インフレ課税と闘う! インフレ課税と闘う!

参議院選挙と物価対策

~「黄金の3年間」に岸田首相は何をしたいのか?~

熊野 英生

要旨

参議院選挙では、自民党が単独過半を獲得して大勝利となった。今後の注目は、「黄金の3年間」を手にした岸田首相が、物価対策と成長戦略にどう向き合うかである。日銀との共同声明を見直すことに踏み出すかにも注目したい。

物価上昇でも与党大勝利

7月10日に参議院選挙の投票が行われた。自民党は63議席を獲得し、改選前55議席を大きく上回った。63議席の獲得は、非改選議席数を加えると、単独過半数を超える議席数になる。これに公明党13議席を併せると、与党76議席になる。この大勝は、仮に次回の参議院選挙で与党が大敗して過半数を維持できなくなる可能性を低める意味で、政権安定を意味する。

選挙明けの7月11日の日経平均株価は、寄付後に前日比+400円以上も上昇した。これは、政権安定を好感したものだと考えられる。

最近は、各国与党が選挙で予想外の苦戦を強いられることが続いていた。オーストラリア、韓国は政権交代が起こった。フランスでは、大統領予備選挙の第1回目投票でマクロン大統領がルペン候補に猛追された。物価上昇への不満が現職に厳しい投票結果をもたらしたとされる。今回の日本の参議院選挙は、物価高騰はテーマになったものの、それが野党の追い風にはならなかった。理由は、野党の給付金・消費税減税・最低賃金引き上げが、十分な対策ではないと考えられたからであろう。

野党は、対案を出して批判票の受け皿になるのに失敗している。参議院選挙の論戦では、各党間の物価対策を巡る議論が深まらず、物価上昇を受け止めるだけの受動的な対策に終始した。給付金などでは、歯痛に対して治療をせず、痛み止めを飲み続けるような対処法である。もっと経済政策に関する「治療法」の知見を示してほしかった。

岸田政権の課題

参議院選挙で勝利をしたことで、岸田政権は当分の間、選挙をしないで済むという意味で「黄金の3年間」を手にした。この3年間は、政策的な自由度が高いとされる。

しかし、慢心は禁物だ。仮に、今以上に大きく物価上昇が進めば、内閣支持率が低下して求心力を失うだろう。引き続き、物価上昇への備えを怠ってはいけない。選挙戦で岸田首相は、ガソリン価格高騰を抑制する補助金支給や、電気代の負担減につながる節電ポイントを物価対策として挙げていた。これらは、財政資金を用いた家計支援策であるが、それらの効果は十分とは言えない。

今回の物価上昇は、日銀の金融緩和によって円安が助長されていることもある。筆者には、日銀の金融緩和は過剰だと目に映る。おそらく、その過剰な金融緩和の根拠は、2013年1月に政府が日銀と結んでいる共同声明にあるのだろう。政府は、一方で物価上昇を問題視していて、もう片方で物価2%を日銀に求める共同声明を放置していて、両者は矛盾していると考えられる。2013年1月の共同声明は、まだ2%の物価上昇がどれだけの痛みになるかが理解されていなかった時期の約束だ。それが誤っていたことを認めて、共同声明を逆に過度な物価上昇の抑制に書き変えることが必要だろう。日銀自身には、そうした大胆な方針転換をする能力はないので、岸田首相の手腕が期待される。

「黄金の3年間」に何をするか?

岸田政権に対する金融市場の注目点は、参議院選挙が終わって、いよいよ岸田首相が望んでいる主要政策を打ち出すのではないかという展望である。すでに、岸田首相は「新しい資本主義」を標榜しているが、その中身からは今一つ新しさが伝わってこない。賃上げ促進にしても、税制だけでは威力は乏しい。2022年度のベースアップ率が0.6%程度では、所得倍増にはほど遠いと感じられる。

筆者は、岸田政権には成長戦略を描き直してほしい。長期政権となった安倍政権も、当初の「3本の矢」の中に成長戦略があったからこそ、求心力が得られた。

現下であれば、円安環境を利用して、日本の輸出倍増を目指すことが、ひとつの有力案になる。製造業が輸出拡大を通じて収益を上げれば、そこから賃上げに動くことができる。非製造業も、以前とは違って、電子商取引(EC)を使うことができる。輸出の変形として、インバウンド拡大もある。これは、訪日外国人を増やすことで、海外の消費者を輸入するのと原理的には同じことだ。

輸出拡大は、現在の円安デメリットに対する世論の批判を和らげることにもなる。円安はデメリットだけではなく、メリットがあるという説明ができる。また、日銀の金融緩和に依存しなくても、輸出拡大の恩恵が得られる体制づくりという点でも、説得力がある。そうした成長戦略は、政府が過度に金融・財政政策に依存しないためにも有効であろう。

熊野 英生


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

熊野 英生

くまの ひでお

経済調査部 首席エコノミスト
担当: 金融政策、財政政策、金融市場、経済統計

執筆者の最新レポート

関連レポート

関連テーマ