ライフデザイン白書2024 ライフデザイン白書2024

ここが知りたい『生成AI の「底上げ」効果で変わるリスキリング』

白石 香織

目次

生成AIは幅広い労働市場に影響を与える

Open AIが2022年11月Chat GPTを公開してからはや1年。生成AIは世界中を驚かせ、人々の間に少しずつ浸透しつつある。生成AIの特徴は、広い分野で誰でも簡単に使えるという意味での高い「汎用性」にある。従来の AI は自動運転車、軍事、囲碁、翻訳等、特定の分野で活用されるケースが多かったため、汎用性は低く、雇用の代替性は限定的であった(資料1)。

図表1
図表1

一方、AIの初心者であっても、生成AIは文章、画像・動画、コード等を簡単に生み出すことができる。その点で主にホワイトカラーが担う多くの業務を効率化・代替できることから、雇用の代替性は高く、労働市場への新たな影響を幅広くもたらすことが予想される。

生産性が低い人ほど生成AIの恩恵がある

2023年4月にスタンフォード大学が発表した研究論文によると、生産性が低い人ほど、生成AIの活用による生産性向上が顕著にみられたという。同論文では、生成AIを活用した業務遂行状況等を調査したところ、高スキルの熟練者よりも、初心者レベルや低スキルの人への影響が大きかった。在職2カ月のAI使用者は、在職6カ月のAI未使用者と同等のパフォーマンスを発揮したことから、生成AIには労働者のスキル格差を縮める効果があることを指摘している。

4歳でも使える生成AI

資料2は当時8歳と4歳の筆者の子どもが生成AIを使って描いた絵のイメージ図である。彼らはまだパソコンやスマホを使えず、タイピングもできない。そのため、音声によってそれぞれ「宇宙服を着たサルが宇宙でバナナを食べようとしている」「レゴで作った新幹線かがやきと富士山」といったプロンプト(指示)を入力し、絵を完成させた。

図表2
図表2

結果、本来の彼らのスキルでは到底書けないような美しい絵を、生成AIの手を借りて描くことができた。前述の「生産性が低い人ほど生成AIの恩恵がある」という研究結果に沿うものだといえよう。

もう一つの示唆は、「4歳でも使える」点にある。音声入力を使うことができれば、親の監督のもとで、子どもでも簡単にクリエイティブな作品をつくりあげることができる。従来の画像ソフトで上記のような絵を描こうとすると、絵心を磨く前に、まずはパソコンの知識、タイピングや画像ソフトの操作の習得が必要となる。こうなると子どもの習得にはハードルが高くなる。しかし、生成AIを使えば、このプロセスを省くことができる。つまり、専門知識がなくても、プロンプトを入力できれば活用できる点こそが、冒頭で述べた「汎用性」が高く、従来のAIと大きく異なる生成AIの特徴だといえる。

生成AIが底上げする人の能力

つまり、生成AIは人の能力を「底上げ」することができる。それをイメージとして表したのが資料3の概念図である。従来の方法と生成AIと協働した場合とを比較し、生成AIの登場によって今後どのようなリスキリングが必要となるかを検討していきたい。

図表3
図表3

前述の子どもの絵の例をあてはめてみよう。本来の子どもの絵のレベルを1とすると、生成AIと協働することで、資料2で描かれた絵のレベル(ここでは6と仮定)まで底上げすることができる。たとえば「子どもの絵レベル(1)」の人が「プロレベル(10)」を目指そうとすると、従来は①の部分のリスキリングが必要であった。しかし、生成AIによる「底上げ効果」により②のリスキリングはほぼ省略可能となる。よって、プロを目指す際必要となるのは③に限定される。この③こそが、生成AIの時代において必要なリスキリングの領域だといえる。

これは絵に限らず仕事や職務への参入のハードルが下がることも示唆している。今後、企業内のノウハウ等が追加学習された企業ごとの生成AIが導入され、幅広く活用されていくことが予想される。その際、新入社員が生成AIを活用することで、効率的に既存従業員のスキルに追いつくことができるだろう。また、生成AIを使うことで、起業や新しいビジネスへの参入障壁も下げることもできる。

リスキリングの方向性を変える

このように生成AIの「底上げ」効果はリスキリングの方向性も大きく変える。生成AIは主に人間のITスキルを「底上げ」してくれるため、パソコンやAIについての専門的なリスキリングは従来ほど必要なくなる。もちろん最低限のIT知識は必要となるが、自身の考えを正しく伝え、知識や経験に基づき生成AIと高度な対話をしながら解決策を導く「高度なプロンプト力」の習得がより重要となる。

この「高度なプロンプト力」を身につけるには、想像力や着想力に加えて、その分野における深い知識・経験が求められる。前述の絵のたとえでいうと、アートへの深い知識や造詣があれば、生成AIに対して的確な指示を出し、より創造的な絵を描くことができる。企業での導入においても、企業、業界、産業特有の知識や経験に基づく「高度なプロンプト力」を駆使すれば、より付加価値の高いソリューションを導き出すことができる。この「高度なプロンプト力」スキルの習得こそが企業におけるリスキリングの主流となっていくだろう。

シニアや外国人のポテンシャルも引き出す

この生成AIによる「底上げ」効果は、これまでITスキルの不足により活躍できなかったシニア人材や、日本語能力の不足のために日本企業での勤務が困難だった外国人の活用にもつながる可能性がある。たとえば、パソコンが苦手だったシニア人材が、その業界での長年の知識と経験による「高度なプロンプト力」を発揮して付加価値の高い仕事ができるかもしれない。このように生成AIによるリスキリングを効果的に進めることは、構造的な人手不足を抱えている日本の特効薬となる可能性を大いに秘めている。

白石 香織


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。