中国景気は供給サイドで底入れも、需要の弱さが足かせに

~企業マインドの頭打ちは需要の弱さを反映、周辺国への在庫流出という新たなリスクも警戒される~

西濵 徹

要旨
  • 足下の中国経済は内・外需双方に不透明要因が山積するも、7-9月の実質GDP成長率は前期比年率+5.3%と底入れが確認されている。政府は今年の成長率目標を「5%前後」としたが、足下では目標は射程圏内にあると捉えられる。中央金融工作会議では不動産や地方債務を巡って当局の関与を強化する方針が確認されたが、具体的な対応は示されず「時間稼ぎ」の対応が続くと見込まれる。市場の特異性を勘案すれば、時間稼ぎにより破たん回避は可能かもしれないが、構造問題が成長の足かせとなり得る懸念は燻る。
  • 政府統計は幅広い企業マインドの頭打ちが確認されたが、10月の財新製造業PMIも49.5と3ヶ月ぶりに50を下回るなど頭打ちしている。内・外需双方の頭打ちによる減産に加え、企業がさらなる減産に身構える姿勢をみせているほか、雇用悪化により内需の下振れも懸念される。足下の景気底入れは供給サイドがけん引役になる一方、需要回復の遅れは周辺国などに在庫流出を招く新たなリスクに繋がることが懸念されるが、足下の状況はそうした蓋然性が一段と高まっていることを示唆するなど警戒すべき状況にある。

このところの中国経済を巡っては、若年層を中心とする雇用環境の厳しさに加え、不動産市況の低迷により関連産業のみならず金融セクターを巡るリスクが意識されるなど幅広い経済活動の足かせとなる懸念が高まるなど、内需を取り巻く環境は厳しさを増している。さらに、ここ数年の米中摩擦の激化に加え、デリスキング(リスク低減)を目指した世界的なサプライチェーン見直しの動きも重なり、外需を巡る状況にも不透明感が高まっている。また、中国国内における事業環境を巡っても、改正反間諜法(反スパイ法)や改正治安管理処罰法案の行方を巡って外資系企業や駐在員を取り巻く環境は厳しさを増しており、対内直接投資に下押し圧力が掛かる動きもみられる。このように内・外需双方で景気の足を引っ張る材料が山積しているものの、7-9月の実質GDP成長率は前期比年率ベースで+5.3%と前期(同+2.0%)から伸びが加速したと試算されるなど、足下の景気は底入れの動きが続いていると捉えられる(注1)。なお、政府は今春に開催した全人代において今年の経済成長率目標を「5%前後」としているが、9月末時点の経済成長率は+5.2%を上回る水準を維持している。さらに、昨年末にかけては当局による唐突なゼロコロナ解除に伴い景気は下振れしたため、今年についてはその反動も影響して成長率(前年比)が上振れしやすいことを勘案すれば、成長率目標は『射程圏内』にあると捉えられる。他方、雇用環境の厳しさや不動産市況の悪化は幅広く内需の足かせとなるなかでデフレ圧力が深刻化する兆候がうかがえるほか、政府による様々な景気刺激策の発動にも拘らず、足下の企業マインドは製造業、非製造業問わず幅広い分野で頭打ちするなど、景気を巡る不透明感の根強さをうかがわせる動きがみられる(注2)。昨日までの2日間の日程で開催された中央金融工作会議においては、金融セクターに対する党の指導を強化するとともに、不動産に関連した適切な資金需要を満たす支援や住宅需要にこたえる政策の推進のほか、地方政府が抱える債務問題に対しても債務リスクの解消と債務管理の強化に取り組む方針を示している。足下の不動産価格を巡っては、規制緩和をはじめとする支援策も追い風に一部の主要都市において底打ちの兆しが出ているほか、販売戸数も底打ちする動きがみられるものの、中央金融工作会議では不動産セクターを巡るリスク軽減に関する具体的な方策は示されず、結果的にこれまで同様に『時間稼ぎ』を模索する展開が続く可能性は高いと見込まれる。よって、短期的にみれば財政出動をはじめとする内需下支えの動きが奏功する形で一時的に景気が押し上げられる可能性はあるものの、様々な構造問題を抱えた状況が続くとともに、時間が経過する過程で解消に向けた取り組みが一段と困難になることも予想される。中国という『特異』な市場環境を勘案すれば、当局の統制強化を通じた時間稼ぎが市場の破たん状態を無理矢理回避させる方向に向かわせる余地はあるものの、同国経済が不動産投資に過度に依存した構造も重なり、中長期的な成長余力が削がれる懸念は引き続きくすぶると考えられる。

