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2026.02.10
日本経済
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AI時代に求められるのは「ジョブ型」よりも「スキル型」雇用
~ジョブ型雇用はAIの進化に適応できない?~
白石 香織 、 岩井 紳太郎
- 要旨
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日本では従来からのメンバーシップ型雇用の限界が顕在化し、ジョブ型雇用への移行が進められてきた。しかし、その実態は一部の層への導入に留まり、いわば「ジョブ型風メンバーシップ型雇用」が広がっている。
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企業がジョブ型雇用の導入を模索するなか、AI技術の急激な進展は、職務の定義自体を変化させる事態を招いている。その結果、ジョブ型雇用の核心にある「職務の限定」がむしろ組織の柔軟性を制約する可能性がある。
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このような問題意識の下、本稿では「スキル型雇用」を提唱する。スキル型雇用とは、スキルを軸に学び直しや社内外の労働移動を促進する人材マネジメントの枠組みを指す。近年欧米を中心に注目されているスキルベース組織の考え方を日本の雇用体系に応用し、企業における必要スキルの定義・可視化から採用、育成・リスキリング、異動・配置、評価・処遇へとつなぐサイクルとして位置付ける。
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スキル型雇用は、スキルを共通言語として可視化することで、個人にはスキルと学習の接続、キャリア機会の拡大や異動・配置、評価・処遇への納得感を、企業には戦略的人材配置や採用ミスマッチ抑制、環境変化を反映した動的な評価・処遇設計をもたらし得るとともに、政府にとってはリスキリングの促進と円滑な労働移動を通じた生産性向上や多様な人材活躍を後押しし得る。
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スキル型雇用が日本全体で実現すれば、「①労働力の量と質の向上」、「②労働移動の円滑化」、「③持続的な経済成長」という3つの波及効果が生まれると考える。一方で、従業員の自律的なキャリア形成、従業員の納得感の醸成、スキル情報基盤の不足など、スキル型雇用には課題も山積している。
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グローバルな人材競争、AIとの協働、そして人口減少という三重の課題に直面する日本において、スキル型雇用は持続的成長への処方箋となると考える。個人、企業、政府が三位一体となり、その実現に向けた議論を深化させ、実行に移していくことが求められる。
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- 目次
1. AI時代に求められるのは「ジョブ型」よりも「スキル型」雇用
AIによる急速な社会の変化のなか、日本で注目を集める「ジョブ型雇用」は、日本企業の競争力を高めるための最適解となるのか。この問いに答えるために、まずは日本企業の雇用形態の現状と、いま起きている技術革新の動向を確認したい。
日本の高度成長期を支えた「メンバーシップ型雇用」は、社会の変化とともに課題が指摘されるようになってきた。メンバーシップ型雇用とは、職務内容を特定せずに企業の「メンバー」として労働者を採用する雇用システムであり、職務、勤務地、労働時間は原則として無限定である。
このように企業にとって柔軟な制度は、経済が右肩上がりに成長していた時代には企業の競争力を高める原動力となったが、バブル崩壊後の経済の停滞、グローバル競争の激化、労働市場の変容を背景に、年功序列と職能資格制度が生み出す成果と処遇の乖離や、専門人材の育成・登用の困難さといった課題が顕在化してきた。
こうした危機感から、大企業を中心にジョブ型雇用の導入が進められてきた。ジョブ型雇用とは、特定の職務(ジョブ)に対して労働者を配置する雇用システムであり、職務(職務内容、勤務地、労働時間)があらかじめ雇用契約で限定される雇用形態である。しかし、その導入は道半ばである。経済産業省の調査(2023)によると、全社員を対象に導入した企業は2割程度であり、多くは管理職・専門職など一部への導入にとどまっている(注1)。「ジョブ型雇用」の看板を掲げながらも、従来の運用が継続される、いわば「ジョブ型風メンバーシップ型雇用」が広がっているともいえよう。
