中央経済工作会議の動きで占う2023年の中国経済

~性急な転換で当面の混乱は必至も、感染対策と経済安定の両立を目指すなど経済政策も大転換~

西濵 徹

要旨
  • 一昨年来のコロナ禍に際して、中国では世界的に対応が変化しているにも拘らず強力な行動制限を伴う「ゼロコロナ」戦略が維持されてきた。しかし、国内外で景気の足かせとなる動きが顕在化する上、国民の間に不満が高まる事態となり、当局は一転してコロナ規制の解除に舵を切った。他方、足下では感染動向の急激な悪化により中央経済工作会議の日程が縮小されるなど、党・政府内でドタバタが顕在化する動きもみられる。
  • 中央経済工作会議ではコロナ禍の予防と経済の安定の両立を重視する方針が掲げられるとともに、積極的な財政政策と慎重な金融政策のほか、安全保障や科学技術を重視しつつ国民生活の安定を図る姿勢が示された。今年同様に経済の安定が重視されたものの、コロナ禍の制圧を目的に経済が蔑ろになってきたことを勘案すれば、コロナ規制という足かせがなくなったことで来年はその懸念は後退していると判断出来る。
  • 足下の国際金融市場では米ドル高の一服を受けて人民元相場は底打ちしている。また、中銀は金融緩和により景気下支えに動く一方、中国市場では金利が上昇するなどその効果が相殺されており、富裕層を中心とする資金逃避懸念が影響している可能性がある。当面は感染収束が見通せない状況が続く可能性のほか、コロナ規制の転換は商品高によるインフレ懸念もあり、中国経済には明るい材料ばかりではないと言える。

一昨年来のコロナ禍に際して、中国では徹底した検査及び行動制限の実施による『ゼロコロナ』戦略が採られ、当初においては早期の封じ込めに成功するとともにコロナ禍を受けて深刻な悪影響が出た景気の逸早い回復に目途を付ける動きがみられた。しかし、コロナ禍が長期化するなかで世界的にはワクチン接種の進展も追い風に経済活動の正常化を図る『ウィズコロナ』戦略への転換が進む一方、中国においては引き続き強力な行動制限を伴う『動態ゼロコロナ』戦略が採られてきた。こうした背景には、中国では地方部を中心に医療インフラが極めて脆弱な上、中国製ワクチンのみが承認されているとともに、その接種率が低いといった問題を抱えており、戦略転換に動いた場合の悪影響が警戒されてきたことがある。さらに、上述のように当初の段階においてゼロコロナ戦略が一定の成果を上げたことに加え、今年は5年に一度の共産党大会(中国共産党第20全国代表大会)の開催を経て習近平指導部が異例の3期目入りを果たすなど政治的に重要な時期であり、戦略拘泥の目的がコロナの制圧に変質した可能性も考えられる(注1)。他方、世界の流れと逆行したこうした合理性を欠く対応は中国経済に悪影響を与えるとともに、経済活動の制限を受けたサプライチェーンの混乱を通じて中国と連動性が高い国々のみならず、世界経済にも悪影響が伝播する事態を招いてきた。ただし、当局による動態ゼロコロナ戦略への拘泥の背後で景気が下振れするとともに、行動制限の長期化を受けて国民の間に不満が高まったことに加え、内陸部の新疆ウイグル自治区での火災対応を巡る情報をきっかけに抗議運動が活発化した。そして、抗議運動の一部が政権や体制に対する批判に飛び火するなど異例の動きに発展したことを受けて、当局はその後一転して公共の場での陰性証明を不要とするとともに、無症状者や軽症状者の自宅隔離を容認するなど規制緩和に動いている。なお、陰性証明が不要となり多くの人が検査を受けなくなったことで陽性者数の把握が困難になったことを理由に、当局は今月14日を以って無症状者数の公表を停止する一方、現実には有症状者数の把握そのものも困難になっている可能性がある。事実、性急な戦略転換を受けて感染動向の把握が困難になるなか、発熱外来に多数の人が列を成すなど感染動向が悪化する動きもみられ、なかでも首都の北京市における感染動向の急激な悪化を理由に、国家統計局は11月の経済指標の公表を巡ってオンラインでのみ公表するなどドタバタの対応がみられた(注2)。さらに、同国では例年12月に党最高指導部(中央政治局常務委員)や国務院指導部、地方政府や国家機関、人民解放軍、国有企業などの責任者が一堂に会して翌年のマクロ経済運営の方針を討議する中央経済工作会議が3日間の日程で開催されるものの、感染動向が急激に悪化していることを理由に今年は15~16日の2日間に短縮される形で開催された。

