中国景気は一段と「期待外れ」の様相を強める展開が続く

~中銀の小幅利下げは焼け石に水、習政権が掲げる共同富裕が足かせとなる可能性にも要注意~

西濵 徹

要旨
  • 足下の世界経済は、商品高は一巡するもインフレは高止まりして金融引き締めの動きが続くなか、物価高と金利高の共存が景気に冷や水を浴びせる懸念が高まっている。他方、米中摩擦やサプライチェーンを巡るデリスキングの動きが世界貿易の足かせとなるなか、製造業とサービス業の企業マインドは対照的な動きをみせる。製造業は世界貿易や世界経済の動向に連動しやすいなか、その低迷は中国経済にとり外需の重石となり、中国の景気減速が翻って世界経済の足かせとなる負のスパイラルに陥ることが懸念される。
  • 国家統計局が公表した6月のPMIは、製造業は49.0と3ヶ月連続で好不況の分かれ目を下回る推移が続いている。他方、非製造業も53.2と6ヶ月ぶりの低水準となるなど頭打ちの動きを強めている。内・外需ともに先行きに対する不透明感がくすぶるほか、製造業、非製造業ともに雇用調整圧力を強めるなど、家計消費をはじめとする内需の足かせとなることが懸念される。また、製造業では素材や部材など原材料の調達に下押し圧力が掛かるなど、中国経済への依存度が高い国々の景気の足を引っ張ることも避けられない。
  • 総合PMIは4-6月の平均値が52.3と1-3月の平均値(52.9)を下回るなど、年明け直後に大きく底入れした景気は一転頭打ちしている。中銀は今月20日に10ヶ月ぶりの利下げを決定したが、金融緩和の副作用を警戒して小幅利下げに留めている。先行きは財政・金融政策の両面で何らかの対応を迫られる可能性はあるが、習政権が掲げる「共同富裕」がその足かせとなる懸念はくすぶる。世界経済にとって中国景気に期待することは困難になっており、当面は厳しい局面が続くことを頭の片隅に入れておく必要があると言える。

足下の世界経済を巡っては、昨年来の商品高が一巡しており、生活必需品を中心とする物価上昇の動きが一服する動きがみられる一方、経済活動の正常化の進展を受けた雇用回復も追い風に根強くインフレ圧力がくすぶる状況が続いている。欧米など主要国を中心とする金融引き締めは、コロナ禍対応を目的とする全世界的な金融緩和による『カネ余り』を受けた世界的なマネーフローの流れを大きく変えるなど、多くの新興国では資金流出に直面するとともに自国通貨安が輸入インフレを招く懸念が高まり、金融引き締めを迫られる事態に見舞われた。なお、欧米など主要国においては物価高と金利高の共存状態が長期化しているにも拘らず、雇用の堅調さを追い風に景気は底堅い展開が続いている。他方、新興国においても同様に物価高と金利高の共存状態が長期化している上、欧米など主要国中銀が一段の金融引き締めに動くとの観測を反映して資金流出の動きがくすぶるなど景気に冷や水を浴びせることが懸念される。さらに、ここ数年の世界貿易は米中対立の激化が足かせとなる動きがみられたものの、ロシアによるウクライナ侵攻を受けた中ロの接近を受けて欧米などと中ロとの亀裂が深まり、サプライチェーンを巡る『デリスキング』を目指す動きが広がるなど新たな足かせとなることも懸念される。こうした状況を反映して、足下の企業マインドを巡っては、製造業は低調に推移する一方、サービス業は比較的堅調に推移するなど対照的な動きをみせているほか、サービス業の堅調さを追い風に全体としては景気拡大の動きが続いている。ただし、製造業はサプライチェーンを通じて世界貿易、ひいては世界経済との連動性が高い傾向があり、その低迷は世界貿易や世界経済の足かせとなることが懸念される。なお、年明け以降の世界経済においては中国のゼロコロナ終了を受けた経済活動の正常化、それに伴う景気回復の動きがけん引役になることが期待されたものの、年明け直後こそ景気は底入れの動きを強めるも、早くも『息切れ』が意識される懸念が高まっている。また、過去の中国景気の回復局面においては外需がそのけん引役となる動きがみられたものの、世界的な貿易萎縮は外需の重石となることで景気の足を引っ張ることが避けられなくなっている。そして、世界経済にとっても中国景気の動きに『おんぶに抱っこ』の様相を呈してきたことを勘案すれば、中国の景気低迷は世界経済全体の足かせとなり、翻って中国経済自体の足かせとなる負のスパイラルに陥る懸念もある。

