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スコットランド首相辞任、英国政局への影響は?

~対EU関係改善の誘因と労働党の長期政権の可能性を高める~

田中 理

要旨
  • 英国スコットランドの第一首相が辞任の意向を固めた。昨年3月の首相就任以降、政策迷走、党幹部の資金流用疑惑、協力関係にある政党との関係悪化などで、指導力を疑問視する声も浮上していた。今後、党首選を通じて後継首相を選出するが、後継候補が議会の過半数の信任を得られない場合、スコットランド議会を解散し、前倒しで議会選挙が行われる。自治政府を率いるSNPが党勢回復の手段に独立運動を利用する場合、次の英国総選挙で政権を奪取する可能性が高い労働党に対して、EUとの関係改善を促す要因となる。労働党がSNPに代わってスコットランドの支配政党の座を奪還すれば、労働党の長期政権の可能性が高まる。

英国スコットランドのユーサフ第一首相(自治政府を率いる首長)は29日、辞任の意向を固めた。ユーサフ氏はスタージョン前第一首相の辞任を受け、議会最大勢力であるスコットランド国民党(SNP)の党首選で勝利し、昨年3月に首相に就任したばかり。同氏はパキスタンからの移民二世で、スコットランド史上最年少、史上初のアジア系・イスラム教信者の第一首相となったが、僅か1年足らずで辞任に追い込まれた。

SNPは2021年のスコットランド議会選で第一党の座を守ったが、単独での過半数獲得に届かなかったため、環境政党・緑の党と協力関係を結び、自治政府を率いてきた。スタージョン前第一首相時代の自治政府は、同氏の卓越した政治手腕もあり、スコットランドの英国からの独立のナラティブを前面に出すことで、政策の失敗に対する批判や党内のイデオロギー対立を封じ込めてきた。だが、後を継いだユーサフ第一首相の下では、独立の是非を問う住民投票の道が閉ざされるなか、これまで封印されてきた問題が噴出し、同氏の指導力に疑問を呈する声も浮上していた。SNPの最高責任者を務めていたスタージョン前第一首相の夫が、独立運動のために党に寄せられた寄付金を他の目的に流用した疑いで逮捕されるなど、党の信頼を損なう事件も追い討ちをかけた。スコットランド自治政府は今月、2030年に温室効果ガスを1990年対比で75%削減する気候変動目標の達成が非現実的であるとして撤回。協力関係にあった緑の党との関係悪化が決定的となり、連立を解消した。野党の保守党と労働党はユーサフ政権に対する内閣不信任案をそれぞれ提出。ユーサフ氏は当初、続投して非多数派政権を率いることを示唆していたが、不信任投票の否決に必要な野党勢の協力が得られる見込みが立たず、辞任を決意した。

次の議会選挙での支持政党を訪ねた最近の世論調査では、SNPが支持を落とすなか、労働党が逆転の機会を窺っている。労働党はユーサフ氏が辞任の意向を固めたことを受け、早期の議会解散と前倒しの選挙実施を求めている。労働党は年内に予定される英国の総選挙でも、SNPとスコットランドの選挙区の議席を争っている。SNPは同地域で圧倒的な支持を誇ってきたが、最近では労働党の猛追を許している。スコットランド議会が設置される以前、スコットランドの選挙区は労働党の牙城だった。SNPは早期の解散・選挙の求めに応じず、党首選を通じて後継首相を選出し、政権を継続する構えだ。1998年スコットランド法によれば、第一首相が国王に辞表を提出した後、スコットランド議会は28日以内に後継首相を任命する。新首相の任命と政権発足には議会の過半数の信任投票が必要で、保守党や労働党の協力が得られる望みはないが、連立を離脱した緑の党は後継党首の人選次第でSNPの政権継続を支持する意向を伝えている。但し、ユーサフ氏が勝利した2023年の党首選で、同氏に迫る支持を獲得した保守色の強いフォーブス前財務相が後継党首となる場合、緑の党が次期政権を支持しない公算が大きい。その場合、早期の議会解散・前倒し選挙が現実味を帯びる。辞表提出から28日以内に議会が後継首相を任命できない場合、5年の任期を待たずに議会を解散し、議会選挙が行われる。

こうしたスコットランドの政局展開が英国の政治情勢に波及する可能性があるとすれば、次期党首の下でSNPが党勢回復の手段にスコットランドの英国からの独立運動を利用する場合と、労働党がSNPに代わってスコットランドの支配政党の座を奪還する場合だろう。前者の試みが成功する可能性は今のところ低いが、仮に住民投票実施につながる何らかの突破口を見出した場合、次の総選挙で政権を奪取する可能性が高い労働党に対して、EUとの関係改善を促す誘因となる。後者の場合、スコットランドの57選挙区の多くを労働党が占めることで、政権奪還後の労働党が長期政権となる可能性を高めよう。

その英国では保守党政権を率いるスナク首相が厳しい政治環境に直面している。年内に総選挙を控えるなか、野党・労働党に大きなリードを許し、春季予算での減税措置の発表やルワンダへの移民移送計画の関連法可決などで巻き返しを図っているが、支持率の目立った回復にはつながっていない。5月2日の統一地方選挙でも与党・保守党の劣勢が伝えられ、選挙結果次第では保守党内にスナク降ろしの動きが広がる恐れがある。

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田中 理


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