韓国中銀、ウォン安による物価上昇を警戒して2会合ぶりの大幅利上げ

~ウォン安対応の手詰まり懸念に加え、内外経済の不透明感の高まりも重なり状況は極めて厳しい~

西濵 徹

要旨
  • 12日、韓国中銀は5会合連続の利上げ実施に加え、利上げ幅を2会合ぶりに50bpに引き上げるタカ派傾斜を強める決定を行った。足下の世界経済は減速が懸念される一方、米FRBなど主要国中銀のタカ派傾斜は新興国で資金流出を招くなか、韓国では対外収支の悪化に加え、北朝鮮を巡る地政学リスクも嫌気されている。中銀は昨年8月以降断続的な利上げとともに、為替介入による通貨防衛に動くもウォン相場は先月末に一時13年半ぶりの安値を更新した。こうしたことも中銀のタカ派傾斜を後押しする一方、今回の決定は票が割れるなど政策委員の間で認識が分かれている模様である。さらに、介入に伴い外貨準備は金融市場の動揺への耐性低下が懸念されるなど、当局の対応への手詰まり感も否めない。世界経済及び国際金融市場を取り巻く不透明感が強まる懸念があるなか、韓国を巡る状況は一段と厳しくなる可能性が高まっている。

このところの世界経済を巡っては、中国の『ゼロ・コロナ』戦略への拘泥が中国景気のみならず、サプライチェーンを通じて世界経済の足かせとなっている上、商品高による世界的なインフレを受けて米FRB(連邦準備制度理事会)など主要国中銀がタカ派傾斜を強めるなかで物価高と金利高の共存が欧米など主要国経済の重石となるなど、全体として景気減速が意識される状況にある。また、米FRBなど主要国中銀のタカ派傾斜の動きは世界的なマネーフローに影響を与えており、なかでも経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)の脆弱な新興国に資金流出の動きが集中するなど、世界経済の不透明感を招く一因となっている。なお、韓国は1990年代末のアジア通貨危機を受ける形で危機的状況に陥ったものの、その後の経済改革などを受けてここ数年は経常収支が黒字基調で推移するなど、経済のファンダメンタルズの改善が進んできた。しかし、このところの商品高による輸入増が進む一方、最大の輸出相手である中国景気の減速懸念は輸出の重石となる形で足下の貿易収支は赤字基調で推移しており、この動きを反映して黒字基調が続いた経常収支も赤字に転じるなど対外収支を取り巻く状況は急激に悪化している。また、足下では北朝鮮による相次ぐミサイル発射を受けた地域情勢の緊迫化も懸念されるなかで資金流出の動きが強まり、先月末には通貨ウォンの対ドル相場は一時13年半ぶりの安値となる事態となっている。一部に資金流出に伴う通貨安の進展を受けて新興国が通貨危機に陥ると警戒する向きがあるが、1990年代に通貨危機に陥った国々は固定相場制を採用しており、資金流出による通貨安を受けて為替介入を通じた安定を図らざるを得ず外貨準備の枯渇を招いたが、変動相場制を採用する現状では制度的に為替安定を図る必要性は低下している(注1)。他方、このところの商品高を受けて食料品やエネルギーなど生活必需品を中心とするインフレの顕在化に加え、コロナ禍からの景気回復も追い風にインフレは昂進するなか、インフレ率及びコアインフレ率はともに中銀の定めるインフレ目標を上回る水準で推移しており、資金流出による通貨ウォン相場の調整の動きは輸入物価を通じて一段のインフレ昂進を招くことが懸念される。また、コロナ禍対応を目的とする金融緩和の長期化によるカネ余りを受けて不動産市況は高騰を招くとともに、その背後では家計部門の債務が拡大の動きを強めるなど金融セクターのリスク要因が高まる動きがみられた。

