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ドイツに抜かれそうな日本

~「まずい」の危機感がないと本当にまずい~

熊野 英生

要旨

ドル建ての経済規模は、IMF予測でドイツの名目GDPが2022年に日本に迫っている。あと1.067倍以上に増えれば、日本を抜く。コロナ禍の3年間ではその差が急速に縮まった。インフレと円安の要因が大きかった。日本が抜かれないためには、もっと1人当たり生産性を高める努力が必要だ。危機感をバネにして、政策的に生産性上昇のための課題に取り組むのだ。

目次

まさかの急接近

2023年のびっくり予想である。ドイツの経済規模が、世界3位の日本を抜く可能性がある。日本は、世界4位に転落する。1968年に日本は、当時の西ドイツを抜いて世界2位に躍り出た。それが2010年に中国に抜かれて、世界3位になる。これは、人口の多い中国が高成長するのだから仕方がないと、諦められる。しかし、ドイツは日本よりも人口が少ない。G7の中でも、日本が米国、ドイツの次になるのは衝撃的だ。

IMFの経済見通し(2022年10月)では、日本の2022年の名目GDPが4兆3,006億ドルで、ドイツは4兆0,312億ドルである(図表1)。まだ、両者には6.7%の開きがある。2023~2027年までの予測値でも辛うじて日本は逆転されない見通しになっている(図表2)。しかし、今後のドイツのインフレ率、実質成長率、為替レートの変化次第では、日本が逆転される可能性が残る。ドイツのインフレ率は、2022年11月は前年比11.3%、12月は同9.6%と日本よりも遙かに高い。

図表1
図表1

図表2
図表2

その一方で、実質GDPの予想は、日本が2023年の前年比1.6%、ドイツが同▲0.3%と、日本の方が勝っている。しかし、物価を織り込んだ名目GDPでは、日本が同2.2%で、ドイツが同5.4%と負けている。

そして、為替レートでは、IMFの予測の前提となっている為替レートは、2022年が1ドル128.42円、2023年が129.34円となっている。

2023年の予測値では、ドイツと日本の差は1.060倍に縮小する。もしも、2023年の平均のドル円レートが年間平均で6.0%以上の円安(1ドル129.34円→137.06円以上)になれば、2023年に日本とドイツは逆転する計算になる。こうしてみると、日本とドイツの逆転は、2023年中に微妙な差で決まることになりそうだ。

コロナ禍で起きた変化

では、どうして日本はここまでドイツに追いつかれてしまったのだろうか。長期時系列でみると、1980年代初頭はドイツと日本の差はほとんどなかった(前掲図表1)。それが、1985年のプラザ合意後の円高によって、ドル表示の日本の名目GDPが増価した。そして、その逆の効果として2013年以降の円安が、日本のドル表示の経済規模を小さくしている。「安い日本」が、日本を小さくしているのだ。

少し精緻に、コロナ前の2019年とIMF予測の2023年の経済規模の変化を要因分解してみよう。2019年時点での日独格差は1.317倍であった。当時は、全く追いつかれるなどとは想像もしなかっただろう。ところが、4年後の2023年には1.060倍まで接近を許している。変化率は▲19.5%(0.805=1.060÷1.317)と計算できる。

可能性として、その原因は、①実質GDPの変化、②インフレ率(GDPデフレータ)の変化、③為替レートの変化の3つに分解できる。結果は、実質GDPの変化はほぼ関係がなかった。②の要因は、▲11.8%と6割くらいを説明する。③の為替の変化は▲7.9%で約4割だ。2013年以降の黒田緩和の中で円安が進んだことと、ドイツでここ1、2年はインフレ傾向が強まったことが、この急接近を引き起こしている。

日本はドイツと似ている?

