韓国中銀、物価対応へ利上げ継続も、利上げ幅は25bpに再び縮小

~不動産価格の下落、社債市場の流動性危機など、ウォン相場を巡る環境は再び厳しくなる可能性も~

西濵 徹

要旨
  • 世界経済はスタグフレーションに陥る懸念が高まっている。米FRBなどのタカ派傾斜は新興国からの資金流出を招き、韓国では対外収支の悪化や地政学リスクが嫌気されてウォン相場は大きく調整してきた。商品高は生活必需品を中心にインフレを招き、ウォン安は輸入物価を通じて一段のインフレ昂進を招く懸念があるなか、中銀は昨年8月以降断続的に利上げを実施してきた。なお、国際金融市場では米ドル高一服によりウォン相場が底入れしている一方、金利上昇を受けて不動産価格は下落しているほか、社債市場での流動性危機が懸念されるなど利上げの弊害も顕在化している。こうした状況ながら、中銀は24日の定例会合で6会合連続の利上げに動くも、利上げ幅を25bpに縮小する決定を行った。中銀は一段の金融引き締めに含みを持たせる一方、政策委員が想定する中立金利が近付くなど利上げ余地は限定的となっている。社債市場を巡る不透明感もくすぶるなか、先行きはウォン相場を取り巻く環境が再び厳しくなる可能性はくすぶる。

中国による『動態ゼロコロナ』戦略への拘泥を巡っては、幅広い行動制限が中国景気の足かせとなっている上、サプライチェーンの混乱や中国人観光客の低迷などを通じて中国経済との連動性が高い国々の景気の足を引っ張る状況が続いている。また、ウクライナ情勢の悪化に伴う供給不安をきっかけとする商品高は世界的にインフレを招いており、米FRB(連邦準備制度理事会)など主要国中銀は物価抑制を目的にタカ派傾斜を強めるなか、物価高と金利高の共存がコロナ禍からの回復が続いた欧米など主要国景気に冷や水を浴びせる兆しが出ている。結果、世界経済はスタグフレーションに陥る懸念が高まっている。一方、米FRBなどのタカ派傾斜は世界的なマネーフローに変化を与えており、経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)の脆弱な新興国を中心に資金流出が集中する動きがみられた。韓国においては、商品高により輸入が押し上げられる一方、最大の輸出相手である中国の景気減速は輸出の重石となる形でこのところの貿易収支は赤字基調で推移しており、この動きを受けて経常収支も赤字に転じるなど対外収支は脆弱さを増している。また、隣国の北朝鮮による相次ぐミサイル発射による地域情勢の緊迫化も懸念されるなかで資金流出の動きが強まり、通貨ウォン相場は先月末に一時13年半ぶりの安値を付けた。同国においても商品高は食料品やエネルギーなど生活必需品を中心とするインフレを招いている上、ウォン安は輸入物価を通じた一段のインフレ昂進を招くことが懸念される。さらに、コロナ禍対応を目的とする金融緩和の長期化は不動産価格の高騰を招いており、その背後では家計部門による債務が拡大の動きを強めるなど金融セクターのリスク要因が高まる動きも顕在化してきた。こうしたことから、中銀は昨年8月以降断続的な利上げを実施してきたほか、今年7月にはアジア通貨危機以降で初の大幅利上げに動くなどタカ派姿勢を強めたものの(注1)、物価高と金利高の共存が景気に冷や水を浴びせる懸念が高まったことを受け、翌8月には再び利上げ幅を縮小させた(注2)。しかし、その後は『タカ派度合い』の差が意識される形でウォン安圧力が強まったことを受けて、中銀は先月の定例会合で再び利上げ幅を50bpに拡大させるなどタカ派姿勢を強める事態に追い込まれた(注3)。なお、その後の国際金融市場においては米ドル高に一服感が出ていることを反映してそれまで調整が続いたウォン相場は一転して底入れしている。他方、物価高と金利高の共存を受けて上昇基調が続いた不動産価格は一転頭打ちしている上、足下では下落ペースが加速しており、家計部門にとっては債務負担の増大に加え、逆資産効果も重なり家計消費の足かせとなることが懸念される。さらに、金利上昇を受けて社債市場及び短期金融市場においてボラティリティーが高まるとともに、資金ひっ迫懸念が高まるなかで政府は社債の買い入れプログラムの拡大に動いているほか、中銀も公開市場操作に関連して担保の要件を緩和するなど、債券市場の動揺抑制を目指すなど利上げによる弊害も顕在化している。ただし、足下のインフレ率は依然目標を大きく上回る推移が続くなか、中銀は24日の定例会合において6会合連続の利上げに動くも、利上げ幅を25bpに縮小して政策金利を3.25%とする決定を行った。会合後に公表した声明文では、今回の決定について「物価安定に向けた政策対応の継続が必要と考えたが、景気の下振れリスクが高まっている上、ウォン相場を巡るリスクの後退や短期金融市場の動揺を勘案して25bpとした」としている。その上で、世界経済について「物価高と金利高により減速する一方、米FRBの利上げペースの後退は金融市場の動揺緩和に繋がっているが、先行きも商品市況や物価の動向、主要国中銀の政策動向、地政学リスクなどの影響を受ける」との認識を示した。一方、同国経済については「家計消費は堅調な一方で輸出の低迷が景気の足を引っ張っており、先行きは世界経済の減速や金利上昇により景気は一段と弱含む」として、「今年の経済成長率は+2.1%に据え置くが、来年は+1.7%と従来見通し(+2.1%)から下方修正する」とした。また、物価動向について「しばらくは5%台の高水準での推移が見込まれる」としつつ「今年のインフレ率は+5.1%、来年は+3.6%と従来見通し(それぞれ+5.2%、+3.7%)をやや下回るが、為替や商品市況、景気動向の影響を受ける」との見方を示した。金融市場を巡っては「ウォン相場は底入れする一方、短期金融市場では不渡りをきっかけとするプロジェクトファイナンス資産流動化企業手当(PF-ABCP)の利回り上昇のほか、家計債務も頭打ちして不動産価格の低下も続いている」とした。その上で、政策運営について「金融市場の安定や景気動向を注視しつつ、中期的な物価安定の実現が重要」とした上で「景気は減速基調にあるが物価は目標を大きく上回ると見込まれるなかで利上げの継続は正当化される」とし、先行きは「物価高の持続度や景気動向、主要国の金融政策と金融市場の動向、地政学リスクなどを見極める」との従来の姿勢を維持した。また、会合後に記者会見に臨んだ同行の李昌鏞(イ・チャンヨン)総裁は今回の決定について「全会一致であった」とし、中立金利を巡って「3名が3.50%、1名が3.25%、2名が3.75%と想定している」とした上で「利下げの時期を議論するのは早過ぎる」と述べた。なお、PF-ABCPを巡る短期金融市場の動揺に関連して「流動性リスクに対応する新たな政策対応は準備出来ている」と述べるなど、金融市場の懸念に対応する考えを示した。ただし、中立金利が近付いており一段の金融引き締め余地が限定的となっている上、社債市場を巡る不透明感の顕在化などの問題を抱えるなか、米FRBはあくまで利上げペースを縮小させるだけで利上げ自身を止める訳ではないことを勘案すれば、ウォン相場を取り巻く状況に再び厳しさが増す可能性はくすぶると予想される。

図表1
図表1

図表2
図表2

図表3
図表3

以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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