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2026.02.05
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インポスター症候群がキャリア形成を阻む
~なぜ成果を出しても自信が持てないのか~
髙宮 咲妃
- 要旨
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インポスター症候群とは、成果や周囲の評価があっても「自分は本物ではない」「運が良かっただけ」と成功を正当に認めることができず、能力露呈不安が持続する心理状態である。医学的な診断名ではなく、自己評価(認知)と評価・育成・関係性等の職場要因の相互作用として捉える必要がある。
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本概念は高い成績を出す女性への臨床観察から提起された経緯があるが、女性固有のものではない。少数派、ロールモデル不足、失敗の可視性等の環境条件が整えば誰にでも起こる「認知の偏り」として扱うことが重要である。
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キャリア上は「役割拡張(責任増)=能力不足が露呈するリスク」と結びつきやすい。厚生労働省(2018)では、非管理職層のうち昇進を望まない人が多数を占め、理由として「部下を管理・指導できる自信がない」が高い割合で挙げられている。業務負荷に加えて能力露呈不安が挑戦回避を合理化していると示唆される。
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職場環境との関係では、①成果が自己効力感に転換されない評価・フィードバック、②沈黙が合理化される関係性、③支援を伴わないキャリア自律の要請、が重なるほど「学んでもまだ足りない」という感覚が残りやすく、不安が強まり、挑戦回避等の行動として表れやすくなる。
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対策として企業には、成果だけでなく判断・工夫・リスク管理等を評価項目として明文化し面談で振り返ること、面談でプロセスを言語化する仕掛けを組み込むこと、能力開発と評価・配置の結びつきを見える形で示すこと等が求められる。加えてキャリア自律を「支援付きの選択」にするため、伴走(面談・メンター等)、学ぶ時間・評価・機会の三点セットでの提供、「選んだ学び」が報われることの可視化等が重要となる。
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企業に求められるのは、従業員に「自信を持て」と促すことではなく、不安が残っていても、成功要因が言語化され、質問や提案が不利にならず、段階的に役割拡張を試せるような評価・運用・機会を整えることである。
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1. インポスター症候群とは
インポスター症候群とは、客観的な成果や周囲の評価があるにも関わらず、「自分の能力は本物ではなく、いつか見抜かれる」という感覚が持続し、自身の成功を正当に認めることができず、「運が良かっただけ」と解釈してしまう心理状態を指す。この概念は、アメリカの臨床心理学者Clance & Imesが、高い成果を出す女性(high achieving women)への臨床観察から概念化した経験概念であり、今日では性別を問わず幅広い層を対象として論じられる(Clance & Imes,1978)。「症候群(syndrome)」と呼称されているが、医学的診断枠組み上の疾患カテゴリーではない(注1)。本稿では、現象としての呼称を「インポスター症候群」、個人差としての強弱を「インポスター傾向」として区別して用いる。そのうえで企業実務においては、個人要因として切り分けるのではなく、自己評価(認知)と評価制度・育成環境・関係性等の職場要因が相互に作用する現象として捉えることが必要である。こうした相互作用の中核には、「自分の能力が十分でないことが周囲に知られ、評価が下がるのではないか」という不安がある。本稿では、この不安を便宜的に「能力露呈不安」と呼ぶ。
ここで注意すべきは、インポスター傾向そのものが「悪い傾向」ではない点である。一定の範囲では、謙虚さや学習志向と結びつき、過信を抑えつつ成長を促す側面もあり得る。しかし、その度合いが強まると、①過剰な自己防衛(失敗回避・先延ばし・過準備)、②挑戦機会からの逃げ、③燃え尽きやメンタル不調、④組織内での発言抑制・関係性の悪化、等を通じて、キャリア形成ひいては職場のウェルビーイングを同時に毀損する可能性がある。したがって企業は、人事制度(評価・育成・登用等)と日常のマネジメント(フィードバック、相談、役割付与等)の双方から、こうした負の影響を抑えることが求められる。
2. 「女性に多い」から「構造は誰にでも起こり得る」へ