昔から日本はドイツと似ていると言われてきた。製造業大国とか、労働者の勤勉さなどが挙げられる。国土の面積も、ドイツが35.7万平方メートルと、日本の37.8万平方メートルとほぼ同じである。失業率が、他の主要国よりも低いところも似ている(図表3)。

しかし、全く異なる部分があることの方に注意を向けたい。ドイツは、財政赤字を嫌う。インフレも嫌いで、中央銀行は利上げでインフレの芽を潰すことを優先してきた。日本は、ドイツに比べると、かなりルーズである。財政は拡大し、インフレでも中央銀行は利上げしない。為替が、日本円よりもユーロの方が高くなるのは、金融財政政策の差に起因する部分はあるだろう。

図表3
図表3

生産性こそが重要だ

「日本がドイツに抜かれるのは、時間の問題だ」と思う人は多いだろう。しかし、逆転される危機感をバネにしなくてはもったいない。いや、危機感がなくて、鼻から諦めるところがよりまずい。政治的に、日本が逆転を許さないためには、成長志向に転じる必要がある。岸田首相には、ドイツに抜かれないように頑張ることを願いたい。ドイツに抜かれないようにするためには、何よりも生産性上昇が重要だ。政府は、政策対応として1人当たり生産性を高めるために、成長戦略にリソースを重点配分することが望まれる。

今さら、生産性の重要性を説明する必要はないだろうが、人口減少圧力が強いという点で共通しているドイツとの比較で改めて説明したい。ドイツの人口は、2022年6月に8,400万人を上回った。同じ時期の日本の総人口は12,510万人だ。両者を比べると、日本がドイツの人口の1.49倍を有することがわかる。ならば、もしも、経済規模で日本とドイツが同じになるのは、1人当たり名目GDP(名目生産性)でドイツが日本の1.49倍になったときだという算術になる(為替効果は考えない)。

これまで労働生産性は、日本の方がドイツよりも低かった。就業者の労働時間1時間当たりの実質生産物で比べると、2021年時点ではドイツが日本の1.62倍と高い(図表4)。

図表4
図表4

その一方で、ドイツの方が総労働時間が短い。だから、就業者1人当たりの生産性はいくらか低くなる。そこに人口1人当たりの就業率をかけると、1人当たり実質GDPはもっと小さくなる。

従来、平均すると、ドイツは日本よりも生産性の上昇ペースが高く、その力で日本に追いついてきた。抜かれないためには、日本はもっと生産性上昇のスピードを加速しなくてはいけない。

なぜ、日本企業の生産性が低いのかは、多くの説明を要するから、本稿では1つだけ指摘しておきたい。日本企業は、年々高齢化している。企業内では、継続雇用によって従業員に占めるシニア(60歳以上)の割合が高まっているから、シニアの生産性を高めなくていけない。しかし、60歳以上の従業員が年々、自分の生産性を高めようとしているだろうか。給与水準が下がり、成果を発揮できる機会も限られていることが多い。すでに、シニア雇用は、70歳までの継続雇用が努力義務になっていて、いずれは義務化されることもあり得る。すると、企業のシニアの割合はますます高まる。彼らが年々生産性を高められる体制づくりはより重要性を増す。

もう1つだけ、テクノロジーの活用も付け加えたい。ドイツと日本が似ているのは、製造業の競争力が強く、特に自動車産業がその中核になっている点だ。日本政府は、半導体産業の復活には熱心だが、自動車産業の構造転換も喫緊の課題だ。例えば、自動車の電動化・EV化や、自動運転の高度化、脱炭素技術の開発・普及といった課題である。ほかにも、自動車工場のロボット化、ドローン・スマートビークルなどの電動モビリティの積極活用、そして中小・自動車産業の輸出拡大なども力点を置くべき課題である。ドイツをライバルとして意識しつつ、製造業の生産性向上を目指して、様々なテーマで技術的なターゲット戦略を掲げる。自動車産業は、裾野が広いので、そこでの競争力強化は、電気機械や一般機械、素材産業にも好影響がスピル・オーバーしやすいはずだ。

熊野 英生


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。