中国貿易は「経済安全保障」を意識した動きを反映している可能性

~構造問題を抱えるなかで世界経済の足かせとなるなか、不透明要因が山積する展開も~

西濵 徹

要旨
  • 足下の中国経済は当局によるゼロコロナ終了にも拘らず息切れの様相を強めている。不動産市況の低迷は幅広い経済活動の足かせとなっている上、巡り巡って家計消費など内需の足かせとなる悪循環に陥っている。当局は財政・金融政策を通じた景気下支えを目指す動きをみせるが、不動産を巡る構造問題がその足かせとなる懸念もくすぶるなか、企業マインドはサービス業で悪化が続くなど景気は厳しさを増している。
  • 米中摩擦や世界的なデリスキングの動きは外需の足かせとなるなか、8月の輸出額は前年比▲8.8%と4ヶ月連続のマイナスとなるなど力強さを欠く展開が続く。ロシア向けを除けばほぼすべての国・地域向けで前年を下回るなど、世界経済の減速懸念の高まりが輸出の足かせとなっている。一方の輸入額も前年比▲7.3%と6ヶ月連続のマイナスで推移するなど輸出同様に力強さを欠いている。商品市況の低迷に加え、輸出の弱さも装置、素材・部材などへの需要の重石となる一方、経済安全保障を意識した動きもみられる。
  • 先行きは世界的に分断の動きが広がれば世界貿易は萎縮し、中国景気の減速と相俟って世界経済の足かせとなることは避けられない。他方、世界的に自国中心主義の動きが広がるなかで生活必需品を中心にインフレが常態化すれば、世界経済はスタグフレーションに陥る可能性にも注意する必要があると言える。

中国経済を巡っては、当局によるゼロコロナ終了決定により、景気の足かせとなる材料がなくなることで底入れが進むことが期待された。なお、年明け直後は1年のうち最も人の移動が活発化する春節(旧正月)の時期に加え、経済活動の正常化に伴うペントアップ・ディマンド(繰り越し需要)の発現も重なり景気の底入れが確認された。しかし、当局によるゼロコロナへの拘泥が長期化するなかで若年層を中心に雇用環境は悪化するとともに、雇用悪化や景気に対する不透明感の高まりを受けて家計部門は節約志向を強めて財布のひもを固くする動きが顕在化している。なお、近年の中国経済を巡っては不動産投資の拡大がそのけん引役となってきたものの、習近平指導部はその背後で急拡大した過剰債務の圧縮を目指す姿勢をみせており、関連産業を中心に資金繰りが悪化する動きが顕在化してきた。さらに、家計部門が節約志向を強めるなかで不動産需要は弱含んでおり、需要低迷に伴う市況悪化は資金繰りを巡る懸念と重なる形で不動産セクターのバランスシート調整圧力を招いている。そして、不動産市況の悪化は不動産を担保とする銀行セクターの貸出態度の悪化を招いて幅広い経済活動の足かせとなり、翻って企業部門は雇用拡大に及び腰となることで家計部門の節約志向を強めることに繋がっている。また、中国においては資産運用手段が限られるなか、家計部門にとっては長年に亘って株式、ないし不動産がその対象となってきたものの、不動産市況の低迷により受け皿としての期待が後退しており、結果的にさらなる市況の低迷を招く悪循環を招いている可能性がある。なお、共産党は内需下支えによる景気テコ入れを図る姿勢をみせているほか、政府も様々な内需喚起策を発表するとともに、中銀(中国人民銀行)も先月に2ヶ月ぶりとなる利下げを実施するなど、財政、及び金融政策を通じた取り組みを強化する動きをみせている。ただし、いずれの対策についても過去に行われた策の焼き増しの域を超えていない上、独自財源が乏しい地方政府にとっては不動産売却収入が財政面での『打ち出の小槌』となってきたなか、不動産需要や市況の低迷は財政支援を行う上での足かせとなることが懸念される。また、地方政府傘下の融資平台を通じたシャドーバンキングの問題を巡っても、債券発行枠の拡充を通じてデュレーションの長期化を目指す動きはみられるものの、あくまで当座の資金繰り懸念に対応したに過ぎず、債務残高を巡る問題がくすぶる状況は続いている。こうしたことから、足下の企業マインドを巡ってはサービス業を中心に頭打ちの動きを強めており、家計消費を中心とする内需の弱さが景気の足かせとなっていることは間違いない。