その一方で、企業がジョブ型雇用の導入を模索する間に、外部環境は劇的に変化している。特にAIの進展は、職務そのものを再定義するインパクトをもたらし始めた。資料1が示すとおり、コールセンター業務の変容が象徴的である。2018年当初、AIは人間のオペレーターへ回答候補を提示し、簡易な問い合わせに対応するアシスタントの役割を果たしていた(注2)。しかし2025年、人間の介入なしに複雑な対話を完結する「自律型AIオペレーター」が発表され、業界に衝撃を与えた(注3)。わずか7年で、AIは「アシスタント」から「自律的なオペレーター」へと役割を進化させたのである。この技術革新により、人間のオペレーターには二次対応(エスカレーション)や複雑な顧客対応に加え、AIの学習データ管理や監視といった「AIマネジメント」といった役割へとシフトしつつある。今後もAIの進化に伴い、この役割の再定義は継続するだろう。
こうした変化を踏まえて、冒頭の問いに戻ろう。AIが人間の役割や職務を変え続ける環境では、ジョブ型雇用の核心にある「職務の限定」が、かえって組織の柔軟性や機動性の制約につながる可能性がある。実際、米国では技術変化のスピードにこの職務条件を記載した「職務記述書」の更新が追いつかず、形骸化している例もある(注4)。メンバーシップ型雇用の限界を克服するために日本で導入・検討を進めるジョブ型雇用が、AI時代においては組織の硬直性を生み出しかねないという事態に直面している。
本稿では、人材マネジメントの基本単位を「ジョブ」から「スキル」へ移行させる「スキル型雇用」を提唱する。スキルを軸とした人材マネジメントでは、職務内容が変化しても、スキルを軸とした再配置を通じて柔軟な対応が可能となる。職務が変化し続けるAI時代においては、職務を限定することなく、スキルを中心に据えた人材マネジメントへの転換が必要だと考える。次章以降では、このスキル型雇用の具体像と実践に向けた道筋を明らかにしていく。

2. スキル型雇用とは
スキル型雇用とは、スキルを軸に人材マネジメントを行い、学び直しや社内外の労働移動を促進する枠組みを指す(注5)。
この枠組みは、近年欧米を中心に注目されているスキルベース組織の考え方からヒントを得たものだ。ジョブ型雇用が主流である欧米では、人材不足という量的制約に加え、業務の複雑化・高度化等によりジョブ要件を満たす人材確保が難しいという質的制約が強まっている。このような背景から、固定的な職務要件で人材を雇用するジョブ型雇用には限界があるとの指摘が広がりつつある。こうした問題意識の下、職務(ジョブ)を業務(タスク)単位に分解し、必要スキルを明確化したうえで、個人の保有スキルとのマッチングを通じて最適な役割分担で業務を遂行するスキルベース組織が注目されている(注6、7)。
この考え方を個社の人材マネジメント手法にとどめず、日本の雇用体系に応用し、スキルを軸に採用、育成・リスキリング、異動・配置、評価・処遇の基本原理として位置付ける枠組みを、本稿では「スキル型雇用」と呼ぶ(資料2)。具体的には、企業は戦略遂行に必要なスキルを定義・可視化し、その要件に基づき人材を「採用」する。必要スキルと保有スキルのギャップを踏まえて、企業は「育成」機会を提供し、従業員は「リスキリング」を通じてスキルを獲得し、業務で活用する。さらに、スキルの希少性や熟達度、役割の大きさに応じて、企業は「評価・処遇」に反映する。加えて、従業員の保有スキルと部門・プロジェクトが求めるスキルのマッチングを通じて「異動・配置」を行う。スキルが共通言語として可視化されれば、社内の異動・配置だけでなく、社外への転職等を含む労働移動の円滑化も期待できる。
現在でも、「採用」、「育成・リスキリング」、「評価・処遇」、「異動・配置」の人事サイクルは存在するが、経験・年次等の情報に依存しやすい側面がある。スキル型雇用は、必要スキルと保有スキルの可視化を前提に、上記の意思決定をスキルに基づいて行い、学び直しと労働移動を促進する点に特徴がある。

3. メンバーシップ型・ジョブ型雇用との違い
我々が提言するスキル型雇用は、具体的にどのような雇用体系なのか。(1)職務内容、(2)採用、(3)育成・リスキリング、(4)異動・配置、(5)評価・処遇の5つの観点で、メンバーシップ型雇用やジョブ型雇用との比較も行いながら確認する(資料3)。
(1)職務内容
スキル型雇用では、まず企業は事業戦略を策定し、その遂行に必要となるスキルを定義・マッピングする。あわせて、従業員が当該スキルを保有しているのか、ほかにどのようなスキルを保有しているのか、熟達度がどの程度かを可視化し、現状を把握する。これらを踏まえ、戦略上の必要性と現状のギャップに応じて、業務と必要スキルを設計し、状況変化に応じて更新する。
必要スキルが明確である点はジョブ型雇用と共通する一方、職務の固定化を前提としない点ではメンバーシップ型と同様であり、戦略や環境に応じて業務設計を変更できる点に特徴がある。
(2)採用
企業が求めるスキルを持つ従業員が社内に不足する場合、外部労働市場から当該スキルを有する人材を獲得する。加えて、新卒一括採用のように、未経験の若年層をポテンシャル重視で採用し、将来のスキル獲得を見据えて育成する運用も取り得る。
(3)育成・リスキリング
育成においては、メンバーシップ型雇用の企業で主に活用されているOJTや研修に加え、スキルギャップに基づくスキル獲得・向上支援等を行う。
(4)異動・配置
異動・配置は、従業員の志向や保有スキルと、部門やプロジェクトが求めるスキルのマッチングを踏まえて決定する。メンバーシップ型雇用のように企業主導の配置に偏るのではなく、本人の志向とスキル情報を踏まえたマッチングを重視する点が特徴である。
