タイ総選挙は前進党が第1党に、民主派が大勝利も次期政権の行方は混とん

~民主派が大躍進を果たす一方で親軍派は後退、ただし次期政権の行方については不透明感が多い~

西濵 徹

要旨
  • タイでは14日に総選挙が実施された。タクシン派と反タクシン派、親軍と反軍という対立軸の行方に注目が集まるなか、選挙戦ではタクシン派の貢献党が終始優位な選挙戦を展開する一方、親軍派は分裂選挙となるなど劣勢が続いた。他方、最終版にかけては反軍で民主派の前進党が貢献党を猛追する動きをみせるなど、選挙戦を巡る台風の目となることが期待された。開票速報では、前進党が150議席程度獲得して第1党となり、貢献党も140議席程度獲得して第2党となるなど民主派が大勝利を収めた模様である。今後は政権樹立に向け政党間協議が行われるが、前進党は王室改革や軍改革など急進的な公約を掲げる一方、貢献党は国外逃亡中のタクシン元首相の帰国実現に国王からの恩赦が必要ななか、前進党と連立との行方は不透明である。また、次期首相の指名には軍の影響力が強い議会上院の行方も左右する。政党間協議は時間を要するほか、親軍派が政権に留まる可能性もあり、政局の行方は見通しにくい状況にある。

タイでは、14日に議会下院(人民代表院)の総選挙が行われた。ここ数年のタイ政界においては、いわゆる『タクシン派』と『反タクシン派』による対立構図がみられる一方、同国では度々軍事クーデターによる政権転覆が繰り返されてきたこともあり、ここ数年は『親軍』と『反軍』も新たな対立軸となってきた。2014年の軍事クーデターからの民政移管を目指した2019年の前回総選挙においては、タクシン派政党のタイ貢献党が第1党となるも、その後の政党間の合従連衡を経て事実上の軍事政権が維持された。今回の選挙戦では、タイ貢献党はタクシン元首相の次女であるペートンタン氏を首班候補に据えて有利な選挙戦を展開するなど9年ぶりの政権奪還を目指す一方、親軍政党は内紛を理由に国民国家の力(プラウィット副首相が首班候補)とタイ団結国家建設党(プラユット首相が首班候補)に分裂したこともあり、終始劣勢を余儀なくされてきた。他方、前回総選挙において反軍を掲げて『第3極』に浮上した前進党(当時の新未来党はその後の解党命令を受けて衣替え)が終盤にかけて貢献党を猛追する動きをみせるなど、選挙後の『台風の目』となることが予想された(注1)。こうしたなか、選挙管理委員会が発表した開票率99%時点の途中結果に基づけば、前進党が150を上回る議席を獲得して第1党になるとともに、貢献党も140議席ほどを獲得して第2党となり、両党を併せると議会下院において半数を上回る議席を獲得するなど大勝利を収めた。他方、親軍政党である国民国家の力、及び団結国家建設党は支持を伸ばすことが出来ず、議会下院においては少数派となることが決定的となっている。今後は前進党を中心に次期政権の発足に向けた政党間協議が進むと予想されるが、前進党と貢献党は『民主派』という側面では同じ方向にある一方、前進党は王室改革や国軍改革を求めるなど『急進的』な政権公約を掲げる一方、貢献党を巡っては帰国を希望するタクシン元首相の身柄を巡って国王からの恩赦が不可欠であり、仮に前進党と連携を組むことで王室と関係が悪化すればその実現が遠のく可能性もあるなど、その行方は極めて不透明である。さらに、今後行われる首班選挙については、議会下院に加えて軍政下において国軍が任命した議会上院(元老院)の250議席を併せた750人による投票で行われるが、議会上院は国軍の影響力が極めて高いことを勘案すれば、民主派による政権交代の実現には376議席以上を獲得する必要があり、そのハードルは決して低くないのが実情である。その意味では、今後の政党間協議は長期化する可能性があるほか、親軍勢力が留まる形で次期政権が構築される可能性も予想されるなど、現時点において政局を巡る動きは見通しにくいのが実情と捉えられる。

図 1 議会下院における党派別獲得議席数
図 1 議会下院における党派別獲得議席数

図 2 議会上下院における党派別勢力図
図 2 議会上下院における党派別勢力図

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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