hh_000205.html>
    国土交通省「移住・二地域居住等促進専門委員会中間とりまとめ」2024年1月19日公表<https://www.mlit.go.jp/policy/shingikai/content/001719484.pdf

  3. 国土交通省「広域的地域活性化のための基盤整備に関する法律に基づく支援制度」

  4. 例えば、「テレワーク半減・出社回帰で『行きたいオフィス』の需要拡大…カフェ併設やウォーキングマシン」(読売新聞2024年1月19日)、「出社したくなるユニークな職場へ 対面交流を促す『仕掛け』続々」(東京新聞 2022年10月23日)、「三菱地所と三井不動産、『出社したくなる』仕掛け」(日本経済新聞、2022年6月)、その他にもオフィス家具や空間づくりを専門とする企業が「出社したくなるオフィスづくり」を提案する事例が多数出ている。

  5. 稲垣円「コロナでは地方分散は進まない、と思う理由~テレワークは、良くも悪くも働くことへの自覚を促した~」第一生命経済研究所、2022年10月

  6. 注1が示す調査結果では、子育て世帯を含む若年層の移住・二拠点居住等のニーズが高まっていると報告されている。

【参考文献】

  • 稲垣円「コロナでは地方分散は進まない、と思う理由~テレワークは、良くも悪くも働くことへの自覚を促した~」2022年10月.

  • 稲垣円「ハイブリットワークの可能性~普及に向けた課題、地方分散への効果~」2023年4月.

  • 国土交通省「国土形成計画(全国計画)」2023年7月.

  • 総務省「住民基本台帳人口移動報告 2023年(令和5年)結果」2024年1月30日公表.

  • 総務省「住民基本台帳人口移動報告(基本集計)2019年以前」.

  • 総務省「住民基本台帳人口移動報告(基本集計)2020年~」.

  • 内閣官房デジタル田園都市国家構想実現会議事務局「デジタル田園都市国家構想総合戦略 (2023改訂版)」2023年12月26日.

稲垣 円


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