(5)評価・処遇
評価・処遇は、年功序列色が強いメンバーシップ型雇用とは異なり、担った業務・役割における成果・貢献の大きさに加え、スキルの希少性や熟達度に基づいて決定する。職務給を基盤とするジョブ型雇用と類似性はあるが、スキルの価値やそのレベルに基づいた異動・配置と評価・処遇を連動させる点にスキル型雇用の特色がある。

4. スキル型雇用導入の先進事例
本章では、国内外のスキル型雇用を実践する企業や日本政府の取組事例を紹介し、スキル型雇用への理解と実践に向けた方向性を探る。
(1) 4つの領域でAIをフル活用したスキル型人事モデル(海外企業A社)
A社では、スキル型雇用を「①採用」、「②育成・リスキリング」、「③異動・配置」、「④評価・処遇」の4つの観点で包括的に実施している(資料4)。その実現には、膨大なスキルデータを可視化・分析し、マッチングや学習機会を提案するAI技術、すなわち「スキルテック」との協働が前提となる。
「①採用」においては、職種の半数以上で学位要件を撤廃し、デジタルバッジなどのスキル証明を選考で正式に活用することで、学歴偏重から脱却している。これにより多様なバックグラウンドを持つ人材の採用が可能となり、応募者層の拡大と採用効率(採用期間の短縮や選考プロセス)の向上を実現している。
「②育成・リスキリング」では、「スキルは5年で半減する」との前提に立ち、従業員に対して1万種類以上の学習ツールを提供し、継続的な学習を組織文化に組み込んでいる。AIが従業員のスキル、キャリア目標、社内人材需要を分析し、個々に最適な学習機会を提案することで、効果的なスキル習得環境を整備している。
「③異動・配置」については、AIが従業員のスキルや職歴、プロジェクト経験、研修履歴等から最適な社内異動を提案し、リアルタイムでマッチするポジションを通知する。さらに、離職リスクの高い社員を早期にAIで検知し、新たなキャリアの学習機会を提示することで不要な人材流出を未然に防いでいる。
「④評価・処遇」では、必要なスキルを明確に定義し、スキル別に市場価値を設定することで、新しいスキルを習得すれば自動的に報酬レンジが上昇する仕組みを導入している。Fei Qin and Thomas A. Kochan(2020)によれば、A社で新しいスキル習得時に付与される学習バッジを1つ取得すると昇進確率が約9%上昇し、より実践的なバッジでは約16%が上昇することが実証されている。なお、昇給に関してもAIが推奨を行うものの、人間が最終判断することで透明性と公平性を両立させている。

これら4つの領域が相互に連携することで、環境変化への適応力と従業員エンゲージメントを同時に高めることに成功している。スキルテックの活用により、従来は人事部門や管理職の経験や直感に依存していた意思決定が、データに基づく客観的かつ迅速な判断へと転換されている点が、この取組みの核心である。
(2) 必要スキルの可視化と学習機会の接続(国内企業B社)
ここでは、スキルの可視化に取り組む国内事例を紹介したい。B社は、自律的なキャリア形成支援を目的として、従業員向けにジョブカタログを公開している。ジョブカタログでは、マーケティング等、同社が定める30の専門領域と、専門領域をさらに細分化したジョブのそれぞれについて、役割や業務内容、求められるスキル等を紹介している。
さらに、専門領域別・ジョブ別に求められるスキルの向上につながる学習機会(対面研修、eラーニング等)も紐付けて示しており、従業員は必要スキルと学習手段をあわせて確認できる。
同社は、将来的には新卒採用・キャリア採用候補者に向けた情報公開も視野に入れ、事業戦略と連動した採用・育成・配置の実現につなげる方針である。
(3)デジタル領域におけるスキル標準化とスキル情報基盤の整備(政府)
政府においても、近年スキルを共通言語として整理・活用しようとする動きが強まっている。ここでは、DX領域を例としてその動きを示す(注8)。
経済産業省は、DX推進における人材の重要性を踏まえ、個人の学習や企業の人材確保・育成の指針として、2022年12月に「デジタルスキル標準(DSS)」(2023・24年に改訂)にてDXに関するスキル標準を定義した。DSSは、全ビジネスパーソンが身につけるべき「DXリテラシー標準」と、DX推進人材の役割や習得すべきスキル標準を示す「DX推進スキル標準」の2つの標準で構成されている。「DXリテラシー標準」は、スキルを「マインド・スタンス」、「Why(DXの背景)」、「What(DXで活用されるデータ・技術)」、「How(データ・技術の利活用)」の4つの大項目において、それぞれの内容や学習項目例を整理している。「DX推進スキル標準」は、DX推進に必要な人材をデータサイエンティスト等5つの類型で区分し、それぞれの主な業務やスキル項目とその重要度、学習項目例を整理している。
また、2025年5月の経済産業省の報告書では、スキル情報を広く労働市場で活用する仕組みとして、「デジタル人材育成・DX推進プラットフォーム」(仮称)の検討が示されている(資料5)。具体的には、保有スキルや資格情報をデジタル資格証明(デジタルクレデンシャル)として発行し、第三者に掲示できる個人向けアカウントを通じて、スキル情報を蓄積・可視化する構想である。さらに、スキル情報をビッグデータとして活用することで、市場におけるスキル習得状況の可視化や、新たなスキル需要の把握等にもつながることが期待される。

