パキスタンがロシア産原油輸入を開始、人民元建で決済している模様

~欧米などの対ロ制裁の抜け穴となる上、中国の影響力拡大が地政学リスクに発展する懸念も~

西濵 徹

要旨
  • パキスタンは外貨不足による対外債務のデフォルトが懸念される状況にある。他方、足下のインフレ率は一段と加速して収束の見通しが立たない状況が続いている。先月のカーン前首相の逮捕を受けた政情不安の懸念は同氏が釈放されたことで一旦は落ち着きを取り戻している。しかし、IMFからの支援受け入れ交渉は依然こう着状態が続くなど見通しが立たない。こうしたなか、シャリフ首相はロシア産原油の輸入を開始したことを明らかにしたほか、決済に人民元が用いられている模様である。割安なロシア産原油の輸入は外貨節約の切り札となる一方、欧米などの対ロ制裁の抜け穴となり得る。また、人民元決済の実施は中国の影響力拡大が示唆されるなど隣国インドとの緊張が高まる懸念もある。今回の動きはインド洋における地政学リスクの高まりに繋がる可能性があり、その行方にこれまで以上に注意を払う必要があると言える。

パキスタンにおいては、外貨準備の不足を理由に対外債務がデフォルト(債務不履行)に陥ることが懸念される状況が続いている。同国においては昨年来の商品高に加え、国際金融市場における米ドル高を受けた通貨ルピー安による輸入インフレも重なり、インフレ率が大きく上振れする展開が続いており、中銀は断続的、且つ大幅な利上げを余儀なくされてきた。中銀は4月にも追加利上げを決定しており、足下の政策金利は21.00%と過去最高水準になるなど引き締め姿勢を強めているものの(注1)、5月のインフレ率は前年比+38.0%と一段と伸びが加速しており、インフレの収束にはほど遠い状況が続いている。なお、先月に政府の汚職対策機関である国家説明責任局(NAB)はカーン前首相を逮捕したことを機に政情不安が再燃することが懸念されたものの(注2)、直後に最高裁判所が逮捕行為そのものを違法と判断して釈放を命令し、治安情勢が急速に悪化する事態は回避されている。他方、同国では昨年、豪雨による大洪水の発生で一時は国土の3分の1が水没するなど経済に壊滅的な打撃を与える事態に発展したが、今月に入って以降も北西部や中部を中心に再び豪雨が発生して停電が発生するなど、極めて厳しい状況が続いている。同国政府はデフォルト回避に向けてIMF(国際通貨基金)からの支援受け入れ再開を目指して断続的に協議を行っているものの、報道に拠ればIMFは依然として融資実行には同国が外部から多額の追加的な資金支援の確約を得ることを必要条件とする考えを示している模様である。これまでにアラブ首長国連邦(UAE)やサウジアラビア、中国が同国への資金支援を申し出ているものの、依然としてIMFから色好い返答が得られる状況とはなっておらず、4月末時点における外貨準備高は26.32億ドルと月平均輸入額の0.5ヶ月分となるなど危機的状況が迫る事態にある。こうしたなか、シャリフ政権は昨年以降に外貨節約を目的に広く国民に節電要請を行うなどの様々な策を講じてきたものの、シャリフ首相は今月12日までにロシア産原油の輸入を開始して第1便が到着したことを明らかにしている。昨年のロシアによるウクライナ侵攻を受けて、欧米などはロシアに対する経済制裁を強化する動きをみせる一方、いわゆる『グローバルサウス』と呼ばれる新興国・途上国は対ロ制裁に距離を置くとともに、中国やインドは割安な価格でのロシア産原油の輸入を拡大させるなど対照的な動きをみせてきた。さらに、欧米などは昨年12月にロシア産原油の取引価格に上限を設ける追加制裁を導入したことで、ロシアは原油を大幅に割り引いた価格で売り渡す状況を余儀なくされており、結果的にロシア産原油の輸入を拡大させている中国やインドではインフレ圧力の後退を促す一助となっている。上述のように対外的なデフォルト懸念に加え、インフレに苦しむ同国にとってロシア産原油の輸入は事態打開に向けた『切り札』と捉えていることは間違いないと考えられる。さらに、同国のムサディク・マリク石油相に拠れば、今回のロシア産原油の輸入に際してその決済を人民元建で行った旨を明らかにしており、外貨の節約を目的に米ドルが主流であった決済方針の転換が図られている模様である。ロシアにとっては同国が欧米などの経済制裁の『抜け穴』になると期待される一方、人民元建での貿易決済に動いたことは中国経済の影響力が一段と強まることを意味しており、隣国インドとの間の緊張関係が高まる可能性も考えられる。今回の動きは、インド洋諸国を巡る地政学リスクの行方にも影響を与えることに留意する必要があると捉えられる。

図表1
図表1

図表2
図表2

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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