インドネシア中銀、ルピア安の加速に直面するなかで9会合ぶりの利上げ再開

~地政学リスクの高まりなど外部環境が激変するなかで中銀は再利上げを迫られた模様~

西濵 徹

要旨
  • 昨年のインドネシアでは、コロナ禍の一巡に加え、商品高、米ドル高が重なりインフレが上振れしたため、中銀は物価と為替の安定を目的に断続、且つ大幅利上げを余儀なくされた。昨年末以降は商品高と米ドル高の動きが一服し、年明け以降はインフレも頭打ちの動きを強めており、中銀は今年2月以降利上げ局面を休止させた。インフレ鈍化や利上げ休止も追い風に家計、企業マインドともに底入れする一方、足下では商品高や米ドル高などインフレ要因が再燃している。さらに、中東情勢の悪化など地政学リスクを嫌気してルピア安が加速してり、為替介入に伴い外貨準備高が減少する懸念も高まっている。こうしたなか、中銀は19日の定例会合で9会合ぶりの利上げ実施を決定した。中銀はこの決定の目的にルピア相場の安定と輸入インフレの抑制を挙げるとともに、同行のペリー総裁は先月の定例会合後の世界経済を巡る環境変化が後押しした考えを示す。利上げに動く一方、金融機関への流動性バッファーの引き下げも実施するなど景気下支えに注力する姿勢も維持した。ただし、外部環境如何では追加利上げに追い込まれる可能性は残ると見込まれるなど、来年の大統領選まで残り4ヶ月を切るなかで中銀は難しい判断を迫られるであろう。