5. スキル型雇用がもたらす効果と実現に向けた課題
本章では、スキル型雇用がもたらす効果と実現に向けた課題について、(1)個人、(2)企業、(3)政府の3つの観点で言及する(資料6)。
(1)個人
スキル型雇用が個人にもたらす効果は、「企業が求めるスキル」と「自分が持つスキル」が共通言語として可視化され、スキルと学習が結びつく点にある。企業側が職務やタスクごとに求めるスキル要件を示すことで、個人は「何をどの程度身につければよいか」を具体的に理解しやすくなる。学習すべき内容が明確化されることで、リスキリングに取り組みやすくなることが期待される。
また、企業が求めるスキルと個人の保有スキルが可視化されると、社内公募や副業、転職等において、必要スキルを事前に把握しやすくなる。これにより、個人は学習・準備したうえで応募しやすくなり、スキルマッチングを通じたキャリア機会の拡大が期待できる。
異動・配置や評価・処遇においては、企業が求めるスキルと本人の保有スキルとの関係で説明が可能になるため、「なぜこの部署に配属されたのか」、「なぜこの評価なのか」という納得感が高まりやすい。
他方で、個人には自律的なキャリア形成が一段と求められる。スキルが共通言語化されることで、これまで可視化されにくかったスキル格差が顕在化し、拡大する可能性もある。一人ひとりが自ら学び、キャリアオーナーシップを持つ必要性が高まる。
(2)企業
企業におけるスキル型雇用の効果は、必要スキルの定義と、従業員の保有スキル・熟達度の可視化を通じて、戦略的な人材配置が促進される点が挙げられる。異動・配置は、現状では人事担当者の経験や感覚に依存する側面もあると考えられるが、スキル分布や不足領域が把握できれば事業戦略上の優先順位と現状ギャップに基づくものへと転換し得る。これにより、適所適材が進み、重点領域への人材投入や配置転換を迅速に行いやすくなる。結果として、環境変化の中でも組織としての機動力の向上が期待される。
採用においては、候補者に求める役割やスキル水準を明確に定めやすく、候補者側もその水準を理解しやすくなるため、採用ミスマッチの抑制が期待できる。
加えて、環境変化に伴い必要スキルが変化することを前提に、スキル型雇用はスキルの価値や熟達度を踏まえた動的な評価・処遇を設計し得る。例えば、AIが高度化すれば、「AI協働スキル」等の価値が高まる一方、陳腐化したスキルの価値が相対的に低下する可能性もあるが、スキルを軸とすることでこうした変化を反映しやすい。これにより、従業員は「学び続けることが報われる」というインセンティブが形成され、リスキリングを促す効果が期待される。
他方で、スキル型雇用を進めるうえでいくつかの課題が考えられる。例えば、スキル定義の難しさが挙げられる。将来のありたい姿や経営戦略から逆算して必要スキルを定義することが出発点となるが、スキル定義は容易ではなく、海外の先行事例でもハードスキルは比較的進めやすい一方、ソフトスキルは定義・評価が難しい現状がある。まずは可視化しやすいハードスキルから着手しつつ、段階的に範囲や粒度を拡張していくことも1つの方法だろう(注5参照)。
また、従業員への対応も課題の1つだろう。スキル型雇用の導入により、意欲的にリスキリングに取り組む従業員もいれば、戸惑いを抱える従業員も一定数存在すると考えられる。加えて、業務量の多さや育児・介護等の事情により十分にリスキリングに取り組むことが難しい従業員も想定される。異動・配置、評価・処遇においても、判断基準の透明性を一定程度確保していても、その内容や判断理由について従業員に納得感のある説明ができなければ、不満の声が上がる可能性もある。従業員との継続的な対話やフォロー体制の整備を検討していく必要がある。
(3)政府
スキル型雇用の普及は、リスキリングの促進、円滑な労働移動や多様な人材の活躍を後押しし得る。企業が必要スキルを明確に示し、個人の学ぶべき方向性が理解しやすくなれば、リスキリング人口の増加が期待される。人手不足の深刻化が確実視され、労働投入量の増加が見込みにくい日本にとって、一人当たりの付加価値を高めることは重要であり、その基盤としてスキル形成が広がる意義は大きい。
また、成長分野が求めるスキルが可視化され、それに沿って教育訓練や職業能力開発が設計されれば、産業を超えた労働移動の円滑化が期待できる。加えて、スキルを根拠に能力を示せる社会になれば、学歴や年齢、雇用形態などの属性で人材が評価されやすい状況が緩和され、多様な人材が活躍しやすい環境づくりにもつながる。また、スキルを軸に職務・業務のマッチングが進展すれば、就業に制約を抱える層(育児・介護・治療等)や高齢者についても、就業機会の拡大や労働参加の促進に資する可能性がある。
もっとも、政府は労働移動の促進に向けた取組みを引き続き進めていく必要がある。リスキリングを通じて新たなスキルを獲得しても、転職や職務転換といった移動が実現できなければ、その効果は十分に発揮されない。また、多くの企業がスキル型雇用を導入したとしても、労働移動の環境が整備されていない場合、個人が社外の選択肢を持ちにくくなり、結果として企業側の交渉力・裁量が相対的に強まるおそれがある。
