インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

タイ総選挙まで1週間を切るなか、反軍・民主派が猛追する動き

~選挙後の行方は一段と混とん、前進党が勢いを増すが「王室」を巡るスタンスが今後を左右するか~

西濵 徹

要旨
  • タイでは、今月14日の次期総選挙まで残すところ1週間を切るなど選挙戦は佳境を迎えている。タクシン派と反タクシン派、親軍と反軍が対立軸となるなか、タクシン派の貢献党はタクシン元首相の次女ペートンタン氏を首班候補とする一方、親軍政党は分裂選挙となり分が悪い展開が続く。他方、前回総選挙で大躍進した第3極の反軍・民主派の前進党はピタ氏を首班候補に据え、再度の大躍進を果たすことを目指している。
  • 世論調査では一貫して貢献党がトップとなり、ペートンタン氏の党首就任後は支持率を上昇させた。しかし、同党が政権奪取に向けて親軍政党との連立観測が強まったことを受け、足下では前進党が貢献党を猛追している。次期首相にふさわしい候補もピタ氏がペートンタン氏を逆転するなど勢いを増している。仮に貢献党と前進党が連携すれば政権交代の可能性が出ているが、前進党による「王室」を巡るスタンスが両党の距離感を難しくする。他方、王室改革デモ以降の同国では侮辱罪の拡大適用が相次ぐ動きもみられるなか、総選挙を巡る動きは政局を巡る新たなうねりとなる可能性にこれまで以上に注意が必要と捉えられる。

タイでは、今月14日に次期総選挙の実施が予定されており、残すところ1週間を切るなど選挙戦は佳境を迎えている。ここ数年のタイ政界においては、いわゆる『タクシン派』と『反タクシン派(親軍政党)』による対立構図がみられるほか、軍事クーデターを通じた政権転覆が起こってきたことも影響して『親軍』と『反軍』も新たな対立軸となってきた。2014年の軍事クーデターからの民政移管を目指した2019年の前回総選挙では、タクシン派政党であるタイ貢献党が第1党となるも、第2党となった親軍政党・国民国家の力が少数政党と多数派を形成して与党連立となり、軍事クーデターを経て暫定首相となったプラユット氏が正式に首相に就任して事実上の軍事政権が維持された。今回の選挙戦では、タイ貢献党はタクシン元首相の次女であるペートンタン氏を首班候補に据える形で9年ぶりの政権奪還を目指しており、2006年の軍事クーデターで政権を追われるとともに、その後は首相在任中の汚職容疑で有罪判決を受けるも国外での逃亡生活を続けているタクシン首相は総選挙での同党の勝利、ペートンタン氏の次期首相就任を念頭に年内にも帰国を実現したい意向をみせている。他方、与党連立内においては昨年、憲法裁判所がプラユット氏の首相任期が最長で2025年4月5日(起算時点を現憲法の公布日(2017年4月6日)としたため)とする判断を行ったことを受けて(注1)、総選挙後における同氏の任期が限られること、政権に対する支持率低迷も重なり、国民国家の力は党首であるプラウィット副首相を首班候補に指名する動きをみせた。こうした決定に対して、プラユット首相は自身の支持派が結党した新党(タイ団結国家建設党)の首班候補となることで首相続投を狙う姿勢をみせるなど、親軍政党は『分裂選挙』を迫られる事態となっている。一方、前回総選挙において反軍を掲げる『第3極』として大躍進を遂げた新未来党は、2019年に当時のタナトーン党首が議員資格をはく奪されるとともに(注2)、翌20年には憲法裁判所による解党命令を受ける事態となり、今回の総選挙では後継政党の前進党がタナトーン氏とともに新未来党の結党に参画したピタ氏を首班候補に据えるとともに、次期総選挙での再躍進を目指す姿勢をみせてきた。

なお、政党支持率の動きをみると、同国を代表する研究機関、大学院大学である国立開発行政研究院(NIDA)が実施する2020年以降の世論調査においては一貫して貢献党が首位を走る展開が続いてきたほか、昨年3月にペートンタン氏が同党党首に就任して以降は支持率が上昇する動きがみられた。他方、今年3月に貢献党の支持率は50%に迫る水準に達したものの、現地報道などにおいて政権奪還を目的に同党が親軍政党との連立形成を模索しているとの見方が強まったことを受けて、足下においては支持率が低下傾向を強めるなど一転して逆風が強まる動きがみられる。こうしたなか、反軍を掲げる前進党が貢献党に対する『失望票』の受け皿となる形で支持率を急上昇させており、直近の世論調査においては両党の支持率の差が2.5pt程度に肉薄するなど猛追している。別の世論調査では、前進党の支持率が50%を超えて貢献党を上回る動きもみられるなど、同党が勢いを強めていることは間違いない。一方、親軍政党の支持率を巡っては、プラユット首相が率いる団結国家建設党が緩やかに上昇する動きをみせるも、国民国家の力などは低下の一途を辿るなど伸び悩む動きが続いている。こうした動きを反映して、直近の世論調査では次期首相にふさわしい候補においてピタ氏がペートンタン氏を上回るなど逆転しており、この点でも前進党が勢いを増していることは間違いない。ただし、次期首相の選定に当たっては、総選挙において選ばれた議会下院(人民代表院)の500議席に加え、軍政下において国軍が任命した議会上院(元老院)の250議席との合同による首相指名選挙で選ばれる必要があり、元老院は国軍の影響力が極めて高いことを勘案すれば、政権交代の実現には野党勢力が人民代表院だけで半数以上(376議席)の議席を獲得することが必要である。直近の世論調査に基づけば、貢献党と前進党を併せると376議席を上回る議席数を獲得可能と試算されるものの、上述のように貢献党が親軍政党と連立を模索しているとの観測への批判票が前進党を後押ししている状況を勘案すれば、両党が連携することのハードルは決して低くない。さらに、前進党は前回総選挙において、王室への侮辱を罰する不敬罪の改正、国軍幹部人事のスリム化をはじめとする『急進的』な政権公約を掲げており、コロナ禍に際して王室改革を求めるデモの動きが活発化した際にはこの動きに理解を示すなど、若年層を中心に支持が広がる一因となっている。他方、前進党による急進的な政策志向に対しては保守層を中心に忌避感が根強く、同国は国王の権威が強く、王室改革や批判がタブー視されてきたなかで、仮に貢献党が同党と連携を強めれば『反王室』とのレッテルが貼られることに繋がり中間派の支持が離れる可能性も孕んでいる。こうした事情は一昨年に一部で前進する動きがみられた憲法改正議論を巡って、与党と野党が提示した改正案においてともに王室改革デモの要求が事実上無視されていたことにも現れている。また、上述のようにタクシン氏は貢献党の勝利を前提に年内にも帰国する意向を示しているが、実現には国王による恩赦が不可欠であり、仮に前進党と連携を組めば王室との関係悪化を招くとともにタクシン氏の帰国実現が遠のくとの『打算』も働く。なお、王室改革デモが活発化して以降は公共の場で王室に関する話題が上がっただけで侮辱罪を援用する形で拡大適用される動きが散見されるものの、総選挙を巡る動きは政局を巡る新たなうねりとなる可能性に注意が必要と言える。

図表1
図表1

図表2
図表2

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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