インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

いま、ふたたび「数字」だけが先行する中国の景気対策

~「1兆元」と数字は大きいがGDP比0.8%、政策運営面での不透明感も景気の足かせとなる展開も~

西濵 徹

要旨
  • 足下の中国経済は、昨年末以降のゼロコロナ終了にも拘らず内・外需双方で勢いの乏しい状況が続く。今月開催された全人代常務委員会では、1兆元の新規国債発行と地方政府による債券発行前倒しなど財政出動による景気下支えが承認された。ただし、1兆元はGDP比0.8%に過ぎずマクロ的な影響は限定的な上、地方債務など構造問題は景気の重石となる懸念はくすぶる。一段の金融緩和は資金流出を促す懸念もあり、短期的な景気底打ちを促す可能性はある一方で息の長い効果を期待することは難しいとみられる。
  • 一方、党・政府は財政・金融政策の総動員による景気下支えに動いているが、10月の製造業PMIは49.5と2ヶ月ぶりに50を下回る水準となり、非製造業PMIも50.6と年明け以降最も低い水準に留まっている。内・外需双方に下押し圧力が強まる動きがみられ、ディスインフレの長期化がデフレ圧力を招く懸念に加え、雇用調整圧力が家計消費の足かせとなる懸念もくすぶる。景気対策によるインフラ投資の進捗は景気下支えを促すと見込まれるが、過去の対策の焼き増しの域を出ない策がマインド改善を促すかは未知数である。
  • 現在開催中の金融工作会議では金融リスクの抑制や中期的課題が策定される見通しの一方、不動産大手企業を巡る状況は一段と厳しさを増す状況が続く。他方、党中央財経委員会弁公室主任に習近平氏の最側近のひとりである何立峰副首相が就任したが、統制色の強い政策運営が行われる可能性が高い。景気底打ちは長続きせず、構造問題が中長期的な景気の重石となる可能性に引き続き注意が必要である。

足下の中国経済を巡っては、昨年末以降のゼロコロナ終了にも拘らず、ゼロコロナの長期化による若年層を中心とする雇用環境の悪化に加え、不動産市況の低迷に伴う関連産業の資金繰り懸念が幅広い経済活動の足かせとなるなど、勢いの乏しい展開が続いている。さらに、ここ数年の米中摩擦の激化の動きに加え、デリスキング(リスク低減)を目的とする世界的なサプライチェーンの見直しの動き、改正反間諜法(反スパイ法)や改正治安管理処罰法案を巡る不透明感の高まりも重なり、対内直接投資は下振れするとともに、外需を巡る状況も厳しさを増している。こうしたことから、共産党や政府は内需喚起を目的とする取り組みを強化する方針を打ち出すとともに、中銀(中国人民銀行)も利下げ、預金準備率の引き下げなど金融緩和に舵を切るなど、財政・金融政策の両面で景気下支えに動いている。さらに、不動産市況のテコ入れを目的に、地方政府レベルでは融資規制や購入規制の一部緩和を通じた需要喚起に動く流れもみられ、足下においては大都市部において不動産販売に底打ち感が出る兆しがうかがえる。ただし、コロナ禍を受けて中国の人口減少局面入りが早まるとともに、近年における都市化の進展を受けた人口移動に伴う供給過剰が懸念されるなか、地方都市においては不動産市況に下げ止まりの兆しがみえないなど厳しい状況が続いている。中国においては、地方政府は独自財源が乏しく、不動産売却収入が財源面での『打ち出の小槌』となってきたなか、市況や販売の低迷に伴う収入減は財政政策面での足かせとなることが懸念される。こうしたなか、今月開催された全人代(全国人民大会)常務委員会において、1兆元の新規国債発行を承認するとともに、地方政府による来年度分の債券発行枠の一部を前倒し可能とする法案も可決するなど、財政出動を後押しする姿勢を明らかにしている。なお、新規国債により調達された資金を巡っては、災害復興や都市部の排水設備改築などを通じた自然災害への体制強化を目的に利用するとしており、いわゆるインフラ投資の拡充・促進が図られる見通しである。過去にも中国では『●兆元』と数字を前面に押し出した景気対策が打ち出されており、今回も同様の動きに出たものと捉えられる一方、足下の中国経済にとって1兆元はGDP比で0.8%程度に満たず、マクロ的にみた景気の押し上げ効果は限定的なものに留まることは想像に難くない。政府は、今回の新規国債発行に伴い財政赤字をGDP比▲3.8%と当初予算段階(同▲3.0%)から拡大させる見通しを示す一方、地方政府は昨年末時点において92兆元に上る債務を抱えるなど財政運営の足かせとなる状況が続くなかで事態打開に繋がるかは極めて不透明である。さらに、今回の新規国債発行に伴い金融市場から流動性が吸収されるため、その影響を相殺すべく中銀が流動性拡充を目的に一段の金融緩和に動くとの観測が強まる一方、足下では中東情勢の悪化など世界的なインフレ要因が山積するなかで米FRB(連邦準備制度理事会)による金融引き締めの長期化が意識されており、金融政策の方向性の違いを理由に人民元相場の重石になるなど資金流出の動きを加速させることも考えられる。株式市場においては政府系ファンドが四大国有銀行の株式を買い増す計画を公表するなど、いわゆる『国家隊』によるPKOの動きがみられたものの、その後も株価は上値の重い展開が続くなど景気に対する不透明感がその効果を相殺する展開が続いてきた。新規国債発行による財政出動は過去と同様に一時的に景気を下支えする可能性はあるものの、インフラ投資の拡充というその内容、規模感、地方政府が抱える過剰債務といった構造問題の深刻さを勘案すれば、息の長い効果を生むものとなるかは不透明と捉えられる。