さらに、「スキル情報基盤」の整備も課題の1つと考えられる。先述の通り、デジタル領域を中心に取組みが進められている段階にあるが、将来的には労働市場全体において、スキルを共通言語として整理・活用できるプラットフォームの構築が重要となる。具体的には、保有スキルを周知・証明できる仕組み(デジタルバッジ等)の活用促進、リスキリング支援(教育訓練の充実、学習機会の格差是正、学習後のマッチング支援)に加えて、それらのスキルが国内の企業の求人・業務要件や海外のスキル標準と接続できる環境整備が求められる。
加えて、家庭事情や健康上の理由等によりリスキリングに取り組めない者や、学習すべき内容・手段が明確でない者が一定程度存在し得る。こうした層を取り残さない観点から、ハローワーク等における職業相談・リスキリング支援、就職マッチング支援の強化を含むセーフティネットの整備も重要である。

6. スキル型雇用が拓く未来─スキルが促す労働移動と持続的な経済成長
本稿では、AI時代の人材戦略として「スキル型雇用」を提唱してきた。メンバーシップ型雇用の硬直性とジョブ型雇用の限界を踏まえ、人材マネジメントの基本単位を「ジョブ」から「スキル」へ転換することで、変化に柔軟に対応できる組織と労働市場の実現を目指すものである。
スキル型雇用は、大企業のホワイトカラーに限定される概念ではない。中小企業では、限られた人材の多能工化が経営の生命線となり、スキルの可視化が効率的な人材活用を実現する。製造現場においても、従来の技能を現代的なスキル体系として再定義・デジタル化することで、技能継承の円滑化と労働市場での適正評価が可能となるだろう。スキル型雇用は、業界・職種・企業規模を問わず適用可能な、普遍的な人材マネジメントの原理だといえよう。
スキルを軸とした人材マネジメントが社会全体で実現すれば、以下の3つの波及効果が生まれると考えられる(資料7)。
第一に、労働力の量と質の向上である。スキルを評価軸とすることで、育児・介護・治療などの制約を抱える層が、それぞれのスキルを活かして労働市場に参加できる。また、リスキリングを前提とする社会では、労働者が自身のスキルを継続的に向上させ、キャリアの持続可能性を高めることができる。
第二に、労働移動の円滑化である。スキルの可視化により、労働者は社内外の移動機会を的確に把握し、より精度の高いキャリア選択が可能となる。企業にとっても、必要なスキルを持つ人材の発見と獲得が容易になる。
第三に、持続的な経済成長である。成長分野への円滑な労働移動が、生産性と賃金の上昇を牽引する。財務省財務総合政策研究所(2025)とOECD(2025)の実証研究は、労働市場の流動性が高い経済圏では、生産性と賃金の成長率がそれぞれ有意に高いことを明らかにしている(注9)。スキル型雇用は、マクロ経済の成長エンジンとしても機能する。

もっとも、第5章で示したとおり、スキル型雇用の実現には克服すべき課題が山積している。企業にとって、従業員の納得感を得ながらスキルを軸に異動・配置、評価・処遇を行うことや、全従業員に変化に応じてリスキリングを促すことは容易ではない。また、労働市場の流動性が高まらなければ、企業側の交渉力・裁量が相対的に強まるおそれがある。
しかし、こうした課題を乗り越えてでもスキル型雇用へ移行する価値があると筆者らは考える。前述した3つの波及効果に加え、グローバルな人材競争の観点から、スキル型雇用への移行は避けて通れないからである。海外でのスキル型雇用の動きが加速した場合、日本がこの流れに後れを取れば、優秀な人材は国外へ流出し、海外からの人材が集まらない市場となる。その結果、国内産業の競争力低下と経済停滞につながるおそれがある。
グローバルな人材競争、AIとの協働、そして人口減少という三重の課題に直面する日本において、スキル型雇用は持続的成長への処方箋である。個人、企業、政府が三位一体となり、その実現に向けた議論を深化させ、実行に移していくことが求められる。
【注釈】
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経済産業省(2023年)「令和4年度 大企業等人材新規事業 創造促進事業(雇用人材管理形態に関する調査事業)調査報告書」によると、社員全員に「ジョブ型雇用」を導入している企業は23.7%にとどまる。
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総務省(2018年)「平成30年版情報通信白書」では、「コールセンター業務など、顧客の問い合わせ対応において、AIによる回答候補の提示やチャットボットなどによる自動応答など、AIによる業務の効率化の取り組みが進んでいる」と記載。
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2025年11月、ソフトバンクとGen-AX社は、顧客からの電話に24時間365日自律的に応答し、人間の介入なしで、スムーズな対話を完結させる自律思考型AIオペレーター「X-Ghost(クロスゴースト)」を発表。
