2022年のフィリピンは46年ぶりの高成長も、物価高と金利高は景気の足かせに

~移民送金を巡る状況に加え、物価高と金利高の共存も家計消費の重石となる厳しい展開を予想~

西濵 徹

要旨
  • フィリピン経済を巡っては、中国のゼロコロナ戦略への拘泥が外需の足かせとなるとともに、商品高によるインフレやペソ安を受けた中銀の断続利上げが物価高と金利高の共存を招くなど、経済成長の原動力となってきた家計消費など内需の重石となるなど、国内外で景気に対する不透明感が高まる状況に直面してきた。
  • 国内・外での景気下押し懸念にも拘らず、10-12月の実質GDP成長率は前期比年率+10.05%と2四半期連続で二桁成長となるなど景気の底入れが続いている。国境再開による外国人観光客の底入れや世界的な電子部品需要の堅調さが外需を押し上げており、堅調な移民送金とペソ安は物価高と金利高の共存にも拘らず家計消費を下支えしている。コロナ禍からの景気回復は周辺に比べて遅れてきたが、足下では堅調さが続いており、昨年の経済成長率は+7.6%と政府目標を上回るとともに、46年ぶりの高成長となっている。
  • 今年の経済成長率は昨年同様大幅なプラスのゲタが生じるなど、比較的高い成長の実現が容易である。中国のゼロコロナ終了は外需の追い風になると期待される一方、インフレの高止まりが見込まれ、中銀は一段の利上げを余儀なくされると予想される。世界経済の減速による移民送金の下振れも家計消費の足かせになるなか、今年は経済成長の原動力である家計消費を取り巻く状況が厳しさを増すことは避けられない。

フィリピン経済を巡っては、一昨年来のコロナ禍に際して度々感染拡大に見舞われるとともに、その度に行動制限を伴う感染対策が強化されたことで景気に下押し圧力が掛かったほか、コロナ禍前においては財輸出の約3割、外国人観光客の2割強を中国(含、香港・マカオ)が占めるなど外需面で中国への依存度が比較的高く、中国によるゼロコロナ戦略も景気の足かせとなる展開が続いた。さらに、同国の財輸出は約6割を電子部品関連が占めるなど世界経済の動向の影響を受けやすい特徴があるなか、このところの世界経済は中国によるゼロコロナ戦略の拘泥が中国のみならず、サプライチェーンの混乱を通じてアジア新興国経済の足を引っ張るなど、幅広く外需に不透明感が高まる状況が続いている。他方、昨年以降はウクライナ情勢の悪化に伴う商品高を受けて、同国においても食料品やエネルギーなど生活必需品を中心にインフレが昂進する動きに繋がっている。さらに、国際金融市場においては米FRB(連邦準備制度理事会)など主要国中銀のタカ派傾斜を受けて、経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)が脆弱な新興国を中心に資金流出が加速したため、同国の通貨ペソ相場は過去最安値を更新するなど輸入インフレが強まることでインフレが一段と上振れする事態を招いている。中銀は物価抑制を目的に昨年5月に2年半ぶりの利上げに舵を切ったほか、その後も断続的な利上げに動く必要に迫られたものの、物価と為替の安定を目的に米FRBのタカ派傾斜に歩調を併せる形で大幅利上げを余儀なくされるなど、難しい状況に追い込まれた。こうしたことから、足下の同国においては物価高と金利高が共存するなど、家計部門にとっては実質購買力に下押し圧力が掛かるとともに、債務負担の増大も重なる形で家計消費に悪影響が出ることが懸念された。

