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ここが知りたい『政府が1兆円投資するリスキリングとは?』

白石 香織

目次

岸田首相が1兆円の投資を表明

2022年10月3日の所信表明演説で、岸田首相は個人のリスキリング支援として、人への投資に5年間で1兆円を投じると表明した。こうした点を盛り込んだ総合経済対策が10月28日に決定され、具体的な施策とともに、労働移動円滑化の指針を23年6月までに策定することも示された。またこれに先立つ10月12日に開催された日経リスキリングサミットでは首相自ら登壇し、リスキリング支援の3本柱として、①転職・副業を受け入れる企業や非正規雇用を正規に転換する企業への支援、②在職者のリスキリングから転職までを一括支援、③従業員を訓練する企業への補助拡充を発表した(資料1)。

図表1
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こうした政府による矢継ぎ早の動きによって、リスキリングという言葉が一躍脚光を浴びることになった。なぜ、政府はリスキリングに1兆円もの投資を行おうとしているのか。本稿では、政府の狙いと効果的なリスキリング施策について考えていく。

リスキリングはデジタルに限らない

リスキリングとは、DX(デジタルトランスフォーメーション)やGX(グリーントランスフォーメーション)といった、大きな社会の変革によって生まれる新しい仕事に、労働者が円滑に移行できるようスキルや知識を身に付けさせる人事戦略・国家戦略を指す。リスキリングはデジタル分野の学び直しだと考えられがちであるが、デジタルだけに限らず、市場のニーズがあるところに学びの対象はある。最近では、GXの進展に伴い「グリーン・リスキリング」が注目されており、欧州では石油やガス分野に従事してきた技術者が、洋上風力といったクリーンエネルギー分野へ移動できるよう国や産業界が一体となってリスキリングを推進している。将来的に宇宙産業の需要が高まれば「スペース・リスキリング」に注目が集まるかもしれない。市場のニーズに合わせて、リスキリングの舞台は変化し広がりを見せていくだろう。 

狙いは賃上げ

リスキリングが進む欧米では、デジタル化に伴い多くの人が職を失う技術的失業(Technological Unemployment)を防ぐことを主な目的としている。一方、今回の日本のリスキリング施策は、欧米のような失業対策というよりも、成長産業に労働移動を促すことに主眼があると言える。日本では、終身雇用や年功序列といった日本型雇用システムの下、従業員は企業に長期間勤めることが良しとされてきた。一方の企業も、たとえコロナ禍であっても雇用を守り、政府も雇用調整助成金等の措置で雇用を下支えした。こうしたことが労働市場の硬直化を招き、成長分野への労働移動の妨げとなってきた。結果的に日本は1995年から賃金水準が伸び悩んでおり、国際比較においてもその傾向は顕著である(資料2)。この状況を打破しようと、政府は労働者を新しい成長分野に移動させることで産業構造の転換を後押しし、労働生産性の向上および持続的な賃上げにつなげたいと考えている(資料3)。雇用調整助成金の特例措置廃止に向けた政府の動きは、「雇用維持」から「労働移動」へと労働政策の大きな転換を表しているといえよう。

図表2
図表2

図表3
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リスキリングには2パターンある

では、効果的にリスキリングを行うにはどうしたらよいのか。前提として、リスキリングを2つのパターンに整理して考えていきたい。1つ目は「企業内リスキリング」として、企業の従業員が新しいことを学び、社内で新しい部署や仕事に移ることを指す。2つ目を「市場リスキリング」とし、労働者が新しいことを学び、社外の新しい仕事へ移ることを指す。今後、こうしたリスキリングの2つのタイプに応じた適切な支援が求められると考える。

学び直しだけで終わらせない仕組みづくりを

リスキリングを推進する際、「どんな学びを提供するか」と研修内容が重視されがちである。だが、「学びを仕事につなげる」までがリスキリングであることを忘れないようにしたい。ポイントは、学習後の「移動」を前提とし、学び直しだけで終わらせない仕組みづくりにある。先ほどの「企業内リスキリング」であれば、学んだ後に、社内の新しいポジションや仕事に移動しやすい制度を整備する必要がある。例えば、ジョブ・ポスティング制度を広範囲で導入し、学びを活かせる部署に手を挙げて異動できるようにする、また社内外での副業で学んだことを活かせるようにする等、企業内の流動性を高める必要がある。次に「市場リスキリング」においては、学びを仕事につなげる強力なサポート体制が求められる。例えば、ドイツでは雇用エージェンシーと呼ばれる日本のハローワークにあたる公的機関が大きな役割を果たしている。雇用エージェンシーでは、労働者へのAIによる失職診断を行い、そこから必要となる学びを提示、新しい職の紹介までを切れ目なく担う。日本においても、こうした学びから仕事までを一貫してサポートしていく体制の構築が必要となる。

社会全体でリスキリングを推進する

ここまで述べてきたように、学びを仕事へとつなげるリスキリングは、個社や個人だけで行うには限界がある。幸い、官民連携による「日本リスキリングコンソーシアム」や「人的資本経営コンソーシアム」が昨今設立され、社会全体で連携してリスキリングを推進していく機運が生まれた。こうした社内外のリソースをフル活用して、意欲のある働き手が新しいことを学び、新しい成長分野の仕事に移り、その結果、賃金上昇につなげることができれば、停滞した日本経済を回復させる大きなエンジンとなるだろう。そのためにもリスキリングへの1兆円投資を、産学官で効果的に活用していくことが求められる。

白石 香織


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。