賃上げで格差は広がっているのか?

~賃金の「多面的フラット化」が進む~

星野 卓也

要旨
  • 企業規模・業種・性別・地域・年齢階層の5軸で賃金格差を分析。いずれの軸でも格差は縮小トレンドにあり、賃金の上がり方は高賃金層でより小さく、低賃金層でより大きくなる傾向。賃金の多面的フラット化が進んでいる。

  • 人手不足を背景とした賃金上昇は「労働需給に拠らない賃金差」を縮小。人口動態を踏まえると同様の傾向は続きそうだ。格差是正は基本的にポジティブな現象といえるが、大企業や高賃金産業など追いつかれる側は賃金体系の見直しなどの対応を求められることになる可能性が高い。

目次

賃金は「多面的フラット化」が進んでいる

賃上げ気運が高まる中、その「上がり方」にも注目が集まっている。報道などでも賃上げが初任給など若年層の賃上げをより重視したものとなっており、ミドル・シニア層の恩恵が相対的に小さい点、賃金カーブのフラット化が進んでいる点が示されている。

ただし、賃金の上がり方の差をみるうえで、軸は年齢だけではない。今回、厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」を用いて、複数軸での賃金格差の長期的な推移を確認してみた。具体的には、企業規模×業種×性別×地域×年齢階層の5つの軸ごとの所定内賃金(フルタイム労働者)について、それぞれ2008年・2013年・2018年・2023年の5年おきのデータセットを構築し、それぞれの軸について変動係数を算出した。変動係数はデータのばらつきを示す標準偏差を平均値で割って標準化したものであり、相対的な格差の指標として用いることができる。結果は資料1だ。昨今話題となっている「年齢」の軸のみでなく、その他の軸で見ても賃金格差は低下する傾向にあることがわかる。

高賃金セクターの上がり方が小さい

以下の資料2~4では今回分析対象とした5軸について、2013年と2023年の値をプロットしてここ10年間の動向を確認したものである。資料1でみたように賃金格差はいずれの軸でも低下しているが、賃金の上がり方は高賃金層でより小さく、低賃金層でより大きくなる傾向があることが確認できる。

労働市場のメカニズムが賃金の多面的フラット化を促す

概して、賃金水準の低い中小企業やサービス業、若年層や地方は人手不足の度合いがより大きい。労働需給のメカニズムは、人手不足度合いが大きく、賃金の低い部分の賃金上昇をより大きく促している。労働市場のメカニズムは総じて、「〇歳だから高賃金」「大企業だから高賃金」といった「労働需給に拠らない賃金差」を縮小する方向に働いているといえよう。生産年齢人口の下で人手不足が続くことが予想される中、同様の傾向は続く可能性が高いのではないか。

基本的に賃金格差の縮小、賃金カーブのフラット化は日本経済にとってポジティブに捉えてよい事象であろう。地方の賃金が東京にキャッチアップするようであれば、地方で働く魅力は相対的に高まり、東京一極集中の問題を緩和することになりうる。より働く人の多い中小企業の賃金が大企業にキャッチアップしていることは、賃金上昇の裾野の広がりという観点でも重要だ 。低年齢層の賃金上昇によって、年功序列の賃金体系が徐々に是正されていることは、若年層の所得環境改善を通じて結婚や出産の金銭面のハードルを低くすることにもつながるだろう。また、年功序列賃金の是正は同じ企業にとどまり続けることのメリットを低下させ、労働者の転職や労働移動を促す作用をもたらそう。高生産性・高賃金職への労働移動の拡大にもつながる可能性がある。

一方で、追いつかれる側(大企業・東京・高賃金産業・40/50代の高賃金層など)は、今後も様々な面での対応を求められるだろう。賃金格差の縮小は、賃金水準の高さによって雇用者を集めていた企業にとって、その相対的優位が薄らいでいることと同義だ。また、労働者側からすると、年功序列賃金の是正は、管理職などより責任の重い立場へと昇格することに対する魅力が薄まることにもつながっている。企業側は従来の職務の在り方のほか、同じ年齢の社員に対する賃金のメリハリをつける、といった賃金体系の見直しを一層迫られることとなろう。

以上

星野 卓也


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星野 卓也

ほしの たくや

経済調査部 主席エコノミスト
担当: 日本経済、財政、社会保障、労働諸制度の分析、予測

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