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Forbes(2024)“Why ‘Job Description Laziness’ Is Killing Skills-Based Hiring”は「技術、プロセス、役割が急速に進化しているにもかかわらず、ほとんどの雇用主は、職務記述書を更新・修正する習慣を持っていない。(中略)その結果、職務記述書はほとんど更新されず、生きた文書ではなくなっている」と指摘。
https://www.forbes.com/sites/brandonbusteed/2024/03/29/why-job-description-laziness-is-killing-skills-based-hiring/ -
本稿でいう「スキル」には、プログラミングやデータ解析等のハードスキルに加え、コミュニケーション能力や論理的思考力といったソフトスキルも含む。一般的に、ハードスキルは専門的な技術や知識、ソフトスキルは仕事の進め方や人との関わり方に関する汎用的な能力を指す。
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National Conference of State Legislaturesによると、採用プロセスから学位要件を撤廃した米国大企業もある。さらに少なくとも18の州が、法律や行政措置を通じて、大半の公共部門の職種における学位要件を廃止している。
https://www.ncsl.org/state-legislatures-news/details/in-hunt-for-workers-some-states-value-skills-over-degrees -
全米大学・雇用者協会(NACE)の2025年調査では、新卒エントリーレベル採用において約3分の2(64.8%)の企業がスキルベース採用を実施している。また、2024年には米国企業の81%がスキルベース採用を適用しており、グローバルでは2020年の40%から2024年末には60%へと急増している。
https://www.naceweb.org/job-market/trends-and-predictions/almost-two-thirds-of-employers-use-skills-based-hiring-to-help-identify-job-candidates -
GX分野においても、2024年5月に経産省主導のGXリーグによって、GXに関する知識やリテラシー、推進に必要な人材、役割、スキルを定義・標準化した「GXスキル標準(GXSS)」が策定された。
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財務省財務総合政策研究所(2025)は国際比較データから、平均勤続年数が短い(流動性が高い)国ほど労働生産性と賃金成長率が高い傾向を示し、勤続年数と労働生産性の相関係数は-0.45、勤続年数と賃金成長率は-0.64と負の相関を提示。OECD(2025)の17カ国分析では、自発的な転職による高生産性企業への労働者の再配置が、年間0.9ポイントの賃金成長と生産性成長に寄与し、全体の賃金成長の16%、生産性成長の22%を説明することを実証している。
【参考文献】
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EY JAPAN ピープル・コンサルティング(2025)「スキルベース組織の教科書 ジョブ型人材マネジメントのその先へ」
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経済産業省(2023)「令和4年度雇用人材管理形態に関する調査事業報告書」
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経済産業省(2025)「『Society5.0時代のデジタル人材育成に関する検討会』報告書:スキルベースの人材育成を目指して」
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独立行政法人情報処理推進機構・経済産業省(2024)「デジタルスキル標準ver.1.2」
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総務省(2018)「平成30年版情報通信白書」
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財務省財務総合政策研究所(2025)「労働市場の流動化が雇用、賃金、および生産性に与える影響」
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ソフトバンクニュース(2025)「AIは人を代替するのではなく、支える存在へ。コンタクトセンター向け自律思考型AIオペレーター『X-Ghost』が始動」
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リクナビNEXTジャーナル(2021)「『ジョブ型』雇用とは?第一人者が語るメリット・デメリットと大きな誤解」
