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- バイデン大統領の選挙戦撤退により、2024年米国大統領選はハリス副大統領とトランプ前大統領の対決となる見通しだ。現時点ではトランプ氏優勢との見方が多いものの、足下ではハリス氏が多額の政治献金を集めて勢いを見せるなど、選挙情勢は予断を許さない状況にある。
- ハリス氏の政策スタンスは依然不透明であるものの、2020年民主党予備選で掲げた政策にはバイデン氏よりも左派的なものが目立つ。例えば、同氏の政策案には法人税率の35%への引き上げや相続税の増税、野心的な気候変動対策への取り組みなどが含まれていた。
- ハリス氏はバイデン政権との継続性を意識しながら、中道的な政策スタンスを示す可能性もあり、演説等での今後の発言が注目される。一方、かつてのように左派的な政策スタンスを志向する場合、ビジネスや富裕層向けの減税を重視するトランプ氏に対して、低中所得者層向けの支援拡充を志向するハリス氏という、両者のスタンスの違いが鮮明となるだろう。
2024年大統領選はハリスvs.トランプの構図
7月21日、バイデン大統領は再選を目指していた2024年大統領選挙からの撤退を表明し、ハリス副大統領を後継候補に指名した。その後、民主党の党幹部や有力知事が相次いでハリス氏を支持することを表明、翌22日にはハリス氏が党の指名候補になるために必要な過半数の代議員を獲得した。このため、今後ハリス副大統領が民主党の正式な大統領候補として指名され、2024年米国大統領選挙は民主党・ハリス副大統領と共和党・トランプ前大統領の対決となる見通しだ。
ハリス氏は副大統領という立場であるため、これまで自身の政策スタンスを明言する機会が限られており、今後示される同氏の政策アジェンダが注目される。ハリス氏が2020年民主党予備選時に掲げた政策はバイデン氏よりも左派的なものが目立つ一方、バイデン政権からの継続性を意識しながらより中道的なスタンスを示す可能性もある。
なお、民主党は7月13日にバイデン氏の下での政策綱領案を公表しており(全国大会[8月19-22日]にて最終案を採択予定)、同案には低中所得者支援のための税額控除拡充や法人税増税、気候変動対策のためのインフラ投資などが掲げられている。大統領候補がハリス氏に替わった後も、ビジネスや富裕層向けの減税を重視する共和党(トランプ氏)、低中所得者層向けの支援拡充を志向する民主党(ハリス氏)という基本的な方向性に変化はない。
以下では「通商」「税制」「環境」「移民」「その他」の5つに関して、民主党・ハリス氏と共和党・トランプ氏の政策スタンスを概観する。なお、ここでのハリス氏の政策スタンスは2020年民主党予備選における発言等を基にしていることに留意されたい。より具体的な政策アジェンダを理解するうえでは同氏の今後の発言を注視する必要がある。

①通商政策
対中脅威論及び自由貿易への否定的な見方は政党を問わずに支配的である。このため、大統領選の結果によらず、米国が「自由貿易の推進」へと舵を切ることは当面考え難い。一方、トランプ氏は関税強化の姿勢を明確にしており、同氏が当選する場合には保護主義的な動きが加速することが予想される。
トランプ氏は通商政策のアジェンダとして①対中関税の60%への引き上げ、②中国を貿易上の最恵国待遇から除外、③全輸入品に対する一律10%の関税導入、などを挙げている。第一次トランプ政権では通商法232条(国家安全保障を損なう脅威の除去)や301条(不公正な貿易慣行の是正)を根拠に大統領権限(大統領令)で対中関税を引き上げており、対象品目や実際の関税率には不確実性が大きいものの、第二次トランプ政権でも同様の手法で対中姿勢を強化することが予想される。一方、②や③の実施を巡っては、連邦議会による法案成立が求められる見通しであり、大統領選と同時に実施される議会選で共和党が上下院の第一党になれるかも実現可能性は大きく依存する(ただし、通商法122条は「経常赤字是正を目的に最大15%の関税措置を150日間まで発動できる」権限を大統領に与えており、時限措置としては一律関税の導入ができる可能性がある)。
