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総合経済対策:電気代・ガス代の問題点

~価格補助がもたらす隠れた円安圧力~

熊野 英生

要旨

政府は、総合経済対策を打ち出した。その中核は、電気代・ガス代の値上がりを抑える対策である。しかし、その対策はきちんと2023年9月で終了できるのか。灯油・ガソリンの補助の二の舞にならないように、先のことを決めて始めなくてはいけない。日本は、化石燃料を使いすぎて、経常収支の赤字が恒常化するリスクさえある。赤字化が円安を促すのならば、物価対策として自己矛盾だ。

光熱費の軽減策

政府は、10月28日に総合経済対策を打ち出す。その中でも、電気代・ガス代の引き下げは中核の対策になる。その効果は、標準家庭(月260キロワット使用時)の電気料金を20%(9,126円→7,306円)ほど引き下げる(図表1)。また、ガス代では、▲13.9%(モデル世帯6,461円→5,561円)の押し下げである。プロパンガスには適用されない。

図表1
図表1

政府は、この2つの実質値下げに加えて、既存の灯油・ガソリンなどの価格抑制を延長する効果を見込んで、月5,000円となると計算する(家計調査ベースより少し金額が大きい)。2023年1~9月の期間では、光熱費を4.5万円ほど軽減すると見込んでいる(ガソリンは交通費だが、光熱費の中に入れているようだ)。政府は、家計を中心に考えているが、企業向けにも電気代を家計向けの半分の割合で補助する方針だ。1kwh当たり3.5円の補助になる。

これを消費者物価に当てはめて考えると、2023年1~9月にかけて▲0.84%ポイントの押し下げになる。今後の消費者物価指数(除く生鮮食品)は、10月に前年比3.5%程度までジャンプすると筆者はみているが、対策効果によって2023年1~3月は再び2%台の伸び率に戻るだろう。2022年度の前年比は、2.8%になると筆者は見通している(日銀の展望レポートは2.9%)。なお、政府は、10月11日から旅行支援を再開するが、その効果は小さい。

本当に9月末で終われるか?

最近の政府の対応は、少し近視眼的だと思う。ガソリン・灯油などの価格補助も1月に始めて、延長に継ぐ延長でその予算は3兆円を超過している。何か出口なき緩和政策に似ている。こうした緊急避難的な対策は、始めるときにきちんと出口を考えていなくては、終わるに終われなくなる。例えば、2023年10月に電気代・ガス代が元に戻されるとしよう。電気代が20%上がることに、岸田政権は耐えられるだろうか。その痛みを嫌って、また延長される可能性は小さくない。

考えるべきことは、2023年10月までに発電コストを引き下げて、20%の電気代の上昇が起こらないようにする手立てを用意しておくことだ。原発の再稼働やその先の新増設まで具体的に検討を進めた方がよい。また、再生エネルギーの一段の普及があってもよい。化石燃料に依存する現状をそのまま延長することだけは避けたい。

バラマキなのか?

今回の総合経済対策は、タイミングが悪かった。英国のトラス政権は、経済政策の失策でわずか45日で崩壊した。バラマキ政策が市場からNOを突きつけられたからだ。日本は、経常黒字国だから安泰などと安穏としていると、手痛いしっぺ返しを受ける。筆者の日本の経済対策が、英国と同じように財源の当てを考えていないバラマキ政策ではないかと、多くの人から質問されている。

筆者は、電気代・ガス代の補助に止まるのならば、決してバラマキではないと考える。この対応自体は、物価高騰の痛みに向き合うものだ。消費者物価の中で、従来の灯油・ガソリンはウエイトが2.2%と小さかった。電気代・ガス代(除くプロパンガス)は4.35%とより大きい。従って、物価抑制は、従来の物価対策よりも大きい。

しかも、従来の給付金のように、ばらまかれるものではなく、電気・ガスを使用した人に直接恩恵が及ぶ。給付金のように、単に貯蓄されることもない。コスト高に苦しむ中小企業にも緩和効果がある。

政府の中には、物価対策という名目で、歳出規模を膨らませたいという圧力が抜き難くある。総合経済対策では、一般会計で29.1兆円という巨大な規模になる見通しだ。インフレ対策に、巨大な財政出動をするというのは経済学では論理矛盾とされる。英国の政権もそこに注意を払わずに、大失敗した。日本は、電気代・ガス代の補助を中核にすることで、給付金に流されやすい状況に、何とか歯止めをかけようとしている。

経常赤字と化石燃料

今回の対策の矛盾は、電気代・ガス代を抑制することで、間接的に化石燃料消費を後押ししてしまっていることだ。これは、脱炭素化にも反する。菅前首相は、カーボンニュートラルを決断し、2030年まで、温室効果ガスの排出量を2013年比▲46%削減させると公約した。こうした方針は、前首相なりの国家観が伝わるものだ。

しかし、それを引き継いだ岸田政権には、現状維持的なものが目立つ。電気代・ガス代を2023年9月まで補助して、もしも、10月以降も何かしらの補助を加えると、2030年の温室効果ガスの半減目標に矛盾しないのか。あと5~6年間の猶予があるからよいという風にはならないだろう。

実は、最近は経常収支が赤字化している(図表2)。もちろん、季節的な変動で赤字化することは何度かあった。しかし、現在は、季節調整値でみて、2022年6・7月と連続赤字である。連続赤字は、遡及可能な1996年以降では始めてだ。原因は、化石燃料の輸入量が多くて、円安になると、貿易赤字が膨らむからだ。2011年の東日本大震災以降、原発稼働が停止していることが大きい。岸田首相は、冬場を乗り切るために最大9基の原発稼働を再開するように指示を出した。しかし、それだけでは十分ではない。

図表2
図表2

もしも、今後、経常収支の赤字が拡大することになると、それ自体が円安圧力になる。円安によって輸入コストが上昇すると、それは物価対策に反する。物価上昇の痛みを財政を使って緩和することを続けることになりかねない。

日本が円安スパイラルに陥らないためにも、電気代・ガス代の支援は2023年9月で打ち切って、その後は過度な化石燃料の消費に依存しない体制を作る必要がある。

熊野 英生


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熊野 英生

くまの ひでお

経済調査部 首席エコノミスト
担当: 金融政策、財政政策、金融市場、経済統計

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