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好循環にある「好」の意味は何か?

~メカニズムには2つの顔がある~

熊野 英生

要旨

賃上げが予想以上に進んで、「これは好循環につながるのではないか」と言う人が増えている。では、その「好循環」とは、普通の「循環」とどう違うのか。そのメカニズムを考えて、好循環に発展させていく方法を考えたい。

目次

好循環は始まるか?

多くの人が、2023年は好循環の実現に向けて、ラストチャンスではないかと思っている。一般的に言って「好循環」とは、日本経済が右肩上がりのトレンドを回復することだと理解されている。賃上げ→消費増→収益拡大→賃上げ、という循環メカニズムが強く働いて、そこで需要拡大のポジティブ・フィードバックが作用することを好循環と言う。

ところで、「好循環」と、単なる「循環メカニズム」の間には何か大きな違いがあるのだろうか。表現を変えると、循環メカニズムに「好」が加わって、「好循環」と言われる所以はどこにあるのか。この問いは単純であるが、回答するのが意外に難しい。本稿は、その曖昧、かつ複雑な部分を吟味することを目的としている。

分配・支出・所得

まずは、普通の「循環」のメカニズムについて確認しておこう。一般的に、循環とは賃上げ→消費増→収益拡大→賃上げ、という連鎖反応のループを指す。

経済学の言葉を用いると、賃上げ=分配、消費=支出、収益=生産、となる。分配→支出→生産→分配という三面等価の関係にも置き換えられる。分配(所得)、支出(需要)、生産(付加価値)という表現にも書き換えられる。

目下の日本経済では、3月の春闘で久方ぶりに高い賃上げ率を実現できそうだ。連合の第2回集計では、ベースアップ率は2.25%になっていた(3月24日集計)。この賃上げが勤労者の懐を温めて、消費拡大に向かえば、日本経済の需要拡大が実現する。総務省「家計調査」の2023年1月データでは、勤労者世帯の平均消費性向が67.0%とコロナ禍で最も高くなっていた(図表1)。残念ながら2月は消費性向は再び低下したが、こうした変化は消費萎縮の局面が転換していく機運だと理解できる。また、内閣府「景気ウォッチャー調査」では、2023年2月の現状判断DIがさらに改善していた(図表2)。こちらからも、マインド好転の強まりが感じされる。

図表1
図表1

図表2
図表2

以上のように、2023年春から、賃上げ→消費増という連鎖の強まりは期待できそうだ。ならば、いずれは企業収益の拡大も促されていくだろう。企業収益が2023年度に十分な増益になれば、2024年4月以降の賃上げを後押しできる。そして、2024年度の賃上げが2023年度を上回ることになれば、それは単なる循環というよりも、好循環だと言える。

ここまで丁寧にみていくと、連鎖反応が強まることを「好」が付く循環と言っていることがわかる。単なるフィードバックではなく、ポジティブ・フィードバックである。

期待形成の作用

では、循環メカニズムを強くする要素はどこにあるのか。それは、①賃上げ→消費増につながるときの消費性向の上昇と、②収益拡大→賃上げへと向かうときの労働分配率の引き上げである。消費者はこれから所得が増えそうだと見方が楽観的になると、所得からより多くの金額を消費に回そうとする。企業もこれから収益が安定的に増えそうだと強気の見方に変われば、賃上げ率を引き上げようとする。この点は、家計・企業ともに将来展望と言える。経済学の用語では、期待形成の作用が働くところがポイントだ。将来の自分の所得が増えるから現在の消費を増やしてもよいと考える。賃上げも、将来の自社の収益拡大がしっかりと上向くから、現在の賃上げを思い切って行ってもよいと考える。つまり、将来のポジティブ・フォードバックを家計と企業がそれぞれ自覚するから、消費性向と労働分配率を高めても、いずれ自分に見返りがあると信じるのだ。

逆に、「好循環」の反対語は、「悪循環」である。家計が防衛意識を強めて貯蓄を増やそうし、消費性向を低下させると、消費減→収益縮減→賃上げ停滞という逆の作用が生じる。悪循環は、節約指向が自分の首を絞める状態だ。経済学者ケインズの言葉には、有名な「合成の誤謬」がある。悪循環は、まさしく合成の誤謬だ。企業が労働分配率を下げて収益確保に走ると、やはり悪循環に陥る。1990年末から10数年間は日本経済はデフレ構造に苦しんだ。この時代は悪循環が支配していた。

翻って、現在は悪循環はなくなったが、かと言って好循環ではない。欧米諸国では、好循環が働くので、成長率が高まりやすい。欧州には日本同様に高齢化が進んでいる国もあるが、日本よりも平均的な成長率は高い。その理由には、好循環の図式がある。

価格面での好循環

循環メカニズムは、理解しやすいように、数量や売上面で表現される。筆者は、同様のメカニズムが価格面でも働くことを重視して考える。こちらが、好循環のもう1つの顔だ。

例えば、賃上げ=労働コストの上昇と捉えて、循環メカニズムを書き換えるとどうなるか。賃上げ(労働コスト上昇)→消費増(消費者物価の上昇)→収益拡大(価格転嫁)→賃上げ(賃金上昇)となる。好循環とは、企業が価格転嫁できる状態と読み換えることができる。企業にとっては、今期に賃上げしても、それを製品価格に上乗せできるから、収益縮減にはつながらないと自信が持てる状態である。増やした人件費は、いずれ収益拡大で戻ってくるから、翌期も賃上げに応じられるという自信でもある。つまり、価格転嫁のしやすさ(しにくさ)とは、好循環にあるポジティブ・フィードバックの力量をどのくらい個々の経済主体が意識できるかにかかっている。

期待形成の作り方

「好」がつく循環メカニズムは、家計と企業が「お金を使えばいずれ自分に戻ってくるものだ」という期待形成が強く働いている状態になる。

日本では、今年は賃上げ率が高くても、来年以降が以前に戻るかもしれないと楽観していない人が多い(筆者を含めて)。企業も、好循環が働いて、賃上げをするほど収益増で返ってくると考える先は少ないと思う。期待形成はあまり強くはない。悲観バイアスは根強い。それをどのように、楽観バイアスに変えていくかが課題だ。

この問題は、企業がどのくらい価格転嫁がしやすいと感じているかという度合いとも連動するものだ。直感的に「景気が良い」と企業が実感しているときは、価格転嫁は順調だと理解される。景気が何年もよい状態になれば、次第に楽観バイアスも働いてくる。時の政権が、「景気を良くする」と宣言して、それが何年も続くと、その政権への信任が高まるのと同じことである。

かつて、日本銀行は、自分達がインフレ予想を唱えれば、皆が信じてくれると勘違いしていた時期がある。2013年に2%のインフレターゲットが設定された時期はそうした時期だった。しかし、それは失敗した。黒田総裁は、任期途中に考え方を変えて、物価が上昇していくと、その実績によって期待インフレ率が高まっていく「適合的期待」の考え方になった(「合理的期待」の見方を捨てた)。

実は、現在の岸田政権の好循環に対する考え方も、この適合的期待に近いものだろう。実績を積み重ねると、それに反応して家計も企業も期待形成を前向きに変えていくというものだ。もしも、そうであれば、春闘の賃上げも2023年だけではなく、企業収益が自己実現的に増えていくような状態まで粘り強く続けていくしかない。おそらく、単なる「循環」を「好循環」に変えていくには、相当の時間がかかるだろう。それでも我慢強く続けるしかないのだろう。

熊野 英生


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