図 1 主要 100 都市における新築住宅価格動向の推移
図 1 主要 100 都市における新築住宅価格動向の推移

政府統計によれば、幅広い分野で足下の企業マインドに下押し圧力が掛かる動きが確認されているが、民間統計である財新製造業PMIも10月は49.5と前月(50.6)から▲1.1pt低下して3ヶ月ぶりに好不況の分かれ目となる水準を下回るなど、底入れが期待された動きが早くも息切れしている様子がうかがえる。足下の生産動向を示す「生産(49.4)」は前月比▲2.4ptと大幅に低下して3ヶ月ぶりに50を下回るなど減産圧力が強まる動きがみられるほか、先行きの生産に影響を与える「新規受注(50.7)」は3ヶ月連続で50を上回る水準を維持するも同▲0.4pt低下するなど頭打ちしており、内需の回復の動きの鈍さを示唆している。さらに、米中摩擦や世界的なサプライチェーン見直しの動きに加え、中国経済を巡る不透明感の高まりは中国経済への依存度が高い新興国や資源国経済の足かせとなるなか、「輸出向け新規受注(49.3)」は前月比+0.2ptとわずかに上昇するも、4ヶ月連続で50を下回る推移が続いており、外需を取り巻く状況も厳しい。また、足下では主要産油国による自主減産延長に加え、中東情勢を巡る不透明感の高まりなどを受けて原油をはじめとする商品市況が底入れする動きがみられるなかで「投入価格(52.0)」は前月比+0.2pt上昇して9ヶ月ぶりの水準となっている。こうした状況の一方、内需が力強さを欠く動きをみせるなかで中国国内においては価格競争が激化している上、世界経済を取り巻く環境に不透明感が高まるなかで「出荷価格(51.3)」は前月比▲0.4pt低下しており、価格転嫁の難しさが企業業績の圧迫要因となり得る動きもみられる。そして、先行きの生産活動に連動する傾向がある「調達(49.4)」は前月比▲1.3pt低下して3ヶ月ぶりに50を下回るなど原材料の調達を抑制している上、こうした動きを反映して「原材料在庫(48.8)」も同▲1.6pt低下して2ヶ月ぶりに50を下回る水準に低下するなど、製造業企業が先行きの減産に向けて『身構える』様子を強めている模様である。そして、足下ではすでに減産の動きがみられるにも拘らず、「完成品在庫(52.1)」は前月比+1.8pt上昇して約8年ぶりの水準となるなど在庫が積み上がっている様子も確認されており、当面は在庫調整圧力の高まりも生産活動の足かせとなり得る。先行きに対する期待感も低下するなかで「雇用(48.2)」も前月比▲0.3pt低下して調整の動きを一段と強めており、家計消費に冷や水を浴びせることも懸念される。なお、上述のように足下の景気は力強さこそ乏しいものの、底入れの動きが確認されているが、これは供給サイドによってけん引されている一方、需要の弱さが足かせとなる状況が続いており、先行きは需要の弱さが景気の重石となり得る可能性を示唆している。筆者は過去数ヶ月に亘って、中国国内における需要回復が遅れるなかでの生産拡大の動きを受けて先行きは在庫がアジアに流出するなど悪影響が伝播する可能性に言及してきたが(注3)、当面はそうした蓋然性が一段と高まっていることに警戒すべきと捉えられる。

図 2 財新製造業 PMI の推移
図 2 財新製造業 PMI の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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