図表1
図表1

このように、足下の同国経済は内・外需双方に下押し圧力が掛かることが懸念される状況が続いているにも拘らず、10-12月の実質GDP成長率は前期比年率+10.05%と前期(同+13.89%)から拡大ペースは鈍化するも2四半期連続の二桁成長で推移しており、中期的な基調を示す前年同期比ベースの成長率も+7.2%と前期(同+7.6%)から鈍化するも7四半期連続で7%を上回る伸びで推移するなど堅調な動きが続いている。ゼロコロナ戦略への拘泥による中国経済の減速に加え、欧米など主要国も頭打ちの様相を強めるなど外需を取り巻く環境は厳しさを増しているにも拘らず、世界的な電子部品需要の底堅さを反映して財輸出は比較的堅調な動きが続いているほか、感染一服による国境再開の動きを反映して外国人観光客数も底入れしており、財、サービスの両面で外需が景気を押し上げる展開が続いている。また、物価高と金利高の共存にも拘らず、堅調な景気拡大が続く米国のほか、原油高も追い風に中東からの移民送金は堅調な流入が続くとともに、ペソ安に伴いペソ建換算ベースで押し上げられていることも重なり、経済活動の正常化によるペントアップ・ディマンド(繰り越し需要)の一巡にも拘らず家計消費は底堅く推移している。その一方、中銀の金融引き締めを受けて好調な推移が続いた住宅需要が下振れしているほか、世界経済を巡る不透明感の高まりも重なり企業部門による設備投資需要も鈍化しており、固定資本投資は総じて弱含んでいる。なお、2022年通年の経済成長率は+7.6%と前年(+5.7%)から一段と加速しており、政府目標(+6.5~7.5%)の上限を上回るとともに1976年以来46年ぶりの高成長となった。ただし、これは+3.9ptもの大幅なプラスのゲタが生じていることで押し上げられており、実質GDPを巡ってはコロナ禍前の水準に回復したのは昨年7-9月とASEAN(東南アジア諸国連合)のなかでも遅いことに注意する必要がある(注1)。とはいえ、足下のフィリピンは近年の成長の原動力となってきた家計消費が景気をけん引しており、世界経済の減速懸念にも拘らず堅調な拡大を続けていると捉えられる。

図表2
図表2

図表3
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なお、今年の経済成長率を巡ってはゲタが+3.4ptと昨年からプラス幅が縮小するも、依然として大幅なプラスを維持していることを勘案すれば、比較的高い成長率を実現しやすい環境にあると捉えられる。また、中国によるゼロコロナ終了は足下で混乱を招く動きがみられるものの、一巡した後には経済活動の正常化が進むと期待されるほか、外需面で中国への依存度が高い同国経済にとっても財、サービスの両面で景気を押し上げると見込まれる。他方、昨年末にかけては世界経済の減速懸念を受けて高止まりしてきた商品市況が調整していたにも拘らずインフレ率は高止まりしているほか、経済活動の正常化を反映してコアインフレ率は加速の動きを強めており、家計部門にとっては実質購買力に一段と下押し圧力が掛かることが懸念される。さらに、中国によるゼロコロナ戦略の転換は景気底入れを促し、低迷した中国の需要拡大に繋がる一方、ウクライナ情勢の長期化など供給不安により商品市況が押し上げられ、結果的に世界的なインフレが再燃することも予想される(注2)。なお、昨年9月に一時最安値を更新したペソ相場を巡っては、その後の米ドル高一服の動きを反映して一転底入れの動きを強めるなど輸入インフレ懸念は後退しており、中銀は先月の定例会合において米FRBに歩を併せる形で利上げ幅を縮小させたものの(注3)、今後も物価抑制を目的に一段の金融引き締めを迫られると見込まれる。また、欧米など主要国の景気減速懸念は移民送金の足かせとなるとみられ、ペソ安の一服によりペソ建で換算した移民送金も押し上げられにくくなるなか、物価高による実質購買力への下押しの影響はより色濃く現われることも考えられる。政府は今年の経済成長率見通しを+6.0~7.0%と堅調な推移が続くとの見方を維持しており、上述のように大幅なプラスのゲタが生じるなど高成長を実現しやすい環境にあるものの、現実には物価高と金利高の共存が経済成長の原動力である家計消費に悪影響を与えることで難しい環境が続くことは避けられないであろう。

図表4
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以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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