インポスター症候群は、前章で触れたように、もともとClance & Imes(1978)が高い成果を挙げている女性への臨床的観察を起点に概念化した経緯がある。それゆえ、ダイバーシティ経営推進の議論では、とりわけ女性においてこの傾向が語られる場面が多い(注2)。しかし、インポスター症候群は「女性固有の心理特性」を意味するわけではない。女性のほうが顕在化しやすい条件が揃いやすいために、ダイバーシティ文脈で注目されがちだと理解するのが妥当といえる。
女性で注目されやすい理由としては、まず、意思決定層における女性比率が相対的に低い状況では、ロールモデルや同質な同輩が少なく、本人が成果を挙げていても「自分は例外的に運が良かっただけではないか」と解釈しやすいことが挙げられる。
また、女性管理職は少数派であるがゆえに失敗の可視性や心理的コストが高まりやすく、能力露呈不安が増幅しやすい。いずれも「女性だから」生じるのではなく、挑戦機会の付与、成果の評価のされ方、相談が可能な関係性といった条件が、組織内で特定の層に偏って配分されやすいことによって生じる点が重要である。
したがって企業としては、インポスター症候群を女性活躍施策の枠内に閉じ込めて扱うのではなく、環境条件が整えば誰にでも起こる「認知の偏り」として全社的に是正することが重要である。
次章では、こうした少数派条件やロールモデル不足、失敗の可視性の高さといった環境要因によって、能力露呈不安が強まり得る構造がキャリアの意思決定、とりわけ昇進意欲にどのように現れるかを、公的統計をもとに確認する。
3. キャリア上の影響~昇進が忌避される背景~
インポスター傾向がキャリアに及ぼす典型的影響は、「役割拡張(責任増)=能力不足が露呈するリスク」と結びつくことである。厚生労働省「平成30年版 労働経済の分析」によれば、非管理職層のうち昇進を望まない人は61.1%と過半数を占めている。その理由としては、「責任が重くなる」「長時間労働になる」といった処遇や業務負荷に関するものに加え、「部下を管理・指導できる自信がない」が57.7%と上位に挙がっている(資料1)。

この結果が示すのは、処遇や業務負荷に加えて、自分の能力に対する不安が働いている可能性がうかがえる。インポスター傾向を持つ人ほど、評価を受ける局面(昇進審査、役割拡大、初めてのマネジメント等)で自己評価が急落しやすく、結果として「挑戦しないことが最適戦略」になりやすい。組織側がこれを単なる「意欲不足」と誤解すると、本人はますます挑戦の機会を失い、能力発揮の機会も、成長の手応えも得にくくなる。これは個人のキャリアだけでなく、組織の人材活用・次世代リーダー供給にも直結し得ると考えられる。
4. 職場環境の影響
前章で見た能力露呈不安は、個人の内面だけで説明しきれるものではない。インポスター症候群は、成果が自己効力感(注3)に転換されにくい評価設計や、沈黙が合理化される関係性(注4)、そして支援を伴わないキャリア自律の要請等といった環境要因が重なると、不安が強まり、挑戦回避等の行動として表れやすくなる。以下では、各要因を整理し、あわせて企業が取り得る実務的な打ち手を示す。
(1)成果が「自分の力」にならない評価・フィードバック設計
インポスター傾向を持つ人は、成果を挙げてもそれを自分の能力に帰属させにくい。背景として、職場における評価基準が曖昧であったり、成果へのフィードバックが「良かった/悪かった」といった結果評価に留まり、どの判断や工夫が成果につながったのかが十分に言語化されていなっかたりすることが挙げられる。本人が成功要因を再現可能な行動として理解できないため、成功は「運が良かった」「周囲に恵まれた」と解釈されやすくなる。その結果、成果が積み重なっても自己効力感が形成されず、「次もできる」という確信が育ちにくい。
独立行政法人 労働政策研究・研修機構(JILPT)が2024年に実施した調査では、自己啓発を実施しなかった理由として「仕事が忙しくて時間が取れない(32.8%)」に次いで、「自己啓発を行っても会社で評価されない(26.1%)」が上位に挙げられている(資料2)。

これは、学習や努力が評価・配置に結びつかない認識が広がる職場では、能力開発が自己評価の改善に結びつきにくく、能力露呈不安が起こる可能性を示唆する。
学びや育成を支える仕組みや学びを支える仕掛けが手薄い環境では、努力が「手応え」にならず、インポスター傾向の緩和も進みにくい。企業側の打ち手としては、①評価基準の設計(何を評価するか)、②面談等での対話運用(どう振り返るか)、③能力開発等の学びと機会の接続(どう報いるか)をセットで整えることが考えられる。具体的には以下である。
① 評価基準を結果からプロセスへ拡張する(制度)
成果だけでなく、判断、工夫、リスク管理等を評価項目として明文化し、評価の観点として全社で共有する。
② 面談でプロセスを言語化する仕掛けを組み込む(運用)
評価面談や1on1では、結果だけで終わらせず、成果に至った判断や工夫、関係者調整、リスクの見立て等を具体的に振り返れる問いを用意する。あわせて、振り返りが属人的にならないよう、記録の観点やフォーマットを整え、管理職が適切にフィードバックできるよう研修やガイドを整備する。
