QOL向上の視点『人それぞれの幸福が求められる時代、準備は若いうちから』

嶌峰 義清

目次

QOLがマイナーだった幸福=経済的成長時代

QOL(Quality of life)とは「生活の質」と訳され、医療や福祉の現場で多く使われてきた言葉である。身体的、精神的な苦痛を抱えている患者が、いかに人間らしい、その人らしい生活を送れるか、といった観点から治療などに当たるための指針とされてきた。

しかし、その言葉の本質を考えれば、QOLという概念は療養中の人の指針にはとどまらない。WHO(世界保健機関)によれば、健康とは「疾病がないということだけではなく、完全に身体的・心理的、そして社会的に満足した状態(social well-being)」と定義している(1946年)。一般的には、WHOが定義した健康の概念がQOLの概念に相当すると考えられている。

かつては、QOLという概念は医療や福祉などの専門的な領域にとどまり、一般にはあまりなじみのない言葉であった。生活がどんどん豊かになっていった高度成長期の日本においては、成長していく力こそが人々を前進させた。未来はもっと良くなるという期待が、大抵の不安を拭い去った。家電製品の普及や交通インフラの発達は、人々の生活スタイルを向上させた。物価は上がったが、収入も増えた。社会全体が成長・発展していく中で、そこに身を委ねていればある程度の幸せを実感できた時代であった。

そうした時代においては、QOLという言葉・概念は、病などの個人的な悩みを抱える人の物差しに過ぎなかったのは致し方ないだろう。社会の成長に身を委ねられた多くの人は、家電製品の充実度や自家用車のランク、所得水準など、もっぱら経済的な部分に関心を持った。したがって、どうしても幸福の尺度は客観的で、普遍的な物差しによるところが大きかった。

一人ひとりの幸福が求められるQOLの時代

21世紀に入り、技術はさらに進化した。先進国においては、取り立てて欲しいと言えるほど目新しいものはなくなりつつあるともいわれる。一方で、革新的な技術は情報ツールへ集約し、私たちの生活を取り巻く環境はさらに変わっていった。しかし、それまでの進化とはベクトルが変わり、誰もが使いこなし、その恩恵を享受できているとは言い難い状況となった。情報通信革命は、家電製品とは異なり、個々の人に見合った価値しか提供できないものである。

経済面で見れば、日本を含めた先進国を中心に成長スピードは鈍化し、人々は安定した将来像を描きにくくなっている。成長という牽引力が無くなったことで、それまでの単純な経済力という価値尺度に寄り添うことは難しくなった。

こうして、人々の共通の価値尺度は失われ、成長という牽引力にすがることなく、それぞれが自己の幸福を見いだしていくことが求められる時代へと移っている。それは、主観的でそれぞれの人に見合ったオリジナルなものである。だからこそ、身体的・心理的、そして社会的に満足した状態とする健康の概念であったQOLが、幸福の尺度として注目されたのだろう。

お金・つながり・健康の三資産を一つの指針に

価値基準は人ぞれぞれだが、現実的には人が生きていくうえでお金・(社会や人との)つながり・健康という三要素は欠かせない要素であると考えられる。この三要素をどう按分するのかは、個人の価値観によって異なってこよう。しかし、欠けるものがあれば、バランスのとれた生活は難しくなる。

寿命が長くなることにより、健康を維持することの重要性は高まり、老後を生きる資金もより多く必要となった。“リタイア後”の生活を豊かなものにするには、他者とのつながりを多く持っていた方がいいだろう。ただし、それらはすぐに構築できるものではない。若いうちから自身のQOLを高めることを意識しておくことが必要ではないか。

嶌峰 義清


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嶌峰 義清

しまみね よしきよ

常務取締役・首席エコノミスト
担当: 経済・内外市場、金融市場全般

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