韓国中銀は引き続き原油価格、ウォン相場、農産品価格を注視

~金融市場の早期利下げ観測を否定も、政策運営は米FRBやウォン相場の動向に左右される~

西濵 徹

要旨
  • 年明け以降の韓国経済は1-3月の実質GDP成長率が前期比年率+5.22%と上振れするなど景気の底入れが確認された。ただし、年明け直後に掛けて改善した企業や家計のマインドは足下で頭打ちするなど景気の不透明感はくすぶる。生活必需品を中心とする物価上昇やウォン安による輸入インフレの一方、金利高の長期化を受けて不動産市況は頭打ちが続いて家計部門は逆資産効果に晒される状況が続く。今年の韓国経済は良好なスタートダッシュを切ったものの、足下では早くも息切れを示唆する兆しが出ている。
  • 中銀は一昨年末以降累計300bpの利上げに動くも、昨年2月以降は金利を据え置いてきた。米ドル高によるウォン安に際して当局は為替介入を実施したが、外貨準備高は金融市場の動揺への耐性が充分とは言えない状況にある。こうしたなか、中銀は23日の定例会合で11会合連続の金利据え置きを決定した。1-3月のGDP成長率の上振れを反映して通年の経済成長率見通しを上方修正する一方、物価見通しは据え置くも原油価格や為替、農産品価格などの影響を警戒する姿勢をみせる。そして、足下の景気上振れを受けてスタンスをやや「タカ派」にシフトさせた上で、李総裁は金融市場で高まる早期の利下げ観測を否定する考えをみせる。ただし、当面の政策運営は米FRBやウォン相場など外部要因次第の展開が続こう。

年明け以降の韓国経済を巡っては、1-3月の実質GDP成長率が前期比年率+5.22%と5四半期連続のプラス成長になるとともに、そのペースも2年強ぶりの高水準となるなど景気は底入れの動きを強めていることが確認されている(注1)。最大の輸出相手である中国経済では供給サイドをけん引役に景気は底入れするも、内需の弱さを反映して輸入は力強さを欠く推移が続くなど同国経済にとっては外需の足かせとなることが懸念される状況が続いている。こうした状況ながら、コロナ禍からの世界経済の回復をけん引してきた米国経済は引き続き堅調な推移をみせるとともに、デリスキング(リスク低減)を目指すサプライチェーン見直しの動きも重なり、主力の輸出財である半導体などを中心に足下の輸出は底入れの動きが続いている。さらに、尹政権が主導する半導体産業をはじめとする企業を対象とする減税策が後押しする形で企業部門による設備投資が堅調な動きをみせるとともに、ここ数年は商品高や米ドル高を受けた通貨ウォン安による輸入インフレも重なる形でインフレが昂進したものの、足下では頭打ちの動きを強めて実質購買力が押し上げられるなど、内需も堅調な推移をみせる。しかし、年明け直後こそ輸出の堅調さを背景に改善した製造業の企業マインドは足下では悪化しているほか、家計部門のマインドも同様に頭打ちしており、家計、企業ともに景気の勢いの乏しさを示唆する動きをみせる。これは外需を巡る不透明感の高まりを反映して若年層を中心とする雇用環境の悪化を招いているほか、異常気象の頻発による農作物を中心とする食料品の価格上昇、中東情勢を巡る不透明感の高まりを受けた国際原油価格の底入れによるエネルギー価格の上昇など生活必需品を中心にインフレ圧力が強まっていることがある。インフレ率は一昨年半ばに一時20年強ぶりの水準に達するも、その後は商品高や米ドル高の一巡も追い風に頭打ちに転じているものの、依然として中銀目標(2%)を上回る推移が続いている。さらに、年明け以降の国際金融市場においては米国におけるインフレの粘着度の高さがあらためて確認されるとともに、米FRB(連邦準備制度理事会)の政策運営に対する見方を反映して米ドル高が再燃したため、多くの新興国で自国通貨安による輸入インフレが警戒された。なお、足下の韓国の経常収支は輸出の回復も追い風に黒字に転じており、マクロ的にみれば通貨安は輸出拡大を通じて実体経済の追い風になることが期待される。しかし、インフレの長期化や中銀の引き締め政策による金利高に加え、金利高の長期化を受けて不動産市況の調整に歯止めが掛からない状況が続いており、GDP比で100%超に及ぶ家計債務の大宗を住宅ローンが占めるなかで逆資産効果が重なり、家計部門は厳しい状況に直面している。結果、上述したように年明け直後の景気は力強いスタートダッシュを切ることに成功したものの、足下では早くもその息切れが懸念される動きがみられるとともに、頭打ちの様相を強める可能性は高まっていると捉えられる。