図表1
図表1

このように、足下の景気を巡っては短期的にみて当局による内需喚起策への期待が高まる一方、不動産をはじめとする構造問題が景気の足かせとなる懸念もくすぶるなど、方向感を見出しにくい状況にある。こうしたなか、国家統計局が公表した10月の製造業PMI(購買担当者景況感)は49.5と前月(50.2)から▲0.7pt低下して2ヶ月ぶりに好不況の分かれ目となる水準(50)を再び下回るなど、製造業を取り巻く環境に下押し圧力が掛かっていることが確認されている。足下の生産動向を示す「生産(50.9)」は引き続き50を上回る水準を維持しているものの、前月(52.7)から▲1.8pt低下するなど頭打ちしている上、先行きの生産に影響を与える「新規受注(49.5)」は同▲1.0pt低下して3ヶ月ぶりに50を下回るとともに、「輸出向け新規受注(46.8)」も同▲1.0pt低下して7ヶ月連続で50を下回る推移が続いており、外需のみならず、内需を取り巻く状況にも不透明感が増している。生産拡大の動きが続くなかで「原材料在庫(48.2)」は前月比▲0.3pt低下するなど在庫圧縮の動きが強まる一方、原材料調達の動きを反映した「購買量(49.8)」は同▲0.9pt、「輸入(47.5)」も同▲0.1pt低下してともに50を下回る水準となっており、中国経済への依存度が高い国々の景気の足を引っ張ることが懸念される。なお、中国経済の減速が意識されるなかで銅や鉄鉱石をはじめとする商品市況は頭打ちの動きを強めていることを反映して「購買価格(52.6)」は前月比▲6.8ptと大幅に低下しており、川上段階におけるインフレ圧力が後退する動きがみられるものの、家計部門においてはディスインフレの動きがくすぶるなかでデフレ圧力を増幅させる可能性がある。また、先行きの需要に対する不透明感がくすぶるなかで生産拡大の動きが続いていることを反映して「完成品在庫(48.5)」は依然として50を下回る水準で推移するも、前月比+1.8pt上昇するなど在庫が積み上がる動きが確認されている。企業規模別でも「大企業(50.7)」は唯一50を上回る水準を維持しているものの、「中堅企業(48.7)」も「中小企業(47.9)」はともに50を下回る水準で推移しており、幅広い分野で厳しい状況に直面している様子がうかがえる。こうした状況を反映して「雇用(48.0)」は前月比▲0.1pt低下して調整の動きを強めるとともに8ヶ月連続で50を下回る推移が続いており、若年層を中心とする雇用回復が遅れるなかで一段と厳しい展開が続くことも予想される。

