ここが知りたい『世界が注目の人事戦略「リスキリング」の導入に向けて』

白石 香織

目次

世界経済フォーラムが2020年に発表したレポート“The Future of Jobs Report 2020”によると、2025年までに8,500万人分の仕事がAIやロボット等に置き換わる一方で、デジタル化の進展により9,700万人分の新しい仕事が生まれるとしている。こうした状況で、欧米諸国を中心に成長分野に人材をシフトし、雇用を守り成長につなげるため「リスキリング」が積極的に導入されている。リスキリングとは、社会変革を受けて生まれた新しい職務や業務フローに従業員が移行できるよう、企業や国が仕事上のスキル・技術を再教育することを指す。

日本でも、政府の「骨太方針2021」(2021年6月)に、官民挙げたデジタル化加速の施策として、「デジタル人材の育成」が明記された。また、経団連は「。新成長戦略」(2020年11月)において、企業のデジタルトランスフォーメーション(以下、DX)に伴い生まれる業務に人材を円滑に異動させるため、リスキリングの必要性を訴えており、デジタルに特化した人材育成や学び直しへの関心が高まっている。

本稿では、今後日本でも取り組みが本格的に進むと考えられるリスキリングについて、海外で注目される背景や事例、日本の導入状況、効果的な導入に向けてのポイントを説明する。

海外で注目される背景

リスキリングは日本ではまだ耳慣れない言葉であるが、世界では生き残りをかけて、多額の投資をつぎ込む新しい企業(国家)戦略となりつつある。なぜ、リスキリングが求められるのか理由を図解したのが資料1である。主に、DXやグリーントランスフォーメーション(グリーンエネルギーに転換することで社会・経済を変革すること。以下、GX)といった社会変革の大きな流れを受けて、企業はその戦略から商品・サービス、業務フローまで、企業経営の大幅な変革を迫られている。その結果として、ある職務は消滅し、新たな職務や業務フローが生まれる。すると、企業が必要とするスキルと現状のスキルとの間にギャップが生じてしまう。

資料1 リスキリングが注目される背景
資料1 リスキリングが注目される背景

これまで欧米諸国では、職務がなくなればその人材を解雇し、新しいスキルを持つ人材を採用することでこのギャップを埋めてきた。しかし、社会変革が急速に進むと、このスキルギャップは従来よりも拡大し、新規採用ですべての人員を補充すると、雇用コストも離職リスクも高まる。そのため、既存の従業員にスキルを習得させて、新しい職務や業務フローに就かせた方がメリットは大きいとの判断から、積極的にリスキリングを推進している。

電気自動車化に伴うリスキリング事例

DXやGX等の大きな変革によってリスキリングの必要性が高まる事例として、電気自動車の事例がわかりやすいだろう。世界的な脱炭素化の動きを受けて、日本を含めた先進国では、電気自動車へのシフトが進みつつある。欧州連合は2035年までにガソリン車等の新車販売を事実上禁止する方針を、米国は2030年までに新車販売の半数を、電気自動車を含むゼロエミッション車にする大統領令を発表している。

電気自動車はモーターでタイヤを動かすため、エンジンに関する部品が不要となる。その結果、ガソリン車で求められたエンジン部品や駆動部品等の開発スキルは必要なくなる一方で、電気自動車で必要となる蓄電池や充電器、駆動用モーター、ソフトウェア等のスキルが新たに求められるようになる。欧州のバッテリー業界団体では、既存の従業員を電気自動車開発の業務にシフトすることで、このスキルギャップを埋めようとリスキリングに着手し始めている。

日本の導入状況

日本ではリスキリング導入以前に、企業におけるDXへの取り組み自体が後れていた。コロナ禍で多くの企業にとってデジタル化が急務となったことで、問題が顕在化した。加えて日本企業が頭を悩ましているのが、DXを推進するデジタル人材の不足である。情報処理推進機構(IPA)が「IT人材白書2020」にて、業界団体の会員企業を中心にアンケートした結果、IT人材の量が「大幅に不足」「やや不足」と感じている企業は2019年度の調査では89%と、2015年度から4.8%ポイント増加している(資料2)。

資料2 IT人材の量に対する過不足感
資料2 IT人材の量に対する過不足感

デジタル人材の不足を解消しようと、文部科学省や経済産業省が中心となり、社会人がデジタルスキルを学びやすい環境整備を行っている。職業訓練・教育訓練給付におけるデジタル人材育成への重点化や、デジタル関連の修士・博士プログラムの拡充、無料のデジタル講座の提供等、デジタルに重きを置いた学びなおしの施策を展開している。

こうした中、DXやデジタル人材不足に対応し、ウィズコロナ・アフターコロナの成長に備えようと、リスキリング導入に興味を示す企業が増えつつあり、一部企業では導入が始まっている。

効果的な導入に向けて

リスキリングは、新しい職務や業務に従業員を移動させるための手段ではあるが、一過性の研修で終わらせてしまうのはもったいない。今後も続く社会変革の中で企業や国が成長していくには、変化に柔軟に対応できる人材を持続的に育成することが肝となるからである。それゆえ導入に向けては、リスキリングを契機として、従業員の自律的なキャリア形成を促す仕組みを構築することが重要になると考える。

リスキリングを導入するある米国企業では、現状のスキルと新しい職務に必要なスキルとのギャップが可視化されており、従業員が自ら必要なリスキリングプログラムを選択できる。さらに、学んだことを社内インターンで実践し、スキルを経験に変える機会も与えている。カナダ政府は失業者向けに、AIやビックデータを活用して最適なプログラムを提案し、スキル習得後のキャリアパスや応募可能な仕事も提示する。

2つの事例に共通するのは、企業や国がリスキリングを一方的に提供するだけでなく、企業(国)と労働者の双方がリスキリング後のキャリアに向き合う機会を提供している点にある。日本企業が長年行ってきた社内研修は、企業から与えられる一律のものとして、受動的な側面が多い傾向にあったと推察する。なぜそのスキルが必要で、スキルの習得後にはどのようなキャリアが描けるのかを、労働者が主体的に考えられる仕組みとすることが、効果的な導入のポイントである。リスキリングを自律的なキャリア形成に結び付けていけば、人材という見えざる資産を最適化することにつながる。これこそが、リスキリングの本質的な目的と言えるかもしれない。

白石 香織

Recommend

おすすめレポート