昨年のインドネシアは、コロナ禍の一巡による経済活動の正常化に加え、商品高や国際金融市場における米ドル高を受けた通貨ルピア安に伴う輸入インフレも重なり、インフレが大きく上振れして中銀目標を大きく上回る事態に見舞われた。よって、中銀は昨年8月に物価と為替の安定を目的に利上げに舵を切ったものの、その後もインフレが高止まりしたことで断続、且つ大幅利上げを余儀なくされる難しい対応を迫られた。しかし、昨年末以降は商品高と米ドル高の動きが一巡するなどインフレ要因が後退しており、インフレ率も昨年9月を境に頭打ちするとともに、年明け以降は頭打ちの動きを強めたことから、中銀は今年2月に半年に及んだ利上げ局面を休止させた。物価高と金利高の共存を受けて昨年末にかけての景気は頭打ちの様相を強めたものの、年明け以降はインフレ鈍化や利上げ休止も重なり、家計、企業ともにマインドは底入れの動きを強める動きが確認されており、家計消費をはじめとする内需が景気底入れの動きをけん引しているとみられる。なお、足下では主要産油国による自主減産の延長に加え、中東情勢を巡る不透明感の高まりを受けて原油価格は底入れの動きを強めているほか、異常気象の頻発による生育不良を理由に農産品の輸出禁止、ないし制限に動く国が広がりをみせており、食料品やエネルギーなど生活必需品を中心とするインフレ再燃に繋がる動きがみられる。さらに、商品市況の底入れに伴う世界的なインフレ長期化が見込まれるとともに、米FRB(連邦準備制度理事会)による引き締め姿勢の長期化が意識されるなかで米ドル高が再燃しており、通貨ルピア相場は調整の動きを強めるなど輸入インフレ圧力が強まる懸念が高まっている。こうした状況ではあるものの、足下のインフレ率は一段と鈍化して中銀目標(3±1%)の下限近傍で推移するなど、一見するとインフレ圧力が後退している様子がうかがえる。ただし、こうした動きは上述したように昨年は様々な要因が重なる形でインフレ圧力が強まっていたことの反動が影響しているところが大きく、足下においては食料品やエネルギーなど生活必需品を中心に物価上昇が再燃する動きが確認されており、家計部門の消費支出の3割強を占めるこれらの物価上昇の動きは家計消費の足かせとなることが懸念される。また、足下では中東情勢を巡る不透明感の高まりなど地政学リスクが意識されるなかでルピア相場は調整の動きを強めており、近年の同国においては宗教右派(宗教保守主義)が台頭する動きがみられるなかで中東情勢の行方が来年の大統領選などの行方に影響を与える懸念も調整の動きを後押ししている可能性がある(注 )。中銀はルピア局面においてはこれまで、スポット市場、ルピア建ノンデリバラブル・フォワード市場、債券市場での『トリプル介入』を積極化させてきたものの、足下においてはそうした対応にも拘らずルピア安が止められない事態に直面しているとみられる。先月末時点の外貨準備高は、IMF(国際通貨基金)が国際金融市場の動揺への耐性の有無の基準として示すARA(適正水準評価)に照らして『適正水準(100~150%)』の下限をわずかに下回ると試算される状況にあり、今月以降のルピア安の進行によって一段と低下している可能性が考えられる。こうしたなか、中銀は19日に開催した定例会合において政策金利である7日物リバースレポ金利を9会合ぶりに25bp引き上げて6.00%とする決定を行うなど、利上げ局面を再開させた。会合後に公表した声明文では、今回の決定について「世界経済の不確実性が高まるなかでルピア相場の安定と輸入インフレの極小化を目指したもの」とした上で、「為替介入を通じたルピア相場の安定を今後も続ける」との考えを示している。その上で、世界経済について「鈍化している上に不確実性が高まっている」「地政学リスクがエネルギーや食料インフレを招いて、米国金利は長期に亘って高止まりが見込まれる」とする一方、同国経済について「足下でも改善が続いて今年の経済成長率は+4.5~5.3%になり、来年も一段と改善が進む」と従来からの見方を維持している。対外収支については「安定が見込まれる」一方、ルピア相場について「安定化策により周辺国などと比較すれば落ち着いている」「経済のファンダメンタルズを反映した安定化策を継続する」としつつ、物価動向について「世界的なエネルギー価格の上昇を含む潜在的なリスクを精査しつつ、政府とインフレ目標域に抑えるべく協働する」との考えをみせている。8月の定例会合で公表したルピア建ての新投資商品(中銀が保有する国債を裏付けとする新たな証券)について「今月17日時点で総額113.7億ルピアのうち、9.81億ルピアは外国人投資家が保有するなど資金流入を促している」との見方を示している。また、利上げによる実体経済への悪影響を緩和すべく「12月1日付で金融機関に課す流動性バッファー比率を100bp引き下げる」とした上で、その目的を「国内経済の下支えに向けた流動性供給を担保するため」としている。なお、会合後に記者会見に臨んだ同行のペリー総裁は足下の世界経済を取り巻く環境について「非常に早く、且つ予想外の動きをみせている」とした上で、「向こう2年間は減速が避けられないが、2026年には安定に向かう」との見方を示すとともに、「地政学リスクが原油や食料品価格を押し上げることで世界的なインフレ減速を遅らせることになる」との認識を示した。その上で、「米FRBは12月に追加利上げを実施した後、来年後半までは据え置く展開が続くであろう」との見方を示した上で、「先進国の金利高止まりが見込まれるなか、財務相と協調してその波及効果の緩和を図る」としつつ「金融政策は依然安定を目指すとともに、マクロプルーデンス政策を通じて景気下支えを図る」との考えを示した。そして、金融政策について「先月の定例会合後の世界経済を取り巻く環境の悪化が無ければ、先行きの利下げの可能性も検討し得たものの、状況は大きく変化した」と述べるなど、足下の環境変化が利上げ再開を後押しした模様である。よって、先行きも外部環境如何では中銀が追加利上げに追い込まれる可能性はくすぶると見込まれ、次期大統領選まで4ヶ月を切るなど政局を巡る動きが佳境を迎えるなかで難しい判断を迫られる状況が続くであろう(注 )。

図1 製造業PMIと消費者信頼感指数の推移
図1 製造業PMIと消費者信頼感指数の推移

図2 インフレ率の推移
図2 インフレ率の推移

図3 ルピア相場(対ドル)の推移
図3 ルピア相場(対ドル)の推移

図4 外貨準備高とARA(適正水準評価)の推移
図4 外貨準備高とARA(適正水準評価)の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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