図表2
図表2

一方、製造業に比べて非製造業PMIは堅調な推移が続いているものの、10月は50.6と引き続き好不況の分かれ目となる水準を維持するも、9月(51.7)から▲0.9pt低下して年明け以降最も低い水準となるなど頭打ちの動きを強めている。業種別では、先月は上述している中央、及び地方政府による不動産需要喚起策の動きを反映して底入れの動きを強めた「建設業(53.5)」は前月比▲2.7pt低下して3ヶ月ぶりの水準となるなど早くも『息切れ』を示唆する動きがみられるほか、「サービス業(50.1)」も同▲0.8pt低下して年明け以降最も低い水準となるなど、全般的に景況感が悪化している様子がうかがえる。なお、サービス業のなかでは今月初めの国慶節連休の影響により、鉄道輸送関連や航空輸送関連、物流関連で好調さがうかがえるほか、電気通信関連や放送関連なども堅調な推移をみせているものの、金融関連や不動産関連は低調な推移が続いて全体の足を引っ張る展開をみせている。足下の景況感が悪化していることに加え、先行きの経済活動の行方を左右する「新規受注(46.7)」も前月比▲0.9pt低下して年明け以降最も低い水準となっている上、「輸出向け新規受注(49.1)」も同▲0.3pt低下してともに50を下回る推移が続いており、製造業と同様に内・外需双方に下押し圧力が掛かっている。製造業同様に商品市況が調整の動きを強めていることを反映して「購買価格(49.7)」は前月比▲2.8pt低下して4ヶ月ぶりに50を下回る水準となるなど、企業部門が直面するインフレ圧力が後退する動きがみられるほか、原材料価格の低下に加え、家計部門の財布の紐が固くなるなかで価格競争が激化していることを反映して「販売価格(48.6)」も同▲1.7pt低下して3ヶ月ぶりに50を下回る水準となっており、幅広い分野でディスインフレ傾向が強まる動きがみられる。さらに、製造業同様に「雇用(46.5)」は前月比▲0.3pt低下して年明け以降最も低い水準となっており、雇用を取り巻く環境は急速に厳しくなっている様子がうかがえるほか、このことが家計消費の足かせとなるとともに、デフレマインドに拍車を掛ける可能性にも留意する必要があろう。

図表3
図表3

なお、現地報道によれば昨日(30日)からの2日間の日程で5年に一度の全国金融工作会議が開催されている模様であり、共産党や各種政府、金融機関などが一堂に会する形で不動産関連や地方政府傘下の融資平台に関連する債務問題を巡る金融リスクの回避に向けた議論に加え、中期的な優先課題の策定がなされる見通しである。ただし、そうした会議が行われる前後では、不動産大手企業の外貨建社債を巡ってクロスデフォルト条項を理由とするデフォルト(債務不履行)が認定されているほか、別の不動産大手企業の債務再編については法的整理手続きが猶予される動きがみられるものの、期間内に関係者間の協議が終結出来るかは依然として見通しが立たない状況にある。他方、昨秋の共産党大会において中央政治局委員入りを果たすとともに、今春の全人代において国務院副総理に就任した何立峰氏が、党の経済政策や対米関係などを担当する党中央財経委員会弁公室主任に就任したことが明らかになり、今後は何氏が『旗振り役』を担うこととなった。何氏は習近平氏の最側近のひとりとされ、過去には習氏が主導する一帯一路の立案を担ったとされる一方、地方行政官時代には度々問題が露呈したことで実務能力に疑問符が付いたことを勘案すれば、その手腕については未知数と考えられる。また、他の報道によれば金融セクターの監視を目的に、2003年に解散された党中央金融工作委員会の復活に加え、その弁公室主任に何氏が就任することにより、中銀をはじめとするすべての規制当局を一元的に把握することを目指すとの見方も出ている。現時点においては観測の域を出ないものの、景気対策は『小粒』な上に景気の足取りは覚束ない状況が続いている上、先行きの政策運営は様々な面で統制色が強まる可能性が高いことを勘案すれば、短期的には景気の底打ちが期待されるも息の長いものとはなり得ず、構造問題を理由とする中長期的な頭打ちの流れが続くことは避けられないであろう。

以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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