フィリピン中銀、物価見通しは些か楽観方向に傾いている様子

~2会合連続の金利据え置き、再利上げに含みも、総裁は楽観姿勢に傾いている様子がうかがえる~

西濵 徹

要旨
  • フィリピン経済は昨年、経済活動の正常化や欧米など主要国を中心とする世界経済の回復を追い風に高成長を実現した。ただし、商品高や米ドル高に伴うペソ安、景気回復も重なる形でインフレが昂進し、中銀は物価と為替の安定を目的に断続、且つ大幅利上げを余儀なくされた。他方、中国のゼロコロナ終了は景気の追い風になると期待されるも息切れしており、年明け以降の同国景気は頭打ちの様相をみせる。商品高の一巡や米ドル高一服により足下のインフレ率は頭打ちしており、中銀は5月の定例会合で1年半に及んだ利上げ局面の休止に動いた。足下のインフレ率は一段と鈍化しており、中銀は22日の定例会合でも2会合連続の金利据え置きを決定した。ただし、コアインフレが高止まりするなどインフレ収束にほど遠い状況のなか、インフレリスクに鑑みて再利上げに含みを持たせる考えを示した。他方、同行のメダラ総裁の見通しが楽観的な方向に傾くなど、利上げ局面の終了を示唆しているとみられる。とはいえ、コアインフレ収束には時間を要する上、ペソ相場など外部環境の動向を勘案すれば、難しい対応を迫られる局面が続くであろう。

フィリピン経済を巡っては、昨年は感染一服による経済活動の正常化に加え、欧米など主要国を中心とする世界経済の回復が外需を押し上げるとともに、移民送金の堅調な流入も重なり久々の高成長を実現した。なお、同国は財輸出の約3割、コロナ禍前においては外国人観光客の2割強を中国(含、香港・マカオ)が占めるなど、中国によるゼロコロナ終了の動きは景気の追い風になることが期待された。しかし、足下の中国経済は早くも『息切れ』が意識される状況が続いている上、欧米など主要国も物価高と金利高の共存が長期化するなかで頭打ちの様相を強めるなど外需を取り巻く環境は厳しさを増している。他方、昨年来の商品高の動きに加え、国際金融市場における米ドル高を受けた通貨ペソ安が輸入インフレを招くとともに、景気回復の動きも重なりインフレ率は大きく上振れする事態に直面した。これを受けて、中銀は昨年5月に利上げ実施に舵を切るとともに、その後も物価と為替の安定を目的に断続、且つ大幅利上げを余儀なくされるなど難しい対応を迫られた。結果、同国においても物価高と金利高が共存するなど景気に冷や水を浴びせる懸念が高まり、今年1-3月の実質GDP成長率は伸びが鈍化するなど足下の景気は頭打ちの様相を強めている(注1)。他方、インフレ率は年明け直後に一時14年強ぶりの高水準に加速したものの、昨年末以降は商品高の動きに一服感が出るとともに、米ドルの動きが一巡しているほか、足下では世界経済の減速懸念を背景に商品市況も調整の動きを強めるなど、インフレ圧力の後退に繋がる動きがみられる。結果、その後のインフレ率は昨年に急上昇した反動も重なり頭打ちの動きを強めており、こうした動きを好感して中銀は5月の定例会合において10会合ぶりに政策金利を据え置く決定を行うなど、約1年に及んだ利上げ局面の休止に動いている(注2)。さらに、直近5月のインフレ率は前年比+6.1%と前月(同+6.6%)から一段と鈍化して11ヶ月ぶりの伸びとなっている一方、コアインフレ率は同+7.7%と前月(同+7.9%)から鈍化こそすれ、依然として中銀のインフレ目標(2~4%)を大きく上回る推移が続くなど、インフレ収束にはほど遠い状況が続いている。さらに、年明け直後にかけてのペソ相場は米ドル高の一服も重なり底打ちしたものの、足下においては米FRB(連邦準備制度理事会)の政策運営に対する不透明感が相場の重石となる展開が続くなど、輸入インフレ圧力がくすぶる状況にある。また、上述のように足下の景気は内・外需双方で頭打ちする動きがみられ、インフレ鈍化により実質購買力が押し上げられるなど内需を取り巻く環境変化に繋がることが期待されるなか、中銀が利上げを回避することで景気下支えに注力したいとの思惑を強めていると捉えられる。こうしたなか、中銀は22日の定例会合においても政策金利である翌日物リバースレポ金利を2会合連続で6.25%に据え置く決定を行っている。会合後に公表した声明文では、先行きの物価動向について「最新の見通しでは目標域への緩やかな回帰が見込まれる」とした上で、インフレ見通しを「今年は+5.4%、来年は+2.9%」と従来見通し(今年は+5.5%、来年は+2.8%)から短期的に下方修正している。その上で、「経済活動は緩やかであり、景気のモメンタムは横這いとなる見通し」であるとしつつ、「インフレ見通しを巡るリスクは上向きに傾いている」との認識を示した上で「必要に応じて再利上げに動く用意はある」と前回同様に再利上げに含みを持たせる姿勢をみせている。他方、物価動向について同行のメダラ総裁は「インフレ率は10月か11月には4%以下に低下し、コアインフレ率もこれに追随すると見込まれる」とした上で、「個人的には米FRBがこれまで行ってきたような事態に直面することはなく、金利水準はインフレ動向に従って決まる」と述べるなど、これまでに比べて楽観的な姿勢に傾いている様子もうかがえる。その上で、「極めて近い将来に利下げに動くことはない」としつつ、「利下げ実施には少なくともインフレ率が2ヵ月連続で4%を下回る状況を確認したい」と述べるなど将来的な利下げの可能性に言及するなど『ハト派』姿勢を強めている。ただし、「政策金利は物価動向によって規定されると考えるが、仮に米FRBが50bpの利上げに動けば対応せざるを得ないだろう」と述べるなど、あくまで外部環境次第とする考えもにじませている。こうした状況は利上げ局面の終了を示唆しているとみられる一方、コアインフレの収束には相当時間を要する可能性も燻ぶるほか、ペソ相場の動向など外部環境如何では再利上げに追い込まれる可能性は残る。よって、今後の政策運営はこれまで以上に難しい対応を求められる局面が続こう。

図 1 インフレ率の推移
図 1 インフレ率の推移

図 2 ペソ相場(対ドル)の推移
図 2 ペソ相場(対ドル)の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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