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徹底解剖!アメリカ大統領選2024」を含む米国大統領選挙に関するレポートの一覧は「テーマ別レポート一覧 | 米国大統領選」をご参照ください。
Q.アメリカ大統領選の欧州経済への影響は?
A. 世界の経済・商業・金融活動の中心で、石油と天然ガスの一大生産国でもある米国の大統領選挙の結果は、欧州経済にも大きな影響を及ぼす。バイデン氏の撤退で民主党の新たな大統領候補となったハリス氏の政策スタンスは分からない点も少なくないが、低中所得層向け支援の拡充や気候変動対策の推進に向けたインフラ投資など、基本的にはバイデン路線を踏襲すると考えられる。これに対して、大統領への返り咲きを狙う共和党のトランプ氏は、関税引き上げ、富裕層向け減税、化石燃料生産に対する環境規制の撤廃など、前回の大統領就任時と同様に、減税による経済活性化、保護主義的な貿易政策、気候変動対策の巻き戻しを掲げている(詳しくは7月26日レポート「ハリスノミクスvs.トランプノミクス」を参照されたい)。こうした政策の実現可能性は、大統領選と同時に行われる議会選の結果にも依存するが、ここではバイデン政権時代から大幅な政策転換となるトランプ氏が勝利した場合の欧州経済への影響を考察する。主な波及経路としては、①米国景気の浮揚に伴う米国向け輸出の拡大、②欧州製品に対する関税引き上げ、③ウクライナ支援縮小に伴う欧州の支援負担の増加、④石油・天然ガス生産増加によるインフレ抑制などが考えられよう。
Q.貿易を通じた欧州経済への影響は?
A. 欧州連合(EU)は加盟国間の域内輸出が6割超を占めるが、米国は域外向け輸出の約2割(域内向けを含む輸出全体では約8%)を占める最大の輸出相手国だ。トランプ氏が掲げる法人税率の引き下げや富裕層向け減税が実現すれば、米国の景気浮揚に伴う欧州の輸出拡大が見込まれる。EUの米国向け輸出金額の上位は、医薬品、自動車、化学製品、機械類などだ。また、トランプ氏はバイデン政権が進めた気候変動対策の軌道修正を掲げており、税額控除や補助金を通じて環境関連投資を促すインフレ削減法(IRA)を撤廃する意向を表明している。IRAの発表後、エネルギー価格の高騰による事業コスト増加も相俟って、欧州企業の間では、煩雑な手続きが求められる欧州での投資を避け、手厚い財政支援が得られる米国での投資に切り替えるケースが散見される。トランプ氏がIRAの撤廃に動けば、欧州企業の域外流出の動きに歯止めが掛かる可能性がある。
ただ、トランプ氏は同時に、対中関税の60%への引き上げに加えて、全輸入品を対象に一律10%の関税を賦課する方針を掲げている。米国は第一期トランプ政権時代の2018年に、諸外国との間で広がる米国の貿易赤字を問題視し、EU、日本、中国などを対象に、鉄鋼製品に25%、アルミ製品に10%の追加関税措置を発動した。EU側はこれに対抗するため、米国から輸入する自動二輪車やウイスキーなどに報復関税を課し、米欧間でも貿易摩擦への警戒が広がった。その後のバイデン政権下で貿易摩擦のエスカレートは回避されたが、民主党の支持母体である労働組合に配慮し、上乗せ関税を撤廃するのではなく、一定の輸入量まで関税を免除する関税割当を導入した。米国のEUに対する貿易赤字は、トランプ氏が前回大統領に就任した時と比べて、一段と拡大している。トランプ氏の再登板時は、鉄鋼・アルミ関税の再発動や、より幅広い製品を対象に輸入関税が賦課される可能性がある。関税がEU以外の貿易相手国にも適用される場合、他の外国製品と比べた欧州製品の競争力が阻害される訳ではない。むしろ高率関税が適用される中国製品を代替する余地が生まれるが、関税に守られる米国製品にシェアを奪われる形で、米国向け輸出の阻害要因となろう。また、対中関税強化による中国経済への打撃も欧州の輸出下押しに働く。中国(含む香港)はEUの域外向け輸出の約1割を占め、米国、英国に次ぐ三番目の輸出相手国だ。
当社の試算によれば、米国が対中輸入に60%、それ以外の輸入に一律10%の関税を課し、報復措置として諸外国が米国からの輸入に同等の関税を課す場合、波及効果を含めて、欧州の実質国内総生産(GDP)を約0.2%下押しする(詳しくは2月15日付けレポート「トランプ関税による世界経済への影響」を参照されたい)。貿易障壁を通じたマイナス影響は限定的だが、貿易摩擦の激化による世界的なリスク回避姿勢が高まるとみられ、金融市場の動揺を通じた景気の下押しも予想される。
Q.ウクライナ支援縮小時の欧州経済への影響は?