図 1 製造業 PMI と消費者信頼感の推移
図 1 製造業 PMI と消費者信頼感の推移

図 2 インフレ率の推移
図 2 インフレ率の推移

図 3 不動産価格の推移
図 3 不動産価格の推移

中銀は一昨年末以降に物価と為替の安定を目的に累計300bpの利上げを実施する一方、昨年2月以降はインフレが頭打ちに転じたことも追い風に政策金利を据え置く様子見姿勢を維持しつつ、その後は米ドル高の再燃によるウォン安に際して為替介入を実施してきた。結果、1990年代後半のアジア通貨危機をきっかけにした構造改革を追い風に外貨準備高は大きく積み上がる動きをみせてきたものの、このところは当局による積極的な為替介入により外貨準備高は減少に転じているほか、IMF(国際通貨基金)が国際金融市場の動揺への耐性の有無の基準として示すARA(適正水準評価)に照らして「適正水準(100~150%)」の下限を下回ると試算されるなど、耐性が低下している様子がうかがえる。さらに、先月の国際金融市場では『米ドル一強』とも呼べる動きが強まり、当局は為替介入の動きを積極化させたとみられるなど外貨準備高の減少ペースが加速している。こうしたなか、中銀は23日の定例会合で政策金利を11会合連続で3.50%に据え置いている。会合後に公表した声明文では、世界経済について「景気も物価も頭打ちするも、国ごとにそのペースにバラつきがある」とした上で、先行きは「主要国の金融政策を巡る違いや地政学リスクに注意する必要がある」との見方を示す一方、同国経済について「1-3月は輸出の旺盛さや消費や建設投資の回復を追い風に想定を上回る伸びとなり、今年通年の経済成長率は+2.5%と2月時点の見通し(+2.1%)を上回る」としつつ、「景気動向はIT産業の行方や消費の回復動向、主要国の金融政策の影響を受ける」との見方を示している。一方、物価動向については「景気回復による上振れリスクはあるが、消費の回復度合いを勘案すれば著しいものとはならない」としつつ、「今年のインフレ率は+2.6%、コアインフレ率は+2.2%と2月時点の見通しを据え置く」とした上で「国際原油価格や為替、農産品価格の動向、景気回復の波及効果による不確実性の影響を受ける」との見方を示している。ウォン相場については「ドル円相場の動きや地政学リスクを受けて大幅に調整した」ほか、家計債務についても「住宅ローンをけん引役に拡大したが、下落傾向が続く住宅価格がリスク要因となる状況は変わっていない」との認識を示している。そして、先行きの政策運営については「金融市場の安定に留意しつつ、景気安定と中期的な物価安定を目指す」との従来姿勢を示した上で、「景気が想定以上に回復しており、インフレは鈍化傾向が続くも上振れリスクが高まるなかでインフレが目標に収束すると確信するのは時期尚早」としつつ「物価の鈍化、景気動向、金融市場を巡るリスク、家計債務、主要国の金融政策、地政学リスクを注視しつつインフレ鈍化が確信出来るまで十分な期間に亘って抑制的なスタンスを維持する」として、1-3月の景気が想定を上振れしたことでスタンスをやや『タカ派』姿勢にシフトさせたとみられる。会合後に記者会見に臨んだ同行の李昌鏞(イ・チャンヨン)総裁は、今回の決定が「全会一致であった」とした上で「1人の政策委員が向こう3ヶ月以内の利下げの可能性に留意すべきと発言した」と過去2回と同じ動きがあったことを明らかにしている。また、物価動向について「消費回復の動きが緩やかで物価を押し上げる影響は限定的なものに留まる」とした上で、「利上げ実施の機会は限られている」との認識を示すなど事実上利上げの可能性を否定したと捉えられる。そして、1-3月のGDPが想定を上回ったことについて「政府消費の拡大と輸入が弱含んだことに拠るもの」との認識を示している。その上で、「GDPギャップは来年早々にも解消され、インフレ圧力が弱まるなかで抑制的な金融政策の正常化が図られる」としつつ、「物価動向に不確実性があるなかではいつ利下げの議論を開始するかは不透明」、「どれくらいの利下げが必要になるかは議論したことはない」と述べるなど、金融市場において早期の利下げ期待がくすぶる状況を制する動きをみせた。先月の米ドル高を受けて調整の動きが加速したウォン相場は、その後の米ドル高一服により一旦は底打ちしているものの、上述した外貨準備高の状況など経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)に脆弱さを抱えるなかで外部環境に揺さぶられやすい状況は変わらない。先行きの政策運営は引き続き米FRBの動きやウォン相場の行方次第の展開が続くと予想される。

図 4 外貨準備高と ARA(適正水準評価)の推移
図 4 外貨準備高と ARA(適正水準評価)の推移

図 5 ウォン相場(対ドル)の推移
図 5 ウォン相場(対ドル)の推移

以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

執筆者の最新レポート

関連レポート

関連テーマ