③ 能力開発と評価・配置の結びつきを見える形で示す(制度・運用)
能力開発が評価や役割付与にどう結びつくかを、ルールと事例で事前に可視化し、「学んでも評価されない」という認識が生じにくい仕組みを整える。
以上のように、インポスター傾向は個人要因だけで説明しきれるものではなく、評価や育成の設計次第で現れ方が変わり得る。評価の観点を言語化し、学びと役割機会を結びつけることで、成果が自己効力感へと転換されやすくなるだろう。
(2)「声を上げない」ことが合理的になる職場
インポスター症候群は、昇進の場面だけでなく、日常の職場行動にも影響する。自己評価を過小化する人ほど、「分からないことを聞く」「異論を述べる」「提案する」といった行為が、能力不足の露呈や評価リスクにつながると感じやすい。心理的安全性が十分に確保されていない職場では、この不安が現実的なリスクとして作用し、沈黙が合理的な自己防衛として選ばれやすい。
結果として、能力が高くてもインポスター傾向のある人は「無難にこなす」「目立たない」選択を取り、組織はそれを「主体性がない」「意欲が低い」と誤解しやすい。インポスター傾向がキャリア形成を損なう経路には、昇進の辞退だけでなく、業務への参画行動の抑制(発言・相談・提案の縮小)も含まれると考えられる。これらを踏まえた企業の打ち手としては以下が考えられる。
① 会議・レビューの再設計
会議やレビューにおいて、事前質問の募集、少人数での発言機会の確保、ファクトと解釈を分けた議事進行等、発言の心理コストを下げる進め方を型として導入する。
② 適時適切な報告・連絡・相談を行動評価に位置づける
報告・連絡・相談(問題の早期共有、関係者への連絡、相談のタイミングと内容の妥当性等)を業務遂行上の重要なプロセスとして定義し、評価やフィードバックに反映する。
③ 失敗対応の手順の明確化
失敗を責める文化では、能力露呈不安が高まり、インポスター傾向が強化されやすい。そこで、失敗が起きた際は①事実整理、②原因の切り分け(個人要因とプロセス要因の整理)、③学びの抽出、④再発防止策の合意、までを一連の手順として標準化し、会議やレビュー等で継続的に運用する。これにより、失敗を萎縮の原因ではなく、学習と改善につなげるプロセスとして扱えるようになる。
心理的安全性は「優しい職場」を意味するのではなく、発言・相談・試行が不利にならない運用を整えることである。こうした運用が整うほど、沈黙が合理化されにくくなり、インポスター傾向による参画行動の縮小を抑える土台となり得る。
(3)キャリア自律の「自己責任化」が能力露呈不安を増幅させる可能性
近年、政府は労働者のキャリア形成を企業任せにせず、本人の主体性も前提とした支援へ軸足を移している。厚生労働省(2019)の資料でも、「労働者の自律的・主体的なキャリア形成の推進」が明示されており、キャリア形成を「個人の選択」として支える方向性が示されている。また、2022年に公表された「令和4年版 労働経済の分析」でも労働者の主体的なキャリア形成への支援を掲げた章立ても存在し、自律を促す政策的メッセージは強まっている。
こうした方向性のもと、企業側でも能力開発を「会社が割り当てる研修」から「本人が選ぶ学び」へ寄せる運用がみられる。一般社団法人 日本経済団体連合会(2020)によると、約4割の企業が社員の能力開発において「社員の自発的な意思で受講するプログラムを拡充する」と回答している。

一方で、「キャリア自律」や「主体的な学び」が強調されるほど、企業内の能力開発支援や評価の枠組みが不十分な場合には、個人に心理的負荷が生じる可能性がある。とりわけインポスター傾向を持つ人は、「足りない自分」を埋めるために学習量を増やしたり、過準備に傾いたりしやすい。その学びが評価や実践機会(役割付与・公募応募・登用・挑戦機会等)と接続されないと「まだ十分ではない」という感覚が残りやすい。その結果、「主体的な学び」が挑戦への踏み出しではなく不安の緩和にとどまり、応募・異動・手挙げ等の意思決定を先送りする方向に作用し得る。
これらを踏まえた企業の打ち手としては、自律を「支援付きの選択」にする施策が重要だと考える。具体的には以下が挙げられる。
① 伴走の仕組み作り
キャリア面談、メンター、社内ネットワーク等を整備し、「一人で決め切る」負荷を下げる。
② 時間・評価・機会の三点セットで提供
学ぶ時間の確保、評価・配置への接続、実践の場(小さな役割拡張等)をパッケージで設計する。
③ 「選んだ学び」が報われることを可視化
学習→行動→成果→評価(役割拡張も含む)への連鎖を本人が追える形で示し、「学んでも意味がない」という認識を生みにくくする。
以上を踏まえると、キャリア自律は個人の主体性を尊重する一方、設計次第では「自己責任化」として受け取られ、能力露呈不安を固定化し得る。したがって企業は、自律を求めるほど支援・評価・機会の接続を同時に整え、学びが自己効力感と挑戦に転換される土台をつくる必要があると考えられる。
5. おわりに