図表1
図表1

なお、過去の景気回復局面においては外需拡大の動きが後押しする流れはみられたものの、米中摩擦や世界的なデリスキング(リスク軽減)を目指したサプライチェーンの見直しの動きが広がっている上、7月に施行された改正中華人民共和国反間諜法(反スパイ法)に伴い外資系企業や同国在住の外国人を取り巻く環境は厳しさを増す動きがみられるなど、外需に対する不透明感が高まっている。過去数ヶ月の輸出額は前年を下回る推移が続くなか、8月の輸出額も前年同月比▲8.8%と4ヶ月連続で前年を下回る伸びとなっているものの、前月(同▲14.5%)からマイナス幅は縮小している。当研究所が試算した季節調整値に基づく前月比も5ヶ月ぶりの拡大に転じるなど頭打ちの動きが続いてきた流れに変化の兆しがうかがえるものの、中期的な基調は減少傾向で推移するなど流れが大きく変わっている状況にはないと捉えられる。国・地域別では、ウクライナ情勢の悪化を理由に欧米などがロシアに対する経済制裁を強化する背後で、いわゆる迂回貿易や並行貿易を通じて関係深化が進んでいることを反映して、ロシア向け(前年比+16.3%)は引き続き前年を上回る推移が続いている。一方、関係悪化が重石となる形で米国向け(前年比▲9.5%)は引き続き前年を下回る伸びで推移しているほか、景気減速懸念の高まりも重なりEU向け(同▲19.6%)、日本向け(同▲20.1%)など先進国向けは軒並み弱含む動きがみられる。また、中国景気の減速懸念の高まりは中国経済への依存度が高い新興国経済の足かせとなる動きがみられるなか、ASEAN向け(前年比▲13.3%)や中南米向け(同▲7.8%)、アフリカ向け(同▲5.4%)も前年を下回る伸びで推移するなど、総じて外需に下押し圧力が掛かっている様子がうかがえる。種類別でも、輸入した素材・部材による加工組立関連(前年比▲15.7%)は引き続き前年を大きく下回る伸びで推移するなど、ハイテク関連や機械関連の輸出の低迷を示唆する動きがみられるほか、加工組立関連(同▲20.1%)も大幅マイナスで推移しており、中国国内の製造業を取り巻く環境は厳しい状況にある。一方、一般的な中国製品の輸出を示す一般品(前年比▲8.2%)も前年を下回る伸びで推移しているものの、数量ベースでは鉄鋼製品(同+66.2%)や石油製品(同+4.5%)、アルミ製品(同▲1.2%)などの輸出量は比較的堅調な推移をみせており、中国国内の在庫が積み上がるなかで周辺国を中心に輸出が拡大している可能性が考えられる。