なお、中央経済工作会議の終了後に新華社が公表したコミュニケにおいては、来年について「党大会(二十大)の精神を完全に具現化する最初の年であるとともに、コロナ禍対応が新段階に突入する重要な年」と定義した上で、経済政策を巡って『6つのより良き統合』をその柱に掲げる方針を示した。6つのより良き統合とは、①コロナ禍の予防・制御と経済・社会開発とのより良き統合、②効果的な品質の向上と合理的な経済成長とのより良き統合、③供給側改革と内需拡大とのより良き統合、④経済政策とその他の政策とのより良き統合、⑤国内経済と海外経済とのサイクルのより良き統合、⑥現在と長期とのより良き統合、の6つとしている。なかでも1番目に感染抑制と経済の安定を重視する方針が掲げられており、これまで当局が景気動向を無視する形で動態ゼロコロナ戦略に拘泥してきた状況から大きく転換が図られることを意味する。その上で、足下の同国経済について「『3つの圧力(需要の縮小、供給面でのショック、期待の低下)』に直面している」との認識を示しつつ、経済の安定化を図るべく「経済成長、雇用、物価に焦点を当てた取り組みを強化する」との考えを示している。また、マクロ経済政策を巡っては『努力の強化』と『調整と協力』をテーマに掲げるとともに、具体的な方策として、①積極的な財政政策の強化及び実効力の向上、②慎重な金融政策の的確かつ強力な実施、③発展と安全保障の両立を図る産業政策、④科学技術の自立化と自己改革を重視した政策運営、⑤国民生活を重視した社会政策の実現、の5本柱を元に進めるとしている。そして、足下で期待が低下していることに対応して、消費の回復及び拡大を優先することで内需拡大に注力するとともに、デジタル経済の発展によるプラットフォーマーの育成及び国際競争力の向上を図る、国有企業と民間企業の競争条件の平等化による発展育成、CPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)やDEPA(デジタル経済パートナーシップ協定)などの活用を通じた外国資本の誘致と活用による国内改革の深化、経済及び財政的リスクの効果的な予防及び軽減を図ることを目指すとした。他方、このところの中国では習政権が掲げる『共同富裕』の下でIT企業などへの圧力を強めてきたことを勘案すれば、プラットフォーマーの育成及び国際競争力の向上は国家主導で進められる可能性に注意する必要がある。その上で、経済の安定を重視する観点からあらゆるリスクに対して『レッドライン』を設け、足下で問題が顕在化している不動産に関連して「住宅は住むためのものであり、投機のためのものではない」とする原則を改めて堅持する一方、堅調な住宅需要の創出に向けた支援を図るとともに、質の高い開発を促すことで市場安定を目指すとしている。なお、昨年の同会議においては今年のマクロ経済政策を巡って経済の安定を重視する姿勢が示されたものの(注3)、今年の同国経済を巡っては当局による動態ゼロコロナ戦略への拘泥が完全に足かせとなってきた状況を勘案すれば、上述のように戦略転換が図られていることは少なくともコロナ対応が経済政策面での足かせとなる可能性は低下していると捉えられる。

足下の国際金融市場においては米FRB(連邦準備制度理事会)によるタカ派傾斜の動きが後退するとの期待が高まり、米ドル高圧力が後退していることを反映して人民元安に一服感が出る動きがみられる。ただし、中銀(中国人民銀行)は預金準備率の引き下げによる金融緩和を通じて景気下支えを図る動きをみせているほか(注4)、上述のように来年も慎重な金融政策を堅持する方針を示しており、一段の金融引き締めを示唆する米FRBとは対照的な展開が続くことが予想される。他方、先月半ば以降における当局のコロナ規制の転換を受けて、中国金融市場においては財政政策による景気下支えを期待して金利が上昇するなど、中銀による金融緩和の実施にも拘らずその効果が相殺される動きもみられる。なお、こうした背景には外国人投資家を中心に中国当局によるコロナ規制の転換を好感してそれまでの人民元に対する売り圧力が転換している可能性が考えられる一方、中国国内においては富裕層を中心に政策運営を巡る不透明感を理由に資金流出圧力がくすぶる可能性を示唆している。さらに、足下で急激に悪化している感染動向の収束にはしばらく時間を要する可能性が考えられるほか、仮に収束した後においても若年層を中心に悪化が続く雇用の回復が進まなければ、当局が目論む家計消費を中心とする内需回復は覚束ないものとなる。そして、中国によるコロナ規制の転換は、足下において世界経済の減速懸念を織り込む形で調整の動きを強めている原油をはじめとする国際商品市況を押し上げる可能性があり、そのことは比較的落ち着いた推移が続いた中国国内のインフレ動向を大きく変化させることも考えられる。国際金融市場においては、中国当局によるコロナ規制の転換を材料に物色の動きが強まる傾向がみられたものの、現時点においては感染動向の収束が見通せない展開が続くなか、その後の中国経済についても明るい材料ばかりではないことに注意する必要がある。

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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