本稿では、インポスター症候群を「個人の性格問題」ではなく、自己評価(認知)と、評価制度・育成環境・関係性といった職場要因の相互作用として捉え、キャリア形成への影響を整理した。
インポスター症候群は、強化されると挑戦回避や参画行動の縮小、燃え尽き等を通じて、個人と組織の双方に損失をもたらし得る。しかし企業が、評価・フィードバックを言語化し、心理的安全性を確保し、キャリア自律を「支援付きの選択」として設計すること等により、その影響を緩和できる余地がある。また、現在の職場環境では女性のほうがインポスター傾向が顕在化しやすいため、女性に関連づけて語られることが多いが、「環境条件が整えば誰にでも起こり得る認知の偏り」として全社的に扱うことが重要である。
企業に求められるのは、不安が残っている従業員に対して、「自信を持て」と促すことではなく、成功要因を言語化し、質問や提案を不利だと感じさせず、段階的に役割拡張を試せるような評価・運用・機会を整えることである。それらの設計を点ではなく一体で見直すことが、キャリア形成、ひいては職場のウェルビーイングを同時に底上げする基盤となるだろう。
【注釈】
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インポスター症候群を測るための質問紙尺度としては、臨床心理学者Pauline R. Clanceが開発した自己報告尺度であるClance Impostor Phenomenon Scale(CIPS)等が研究・実務で用いられている。ただし、これらは傾向把握のためのスクリーニング尺度であり、医学的な診断名として位置づけられているわけではない。
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経済産業省の「令和4年度 ダイバーシティ経営推進に向けたアンコンシャス・バイアスに関する調査」の報告資料では、自己評価の正確性を妨げる代表的な認知バイアスの例として「インポスター症候群」が取り上げられている。同資料では、女性の昇進・意思決定参画を阻む要因の一つとして言及される場面が多く、ダイバーシティ推進の文脈において女性の課題として記載されている。
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自己効力感(self-efficacy)とは「特定の課題や状況において、自分は適切に行動し、成果を出せると信じられる感覚」を指す。一般的な自己肯定感が「自分には価値があるという全般的な感覚」であるのに対し、自己効力感は「この仕事・この役割ならできる」という状況・行動に結びついた確信であり、挑戦行動や継続的な学習と密接に関係するとされる。
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ここでいう「沈黙が合理化される関係性」とは、心理的安全性が十分でないために、質問・異論・提案がリスクと結びつき、沈黙が自己防衛として最適化されやすい状態を指す。
【参考文献】
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一般社団法人 日本経済団体連合会(2020)「人材育成に関するアンケート調査結果」
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経済産業省(2023)「令和4年度 ダイバーシティ経営推進に向けたアンコンシャス・バイアスに関する調査」
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厚生労働省(2018)「平成30年版 労働経済の分析」
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厚生労働省(2019)「今後の人材開発政策の在り方に関する研究会 報告書」
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厚生労働省(2022)「令和4年版 労働経済の分析」
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厚生労働省(2025)「令和6年度 能力開発基本調査」
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独立行政法人 労働政策研究・研修機構(JILPT)(2024)「能力開発・自己啓発に関する調査」
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Clance,P.R., & Imes,S.A.(1978)“The Impostor Phenomenon in High Achieving Women: Dynamics and Therapeutic Intervention”
髙宮 咲妃
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。

