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2023.05.10
アジア経済
その他アジア経済
国際的課題・国際問題
パキスタン・カーン前首相逮捕、治安悪化は地域情勢、地政学リスクに波及も
~経済はデフォルト寸前の状況のなか、「核保有国」である同国は極めて厳しい状況に追い込まれる~
西濵 徹
- 要旨
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- 9日、パキスタン政府の汚職対策機関であるNABはカーン前首相を逮捕した。カーン氏は昨年4月に失職するも依然として国民からの人気は高く、早期の議会解散と総選挙実施を求める反政府デモを主導した。一方、政府はカーン氏を抑えるべく様々な汚職容疑による捜査、逮捕を試みるなど圧力を強めてきた。今回の逮捕容疑について、政府は首相在任中の金品の不正受領を挙げた。ただし、政府が強硬手段に動いた背景にはカーン氏が率いるPTIが優勢な地方選が間近であり、次期総選挙への影響を警戒して土壇場での混ぜっ返しを狙った可能性もある。カーン氏の支持者は反発を強めるなど治安情勢への悪影響は必至である。他方、同国経済はデフォルト懸念に直面するなかで立て直しの道筋も立たない状況にある。核保有国である同国の治安悪化は地域情勢のみならず、地政学リスクを高める可能性にも注意が必要と言える。
9日、パキスタン政府の汚職対策機関である国家説明責任局(NAB)はイムラン・カーン前首相を逮捕した。カーン前首相を巡っては、クリケットの元スター選手という高い知名度と国民からの人気を背景に2018年の国民議会(議会下院)総選挙において自身が率いるパキスタン正義運動(PTI)を勝利に導くとともに首相に就任した。首相就任後は財政悪化と景気低迷に対応する姿勢をみせるも、IMF(国際通貨基金)からの支援受け入れと引き換えに財政・金融政策の手足を縛られる一方、コロナ禍による景気低迷に加え、商品高によるインフレや対外収支の悪化が重なりデフォルト(債務不履行)に陥る懸念が高まった。さらに、政策運営を巡って強大な影響力を有する国軍との関係悪化も重なり、昨年4月に国民議会において内閣不信任案が可決・成立したことを受けてカーン氏は失職し、カーン政権は3年8ヶ月ほどで幕を下ろすこととなった。その後は国民議会での首班指名選を経てシャバズ・シャリフ氏が首相に就任したものの、カーン氏の失職を受けてPTI内のカーン氏に近い多数の議員が一斉に辞職したことで国民議会は4割弱の議席が空白となる異常事態となっている(注1)。こうした事態を受けて、カーン氏やその支持者は早期の議会解散と総選挙の実施を求めて反政府デモを展開する動きをみせる一方、政府はPTI幹部を拘束したほか、カーン氏を反テロ法違反容疑で起訴・逮捕するなど『圧力』を強めて対立が深刻化する状況が続いてきた(注2)。その後にカーン氏は保釈されるとともに引き続き総選挙の前倒し実施を呼び掛けたほか、昨年11月にデモ行進の最中に銃撃を受けて右足を負傷する事態に見舞われた。また、首相在任中に同氏が外国首脳から受領した寄贈品を売却したにも拘らず政府への報告を怠ったとの容疑で起訴されるも、無罪を主張して公判を欠席し続けたことを理由に今年3月に警察が逮捕を試みたことで支持者との衝突が再燃する動きもみられた。その後もNABはカーン氏と妻が首相在任中に不動産企業から巨額資金の不正取得と土地の寄付を受けた容疑(英国が差し押さえた同国の不動産企業オーナーの資産返還に際して便宜を図るとともに、その見返りにカーン氏の妻による大学設立に向けた資金と土地の支援を受けたとされる)で捜査していたとされる。カーン氏は9日、自身の保釈請求を目的に首都イスラマバードの高等裁判所を訪れていたものの、その際に武装部隊がカーン氏の身柄を拘束した模様である。カーン氏の逮捕について、サナワラ内相は出頭要請の通告にも拘らずカーン氏がこれに応じなかったことを理由に逮捕した旨を説明している。他方、PTIはこうした動きに反発する姿勢をみせるとともに、支持者に対して街頭でのデモ活動を呼び掛ける動きをみせており、カーン氏の故郷である第2の都市ラホールや最大都市のカラチなどでは支持者が主要道路を封鎖する動きがみられ、警察も厳戒態勢を敷くなど治安情勢の悪化が懸念される状況となっている。政府は抗議運動の拡大阻止を目的に通信制限に動くなど対抗措置を講じている模様だが、事態が鎮静化するかは見通しが立ちにくい状況にある。政府が強硬策に動いた背景には、PTIが与党を形成する中部パンジャブ州において今月14日に州議会選挙の実施が予定されており、PTIが優勢な選挙戦を展開する動きがみられるなか、今年10月までに総選挙を実施する必要があるなかで土壇場での『混ぜっ返し』を狙った可能性が考えられる。他方、足下の同国経済を巡っては、昨年9月にIMFが同国に対する支援額の拡充と措置自体の延長を決定したものの、直後に発生した大洪水による甚大な被害を受けて支援受け入れ条件の履行が困難になったことを受けてIMFが支援実施を保留する状況が続いている。今年1月の復興支援会議では国際機関や友好国による支援表明額が希望を上回るなど復興の前進が期待されたものの、電力不足が深刻化するなかで幅広い経済活動に悪影響が出る状況が続いており、外貨準備の減少に歯止めが掛からない展開が続くなど、対外債務のデフォルトが懸念される極めて厳しい状況に直面している(注3)。今月初めには隣国インドで開催された上海協力機構(SCO)外相会合にブット外相が参加するなど、領有権を巡って関係悪化が続くなかで12年ぶりに外相が訪印を果たすなど関係改善を模索する動きもみられたものの、治安情勢の悪化を受けてその行方も見通しが立たなくなる可能性がある。核保有国である同国の治安情勢の悪化は地域全体の動向にも波及するとともに、地政学リスクを高める可能性にも要注意と言える。

注1 2022年4月21日付レポート「パキスタン、シャリフ新政権発足も不安だらけの船出」
注2 2022年8月24日付レポート「パキスタン、経済も不安定ななかで政情の不安定化も不可避」
注3 4月6日付レポート「「絶体絶命」のパキスタン、中銀が追加利上げに動くも見通し立たず」
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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