一方、ハリス氏の通商政策へのスタンスを巡っては、雇用喪失や環境保護への懸念を理由に2016年にはTPP、2020年にはUSMCA(米国・メキシコ・カナダによる貿易協定[新NAFTA])に共に反対している。とはいえ、2019年の予備選時には「私は保護貿易主義者ではない」と述べており、直近においてもトランプ氏の掲げる10%の一律関税に対して「生活コストを上昇させる」と明確に反対している。これらを踏まえると、ハリス氏はバイデン政権と同様の通商政策スタンスを採用する可能性が高い。すなわち、トランプ一次政権で導入された関税措置を概ね維持したうえで、経済・物価への影響が懸念されるより強硬な措置は実施せず、貿易・外交政策への批判が強まる際には一部品目に限った関税引き上げ等で国内の製造業労働者などにアピールする方法を採るとみられる(例えば、2024年5月にバイデン政権は電気自動車(EV)やソーラーパネルなど一部品目の対中関税を強化する方針を発表)。
②税制
トランプ氏は法人税引き下げや富裕層減税などを主張する一方、ハリス氏は低中所得者層への支援や気候変動対策に重点を置いている。トランプ氏は歳入減少、ハリス氏は歳出拡大を通じてそれぞれ財政赤字を拡大させる懸念があり、これは米長期金利の高止まりを招くかもしれない。なお、税制改革や予算編成は原則的に議会の権限であるため、大統領の政策アジェンダの実現性は上下院の第一党が大統領の所属政党と一致するかに大きく依存する。
まず、トランプ氏は第一次政権で2017年に成立した「減税・雇用法(TCJA:いわゆるトランプ減税)」を延長する方針を示している。富裕層向けの所得税や贈与税の優遇措置は2025年末に失効する予定であり、米議会予算局の試算に基づくと現行制度をそのまま延長する場合にはGDP比で1%強の財源が必要となる。このほか、トランプ氏は法人税を現行の21%から15%か20%に引き下げる考えを示すほか、「チップ収入の非課税化」を強調し、飲食・宿泊などの接客業に従事するマイノリティへの支持拡大を狙っている。
一方、ハリス氏はバイデン氏よりも分配重視の左派的な政策を掲げたことがある。例えば、バイデン氏は2024年3月の一般教書演説で法人税を28%に引き上げる考えを示した一方、ハリス氏は2019年にトランプ減税の全面的な撤廃を掲げ、法人税率を35%へと戻すことやキャピタルゲインに個人所得税の税率を適用する考えを示していた。また、所得10万ドル以下の個人に対する年間3,000ドルの税額控除(LIFT Act)や、教員給与引き上げのために相続税増税を提案したこともある。また、民間医療保険を継続しながらも公的医療保険を拡充するとし、公的保険の適用拡大に関する財源として金融取引への課税(ウォール街増税;株式取引に0.2%、債券取引に0.1%、デリバティブ取引に0.002%の税率を適用)を主張した。なお、こうした左派的な政策スタンスは企業や富裕層からの政治献金を抑制する懸念があるため、ハリス氏は今後の選挙キャンペーンでより中道的なスタンスへとシフトし増税色を弱める可能性がある。
③環境政策
党派対立の強い分野であり、環境規制に消極的で化石燃料の生産を後押しする共和党、再生エネルギー普及を中心とした気候変動対策に積極的な民主党という構図にある。特にハリス氏はバイデン氏よりも環境政策への思い入れが強いとみられ、積極的な気候変動対策を推進する可能性がある。
まず、トランプ氏は化石燃料生産に対する規制撤廃、及びグリーンニューディールの廃止など、バイデン政権が取り組む気候変動対策の巻き戻しを掲げている。具体的にはパリ協定からの再離脱のほか、バイデン政権による石油・ガスの新規開発や輸出許可に対する制限の撤廃を提案している。ちなみに、トランプ氏はこうした環境規制の撤廃に加えて、(自身の仲裁による)ロシア・ウクライナ戦争の終結がエネルギー価格を押下げると主張している。なお、トランプ氏は2022年8月に成立した気候変動対策予算である「インフレ削減法(IRA)」を撤廃すると明言しているものの、同政策によるインフラ支出等は共和党地盤の州の景気(特に投資)を押し上げているとの指摘もあり、こうした州出身の共和党議員が反発する場合には全面的な廃止となるかは不透明である。