A. 欧米諸国や日本は、ロシアからの侵略の脅威に晒されるウクライナに対して継続的な支援を提供してきた。バイデン政権下の米国は、これまでに軍事支援の約5割、人道支援の約2割、金融支援の約3割を担い、単一国家としては最大の支援国となってきた。EU並びにその加盟国は、軍事支援の約4割、人道支援の約6割、金融支援の約5割を提供してきた。だが、トランプ氏は「私なら24時間以内にロシアとウクライナの戦争を終わらせる」と発言するなど、ウクライナ支援の継続に懐疑的だ。米国がウクライナ支援を打ち切るないし縮小する場合、欧州がそれを穴埋めする以外にない。EUは2022年のロシアによる侵攻開始後、ウクライナを加盟候補国として承認し、将来的にEUの一員として迎え入れる方針を示唆している。トランプ氏はまた、欧州諸国による防衛費負担の少なさを長年批判してきた。一部の欧州諸国は、北大西洋条約機構(NATO)が目標に掲げるGDP比2%以上の防衛費に届いていない。同盟国に対して更なる防衛費負担の増加を要求する可能性がある。
こうしたウクライナ支援や防衛費の増加は、財政不安を抱える欧州諸国にとって、新たな財政上の火種となりかねない。EUの行政執行機関である欧州委員会は今年6月、フランスやイタリアなどの7ヶ国に対して、財政規律違反の恐れがあるとして、是正措置の発動を勧告した。先のフランス議会選挙でも、極右政権誕生時の財政悪化が不安視され、フランスの国債利回りに上昇圧力が及んだことは記憶に新しい。来年度の予算審議が本格化する秋にかけて、トランプ氏の大統領選勝利が重なれば、欧州の財政不安が再燃する恐れがある。トランプ大統領の言う通り、早期停戦を実現できるか、実際にウクライナ支援の打ち切りや縮小に踏み切るかは分からない。多くの欧州諸国の財政余力は乏しく、ウクライナ支援の穴埋めが必要となった場合、EUとして一体的な政策対応が求められ、共同債の発行など、個別国の財政悪化につながらない形の解決策が模索される可能性が高い。
Q.エネルギー価格を通じた欧州経済への影響は?
A. バイデン政権が進めてきた気候変動対策の巻き戻しを目指すトランプ氏は、石油・ガスの新規開発や輸出許可に対する制限撤廃などを掲げている。トランプ氏の大統領就任で中東情勢が不安定化するリスクもあるが、環境重視のバイデン路線を踏襲するとみられるハリス氏と比べて、原油・ガス需給の観点からはエネルギー価格の下落につながりやすい。また、トランプ氏の発言通り、ウクライナの早期停戦が実現する場合、安全保障環境の改善とロシアからのガス輸入再開を通じてエネルギー価格の低下を促し、欧州経済の押し上げ要因となる。
Q.アメリカ大統領選の結果はユーロ相場にどう影響する?
A. トランプ氏が大統領に就任する場合、減税による米景気の浮揚や移民抑制による労働需給逼迫が予想される一方、石油・天然ガスの増産によるエネルギー価格の下落がインフレ率の抑制に働く公算が大きい。このことは米連邦準備理事会(FRB)による利下げ判断を後押しし、先行して利下げを進める欧州中央銀行(ECB)に追随する形で米欧間の金利差縮小が進み、ドル安・ユーロ高が進行するとみる。但し、エネルギー価格の抑制は欧州金利にとっても低下圧力となるため、一方的なユーロ高進行は想定していない。足元でユーロ圏の賃金やサービス物価が高止まりしているが、これは過去数年の高インフレが遅れて賃上げや販売価格に反映されたもので、ECBは中期的な物価安定の達成に自信を深めつつある。米景気浮揚による欧州の輸出拡大も関税引き上げの影響で相殺され、ECBの追加利下げ判断に大きな影響を及ぼすものではない。米欧ともに財政悪化懸念が高まる可能性があるが、金融政策の方向性を反映した金利上昇ではなく、為替相場に与える影響は限定的と考える。
Q.ハリス氏とトランプ氏、どちらの方が欧州にとってプラス?
A. ウクライナ支援の打ち切りによる欧州の財政リスクに注意が必要となるが、トランプ氏の掲げる政策は、景気浮揚、インフレ抑制、金利低下、株高につながる可能性があり、欧州経済にとってもメリットが大きそうだ。もっとも、トランプ氏が大統領に再登板する場合、ウクライナ支援の打ち切り、中東情勢の不安定化、貿易摩擦の激化と供給制約、パリ協定再離脱などのリスクが高まることから、欧州のリーダーの間でトランプ氏に対する歓迎ムードはない。
田中 理
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