図 1 グローバル製造業・サービス業 PMI の推移
図 1 グローバル製造業・サービス業 PMI の推移

このように足下の中国経済を取り巻く状況は厳しさを増すなか、30日に国家統計局が公表した6月の製造業PMI(購買担当者景況感)は49.0と前月(48.8)から+0.2pt上昇するも3ヶ月連続で好不況の分かれ目となる水準(50)を下回る推移が続いており、製造業を巡る環境は一段と難しくなっている様子がうかがえる。足下の生産動向を示す「生産(50.3)」は前月比+0.7pt上昇して2ヶ月ぶりに50を上回る水準を回復するなど生産拡大の動きが確認される一方、先行きの生産動向に影響を与える「新規受注(48.6)」は同+0.3pt上昇するも3ヶ月連続で50を下回る推移が続いている上、「輸出向け新規受注(46.4)」は同▲0.8pt低下しており、内・外需ともに先行きに対する不透明感がくすぶっている。受注動向の弱さを反映して「輸入(47.0)」は前月比▲1.6pt低下している上、「購買量(48.9)」も同▲0.1ptとともに低下するなど素材や部材など原材料に対する需要は弱含む展開が続いており、「購買価格(45.0)」は同+4.2pt上昇するも依然として50を大きく下回る推移が続くなど、中国向け輸出への依存度が高い国々にとっては景気の足を引っ張られる状況にある。さらに、調達価格に押し上げ圧力が掛かる動きを反映して「出荷価格(43.9)」は前月比+2.3pt上昇する動きが確認されており、輸出財を中心に価格転嫁の動きが強まりやすい状況にあることを勘案すれば、世界的なインフレ圧力が長期化する一因となることも予想される。なお、生産拡大の動きが確認されているものの、「完成品在庫(46.1)」は前月比▲2.8ptと大幅に低下しており在庫調整が進む動きがうかがえるなど、上述のように内・外需双方に不透明感がくすぶる状況ではあるものの、在庫復元余力は依然として大きいと捉えられる。また、生産拡大の動きにも拘らず「雇用(48.2)」は前月比▲0.2pt低下するなど雇用調整圧力が強まる動きが確認されており、若年層を中心に雇用を取り巻く環境が厳しい状況が続くなかで家計消費の回復を遅らせる懸念がくすぶる状況にある。