一方、バイデン氏は大統領候補であった2020年に4年間で2兆ドルの環境投資を掲げ、就任後はインフレ削減法等の成立を通じて、約0.4兆ドルの環境予算を割り当ててきた。これに対して、ハリス氏は2019年に今後10年間で官民総額10兆ドル規模の環境投資を提唱した。「完全なクリーン経済(100 percent clean economy)」の実現を掲げ、2035年までに全新車販売をゼロエミッション車とすることや2045年までにカーボンニュートラルを達成するとし、このために炭素税導入や化石燃料への補助金を終了する考えを示している。また、ハリス氏は2019年時点でシェールガス・オイルの採掘方式であるフラッキングに対して、環境汚染や地盤への懸念から全面的に廃止すべきと考えており(バイデン氏は2020年選挙時にフラッキングの新規許可の禁止に言及したものの、その後は直ぐに撤回)、こうした姿勢を維持する場合にはガス生産が盛んなペンシルベニア州などの支持率へ影響する可能性がある。
④移民政策
メキシコ国境沿いからの不法移民流入は米国で社会問題と化しており、国境対策は民主・共和を問わずに喫緊の課題との意識が強い。このため、バイデン政権が6月に国境対策を強化したように、ハリス氏もこうした取り締まり強化を継続することで移民流入の抑制を図る可能性が高い。一方、トランプ氏は人道的な懸念が生じうる政策を含めてより強硬な移民対策をとるほか、合法的な移民ビザの発給なども制限することが予想される。
トランプ氏は「移民の侵入を阻止する(stop the migrant invasion)」ことを掲げ、国境の壁の完成、在外米軍を帰国させメキシコ国境へと配備、不法移民の大規模送還などを主張している。また、一次政権時には国境対策として「不寛容政策(子連れの不法入国者を家族別々に収容したものの、人道的な批判が殺到し数か月で実質的に撤回)」を実施したほか、永住権ビザの発行削減やイスラム圏からの入国禁止を通じて合法移民の流入を抑制するなど、第二次政権時においても様々な移民制限策を導入する可能性が高い。一方、既に米国に滞在する不法移民の強制送還を巡っては、第一次政権ではほとんど進展がみられず、第二次政権誕生時も実現のハードルが高いことに変化はない。移民裁判所の審理を経ない強制送還の実施は裁判所に差し止められる可能性が高いほか(司法の壁)、強制送還に関わる予算手当の承認は難航が予想され(議会の壁)、実際に不法移民を摘発する段階においても民主党基盤の都市の協力が必要となる(地方自治の壁)。
一方、ハリス氏は既にバイデン政権で移民対策を担当しており、現行政策からの大幅な変更は予想しづらい。すなわち、米国に長年滞在する不法移民が合法的な滞在許可を得られるように取り組む一方、6月にバイデン政権が発表した大統領令(一定の不法越境者が確認された場合、亡命申請を受け入れずにメキシコ等へと即時送還)のように、国境・不法移民問題が鎮静化しない限りは移民の大規模な流入を許容しないと考えられる。
⑤その他
住宅政策を巡って、トランプ氏は(利下げによる)住宅ローン金利の低下、住宅開発等に関する規制の撤廃、連邦政府所有地の部分的な開放などを通じて、住宅の購入コストを低下させると主張している。一方、ハリス氏は所得10万ドル以下かつ住宅コスト(=家賃+光熱費)が所得の30%を超える個人を対象に、税額控除を付与する法案を2019年に提出している(Rent Relief Act)。また、バイデン政権は2024年7月に家賃上昇率を年間5%以内に留める法案の成立を議会に呼びかけており、ハリス氏が同様の主張を行う可能性がある。
AI開発や仮想通貨を巡って、トランプ氏は中央銀行によるデジタル通貨(CBDC)発行への反対、及びバイデン政権が導入したAI開発規制(2023年10月の大統領令で安全性基準などを導入)の撤廃を通じて、民間企業のイノベーションを喚起すると主張する。一方、ハリス氏は企業側の自主性を重んじるバイデン氏よりも強力な規制を支持している可能性がある。例えば、ハリス氏は2023年11月のAI安全サミットで「規制や政府の強力な監視がない場合、一部のテクノロジー企業は顧客のウェルビーイングや社会の安全、民主主義の安定よりも自身の利益を優先する」と述べており、偽情報(ディープフェイク)の拡散や顧客保護に対して積極的な政府の関与を主張するかもしれない。
前田 和馬
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