図表1
図表1

図表2
図表2

こうした動きを受けて、中銀は昨年8月以降断続的な利上げに動いてきたほか、今年7月にはアジア通貨危機以降初となる大幅利上げに動くなどタカ派姿勢を強める一方(注2)、物価高と金利高の共存が景気に冷や水を浴びせる懸念が高まったことを受けて8月の定例会合では利上げ幅を縮小させるなどタカ派姿勢を後退させた(注3)。しかし、中銀によるタカ派姿勢の後退の動きを受け、上述のように米FRBなど主要国中銀がタカ派傾斜を強めるなかで『タカ派度合いの差』を理由にウォン安が加速しており、中銀は物価及び為替の安定を図るべく単独での為替介入に動いている模様だが、金融市場の大きな流れを変えるには至らない一方で外貨準備は急減するなど金融市場の動揺への耐性が低下するなど弊害も顕在化している(注4)。このように物価及び為替を取り巻く状況は厳しさを増すなか、中銀は12日の定例会合において5会合連続の利上げを決定するとともに、2会合ぶりに利上げ幅を50bpに引き上げるなどタカ派傾斜を強めており、政策金利は約10年ぶりの3.00%となる。なお、中小企業向けの資金支援を目的とする流動性供給策(Bank Intermediated Lending Support Facility)の適用金利の引き上げ幅は25bpを維持するとともに(1.25→1.50%)、コロナ禍対応を目的とする中小企業向け貸付の適用金利は0.25%に据え置いている。会合後に公表した声明文では、今回の決定について「インフレが高止まりするなかでウォン相場を巡るリスクが一段のインフレ圧力を招く懸念への対応を強化した」とする考えを示した。その上で、世界経済について「物価高や米FRBによるさらなる引き締め、ウクライナ情勢悪化の長期化を受けて減速が続いており、先行きも主要国の金融政策や米ドル相場の動向、地政学リスクの影響を受ける」とする一方、同国経済は「家計消費は回復が続くも外需の鈍化が景気の重石になるなか、今年の成長率見通しは8月時点の予想(+2.6%)に沿っているが、来年は8月時点の予想(+2.1%)を下回ると見込まれる」としている。また、物価動向について「高止まりするなか、先行きはウォン相場が一段のインフレ圧力を招き、インフレ率は相当期間+5~6%で推移する」とし、「物価見通しは8月時点の予想に沿うがウォン相場や主要産油国の減産などに伴う上振れリスクに晒される」とした。金融市場を巡っては「ウォン相場の調整などボラティリティが上昇している」とした上で、懸念材料となってきた家計債務について「やや減少するとともに不動産市況も調整している」との認識を示した。政策運営については「金融市場の安定や景気動向を注視しつつ、中期的な物価安定の実現が重要」とした上で「景気は減速基調にあるが物価は目標を大きく上回ると見込まれ、利上げ継続が正当化される」との認識を示し、先行きは「物価高の持続度や景気動向、主要国の金融政策と金融市場の動向、地政学リスクなどを見極める」との従来姿勢を維持している。また、会合後に記者会見に臨んだ同行の李昌鏞(イ・チャンヨン)総裁は、今回の決定について「全会一致ではなかった」として「朱尚栄(チュ・サンヨン)委員と辛星煥(シン・ソンファン)委員が反対票を投じた」ことを明らかにした。その上で、「政策委員の大半は中立金利を3.5%と想定している」として利上げ局面の終了が近付いていることを示唆する一方、「米韓金利差拡大による資本流出リスクを検証している」として米FRBの動向を注視する考えを示した。なお、足下のウォン安について「円や人民元の対ドル相場の調整が影響を与えている」として韓国独自の要因に拠るものではないとの認識を示した。また、「不動産市況は一段と調整するだろう」として、先行きは逆資産効果による家計消費への悪影響や銀行セクターを巡るリスクが高まる可能性に言及するなど難しい対応が迫られている。他方、ウォン安懸念を受けた為替介入により足下の外貨準備は減少ペースが加速しており、IMF(国際通貨基金)が示す国際金融市場の動揺への耐性の有無を示す適正水準評価(ARA:Assessing Reserve Adequacy)は『適正水準(100~150%)』の下限を下回るなど、耐性が急速に失われている様子もうかがえる。中銀や政府にとってはウォン安阻止に向けた対応の『手詰まり感』も意識されるなか、世界経済及び国際金融市場を取り巻く環境に不透明感が強まることが懸念されるなかで先行きは一段と難しい対応を迫られることになろう。

図表3
図表3

図表4
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以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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