図 2 製造業 PMI の推移
図 2 製造業 PMI の推移

一方、上述のように世界的にも製造業の企業マインドは弱含む動きをみせる一方、サービス業の企業マインドは対照的に好調な動きをみせているが、国家統計局が公表した6月の非製造業PMIは53.2と好不況の分かれ目を上回る推移が続く一方、前月(54.5)から▲1.3pt低下して昨年12月以来6か月ぶりの低水準となるなど頭打ちの動きを強めている。業種別でも、比較的堅調な動きをみせてきた「建設業(55.7)」が前月比▲2.5ptと大幅に低下して6ヶ月ぶりの低水準となっているほか、「サービス業(52.8)」も同▲1.0pt低下してともに6ヶ月ぶりの低水準となるなど、全般的に企業マインドが頭打ちの動きを強めている。足下の経済活動に下押し圧力が掛かる動きがみられるほか、先行きの経済活動の行方を左右する「新規受注(49.5)」は前月比±0.0ptと横這いとなり2ヶ月連続で50を下回る水準で推移するなど弱含む展開が続いているほか、「輸出向け新規受注(49.0)」と同▲0.7pt低下して2ヶ月連続で50を下回るなど、内・外需ともに厳しい状況にある様子がうかがえる。調整の動きを強めた商品市況が底打ちしていることを反映して「調達価格(49.0)」は前月比+1.6pt上昇しているものの、非製造業は内需向けが中心であることを受けて「出荷価格(47.8)」は同+0.2ptとわずかな上昇に留まるなど、価格転嫁が困難な状況が続いていることを示唆している。そして、マインド悪化の動きを反映して「雇用(46.8)」は前月比▲1.6pt低下して6ヶ月ぶりの水準に低下するなど、急激に雇用調整圧力が強まっている様子がうかがえる。ここ数年は、製造業以上に建設業やサービス業の雇用創出力が強まる展開が続いてきたとみられるものの、足下においては急激に調整の動きが強まることが確認されており、家計消費をはじめとする内需を取り巻く状況は厳しい展開が続くことは避けられないであろう。

図 3 非製造業 PMI の推移
図 3 非製造業 PMI の推移

総じて企業マインドが頭打ちの動きを強めていることを反映して、製造業と非製造業を併せた総合PMIも6月は52.3と前月(52.9)から▲0.6pt低下して昨年12月以来となる6ヶ月ぶりの低水準となっているほか、4-6月の平均値も53.2と1-3月(55.4)から▲2.2pt低下しており、年明け直後に大きく底入れした景気は頭打ちの様相を強めていると捉えられる。なお、4-6月の実質GDP成長率については、昨年の同時期は上海市をはじめとする多くの都市でコロナ禍の再燃を理由とする都市封鎖(ロックダウン)を受けて景気に大きく下押し圧力が掛かった反動が見込まれるなか、前年比ベースでは比較的高い伸びを維持すると見込まれる。しかし、前期比ベースの成長率は低調な推移が続くことは避けられず、製造業、非製造業ともに先行きに対する不透明感がくすぶる状況を勘案すれば、当面は勢いを欠く展開となることは避けられないと予想される。中銀(中国人民銀行)は今月20日、10ヶ月ぶりに銀行による貸出金利の指標となる最優遇貸出金利(LPR)の1年物と5年物をともに引き下げる決定を行ったものの、引き下げ幅は10bpと小幅な引き下げに留めている。今月に入って以降、利下げの『前裁き』の動きが広がっていたことを勘案すれば、中銀による利下げ実施は既定路線となっていたものの(注1)、当局は過度な金融緩和によるカネ余りが不動産市況のバブルを再燃させることを警戒している可能性が考えられる。さらに、国際金融市場においては米FRB(連邦準備制度理事会)をはじめとする主要国中銀による金融引き締め観測がくすぶるなか、金融政策の方向性の違いを理由に人民元相場に調整圧力が掛かりやすい状況となっており、大幅な金融緩和に踏み切れば人民元安の動きが加速するとともに、資金逃避の動きが活発化することを警戒している様子もうかがえる。ただし、景気に対する不透明感が強まることも予想されるなか、先行きについては中銀が利下げや預金準備率の引き下げなど一段の対応を迫られる可能性は高いと考えられる。他方、習近平指導部が掲げる『共同富裕』は、そうした政策効果を相殺すると見込まれるほか、財政出動を通じた思い切った政策の発動をしにくくすることも予想されるなど、先行きの景気は一段と頭打ちの様相を強めることも見込まれる。その意味では、世界経済にとって中国景気に期待することは難しくなっている上、世界経済全体にとっても厳しい状況が続くことを頭の片隅に入れておく必要性が高いと言えよう。

図 4 人民元相場(対ドル)の推移
図 4 人民元相場(対ドル)の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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