図表2
図表2

また、上述のように足下の中国国内においては家計消費をはじめとする内需が力強さを欠く展開が続いており、輸入に下押し圧力が掛かる動きがみられるなか、2000年代以降の世界経済は文字通り中国経済の成長におんぶに抱っこの展開をみせてきたことから、中国国内における需要低迷は翻って世界経済の足かせとなることが避けられなくなっている。中国の景気減速に加え、中国の景気減速を受けた商品市況の調整の動きも重なり輸入額に下押し圧力が掛かり、過去数ヶ月の輸入額は前年を下回る伸びで推移する展開が続いており、8月の輸入額も前年同月比▲7.3%と6ヶ月連続で前年を下回るものの、前月(同▲12.4%)からマイナス幅は縮小している。なお、前月比は3ヶ月ぶりの拡大に転じるなど頭打ちの流れに変化の兆しがうかがえるものの、中期的な基調は依然として減少傾向で推移しており、輸出同様に頭打ちの流れが変化するには至っていない。国・地域別では、輸出同様にロシアとの関係深化の動きも影響してロシア向け(前年比+2.7%)は前年を上回る水準となっているほか、ここ数年の米中摩擦を受けて穀物の調達先を多様化する動きをみせているほか、鉱物資源需要の動きも追い風に中南米向け(同+4.6%)やアフリカ向け(同+0.7%)はいずれも前年を上回る伸びとなるなど、中国も経済安全保障の動きを強めていることが影響している可能性がある。他方、加工組立に関連する素材・部材のほか、機械製品関連の輸入に制限が加えられる動きが広がっていることを反映して、米国向け(前年比▲7.9%)やEU向け(同▲5.7%)、日本向け(同▲16.9%)など主要国からの輸入に下押し圧力が掛かる動きがみられるものの、EUのうちオランダ向け(同+41.1%)のほか、英国向け(同+7.3%)は堅調な動きをみせるなど『抜け穴』を探っている様子もうかがえる。なお、先行きの日本向けについては福島第一原子力発電所の処理水放出を巡って中国政府が日本産の海産物を対象に事実上の輸出制限を課す『嫌がらせ』に動いており、一段と下押し圧力が掛かる展開が予想される。種類別では、外資系企業を取り巻く環境が厳しさを増していることを反映して外資系企業による装置関連(前年比▲56.7%)は大きく下振れしているほか、中国企業による加工組立に関係する装置関連(同▲54.9%)も同様に前年を大きく下回る推移が続いている。さらに、輸出の低迷を反映して加工組立に関連する素材・部材(前年比▲12.5%)も弱含む推移が続いているほか、加工組立関連(同▲16.5%)も前年を大きく下回る伸びとなるなど、製造業を中心に厳しい状況に直面している様子がうかがえる。一方、中国国内の需要を反映した一般品(前年比▲7.0%)も前年を下回る伸びが続いているものの、数量ベースでは鉄鉱石(同+10.6%)のほか、原油(同+30.9%)や石炭(同+50.5%)などエネルギー資源、大豆(同+30.6%)をはじめとする穀物の輸入量は前年を上回る推移が続いており、輸出同様に経済安全保障を意識した動きを強めている様子がうかがえる。

図表3
図表3

足下の貿易動向からは中国の景気減速の動きが一段と鮮明になるのみならず、世界的に分断の動きが広がるなかで、中国自身も経済安全保障を意識する形で分断の動きを後押しする流れがみられる一方、その悪影響に抗う兆しもうかがえる。ただし、先行きも米中摩擦や世界的なデリスキングの動きが収まる見通しは低い一方、ウクライナ情勢も見通しが立たないなかで中国とロシアが結び付きを強めるとともに世界的な分断に繋がる動きが広がることは避けられず、世界的な貿易の萎縮の動きが進む可能性は避けられない。なお、中国の景気減速の動きは世界的にみれば需要縮小に伴う資源価格の調整を通じて世界的なインフレ緩和に繋がることが期待されるものの、主要産油国であるサウジアラビアとロシアは価格維持を目的に自主減産に動くとともに(注1)、当該措置を年末まで延長するなど価格維持を目指す姿勢を鮮明にしている。さらに、ロシアによるウクライナ侵攻をきっかけに世界有数の穀物輸出国であるロシアとウクライナからの輸出は度々滞る動きがみられるほか、世界的な気候変動に伴い農業生産に悪影響が出るなか、世界最大のコメ輸出国であるインドがコメの輸出の大部分を禁止するなど自国優先姿勢を強める動きもみられる。今後もそうした動きが広がれば、世界経済は減速感を強める一方、食料品やエネルギーなど生活必需品を中心とするインフレが常態化することでスタグフレーションに陥るリスクが高まることが懸念される。その意味では、中国経済の行方は世界経済に影響を与えるのみならず、その動向に揺さぶられる展開が続くことを意識する必要があると予想される。

以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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