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白石香織(2025)「マイクロクレデンシャルが拓く新しい労働市場~学歴からスキル重視へ、日本はスキルを「通貨」にできるか?~」
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白石香織(2023)「ここが知りたい『生成AI の「底上げ」効果で変わるリスキリング』」
-
白石香織(2021)「ジョブ型雇用の4つのエッセンスとは?~国際比較から紐解く「自社版:ハイブリット型雇用制度」構築のススメ~」
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岩井紳太郎(2026)「ここが知りたい『雇用形態別・企業規模別にみる直近10年間の労働移動の実態』」
-
岩井紳太郎(2026)「【1分解説】リスキリングとは?」
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岩井紳太郎(2025)「【1分解説】スキルベース組織とは?」
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岩井紳太郎(2025)「【1分解説】OJT・OFF-JTとは?」
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Brandon Busteed(2024)“Why ‘Job Description Laziness’ Is Killing Skills-Based Hiring”
-
National Conference of State Legislatures(2024)“In Hunt for Workers, Some States Value Skills Over Degrees”
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NACE(2025)“Almost Two-thirds of Employers Use Skills-based Hiring to Help Identify Job Candidates”
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Fei Qin and Thomas A. Kochan(2020)“The Learning System at IBM: A Case Study”
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CNBC(2019)“IBM AI can predict with 95 percent accuracy which employees will quit”
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CNBC(2022)“Companies eliminate college degree requirement to draw needed workers”
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Credly(2020)“Shifting The Up-Skilling Paradigm: Digital badges help IBM create a diverse, inclusive workforce”
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IBM(2021)“Skills Transformation For The 2021 Workplace”
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VerifyEd(2025)“IBM Skills Build: What It Is and How It Builds Essential Digital Skills”
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SHRM(2024)“How IBM Incorporates Artificial Intelligence into Strategic Workforce Planning”
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Mercer(2024)“Pay differently: pay-for-skills and AI”
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OECD(2025)“OECD Employment Outlook 2025”
白石 香織 、 岩井 紳太郎
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘等を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針等と常に整合的であるとは限りません。

