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日銀総裁に雨宮正佳氏を打診

~黒田路線を極力踏襲~

熊野 英生

要旨

2月6日に金融市場には、大きなニュースの衝撃が走った。観測報道で次期日銀総裁に雨宮正佳氏が打診を受けたというニュースが流れたからだ。ドル円レートは円安に振れる。そうした変化の背後にある見方を考えてみた。今後の金融政策は、もしも雨宮氏が総裁になればどう変わるのか。

目次

雨宮正佳氏が有力視

日本経済新聞の報道では、現副総裁の雨宮正佳氏に、政府から次期日銀総裁への打診があったという。政府、与党とも「最終調整」とされる。4月8日に迫る黒田総裁の退任を前に、3月には国会同意を受ける必要がある。その日程の手前で総裁人事が発表されることになる。

2月2日にはある事件があった。もう1人の日銀総裁候補であった中曽宏前日銀副総裁が、APECのビジネス諮問委員会のタスクフォース議長に就任することが2月2日に中曽氏本人の口から出てきた。もしも、中曽氏が次期総裁になるのならば、少なくとも本人からそうした発言があることは考えにくい。ドル円レートは、その発言を受けて、2月2日は円安に動かされる。雨宮氏の報道は、為替をさらに円安に動かす反応をみせた。

その背景にあるのは、中曽氏が総裁になれば、従来の黒田総裁の路線を修正する可能性が大きく、現副総裁の雨宮氏であればその可能性は相対的に低くなる。そうした思惑があって、雨宮氏の昇格の確度が高まれば、黒田路線の承継が意識されて、低金利維持=円安という見方に傾いたのであろう。

金融市場の読み方

なぜ、黒田路線の承継が、雨宮氏の総裁承認で強まるのだろうか。ひとつの理由は、黒田氏が退任した後も、その影響力が残る可能性が高いからだ。岸田首相は、円安・物価高をあまり歓迎していなかった可能性が指摘される。11月10日に黒田総裁が官邸で面会して、景気情勢について意見交換をしたときに、総理の意向はそれとなく黒田総裁に伝わったという見方がある。それを受けて、12月会合では長期金利の上限を0.50%に引き上げる決定が行われた。しかも、政策委員全員一致の決定である。なぜ、黒田総裁が掌を返したのかは、未だに真相が分かっていない。

有力な観測としては、総理の意向を反映させただけではなく、次期日銀総裁が雨宮氏になっても、その意向は存続させるというメッセージを日銀側から送ろうとしたのではないかと考えられている。金融市場の参加者は、多かれ少なかれ、そのように思っているはずだ。黒田総裁からすれば、「次期社長が後任社長の人事に多大な影響を与えた」ということで、雨宮氏には貸しをつくることになる。岸田首相には、中曽氏を選ばなくても、今の雨宮氏のままで意向が反映されると感じさせた。黒田総裁からすれば、一石二鳥の妙手を打ったことになる。次期総裁が卓を囲んでいる現副総裁であれば、他の政策委員たちも反対票を入れるはずがない。

板挟みの次期総裁

上記の見方は矛盾していると考える人はいるだろう。岸田首相は行きすぎた円安は望ましくないと考えていて、黒田総裁は極力円安を長く続けたい。雨宮氏が次期総裁になっても、岸田首相の意向があれば、長期金利の上限は見直されて、行く行くはYCC(イールドカーブ・コントロール)の撤廃が行われるのではないか。

そうした反論はもちろん成り立つ。しかし、自分が黒田総裁の立場でものを考えるとどうなるか。今、自分の路線修正を進める可能性のある中曽氏と、自分の影響力の働く雨宮氏の2人がいたとする。ならば、黒田総裁は、自分の意向をより強く汲んでくれる雨宮氏を選ぶ。執行役員の立場の雨宮氏に対して、株主の立場である岸田首相が居て、もう1人の有力株主の黒田総裁が居る。雨宮氏を板挟みにすることは、黒田総裁からすれば、相対的に低金利・円安をできるだけ長く継続させることになる。そう考えると、矛盾どころか、黒田総裁の頭の良さが光ると思える。

雨宮氏ならばどう動くか

では、雨宮氏が次期日銀総裁になったとき、黒田総裁の意向を受けて、YCCの撤廃を目指すことは断念するのか。

答えはNoだろう。雨宮氏は自分が苦しい立場であることは先刻承知である。1998年の日銀法改正以降、苦しい立場でなかった日銀総裁など1人もいない。雨宮氏もそうした日銀総裁を支えてやってきた。

岸田首相が円安・超低金利を望まないとしても、与党内には日銀の政策に円安・超低金利を厳しく要求する人は多い。雨宮氏が総裁になれば、局面ごとに立場の違う意見に耳を傾けて、時間をかけてYCCの撤廃に動くだろう。日銀にとってYCCは金縛り状態だから、特に長期金利コントロールは有名無実化したいと考えているはずだ。それは、量的・質的金融緩和を2016年にYCCに衣替えしたのと同じ方針転換になるだろう。他の人物よりも雨宮氏に一日の長があるとすれば、そうした方針転換を主導してきたのが、まさしく雨宮氏であるからだ。

雨宮氏は、日銀を取り巻く力学を微妙に使い分けるだろう。岸田首相の意向があったとしても、岸田首相自身が与党から受けている力学を無視はできない。雨宮氏は、岸田首相、与党内の意見、黒田総裁などのステイクホルダーの意見を調整しながら、時間をかけてYCCの修正、その先の撤廃を実行していくだろう。

熊野 英生


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