パキスタン、シャリフ新政権発足も不安だらけの船出

~カーン前首相支持者の反発は強く政治混乱の長期化は必至、経済安定の道筋も描きにくい状況~

西濵 徹

要旨
  • パキスタンでは2018年の総選挙後に誕生したカーン政権の下、経済危機からの脱却を目指したが、コロナ禍や財政健全化路線が足かせとなった。足下ではインフレ昂進が国民の不満を招き、野党は議会に内閣不信任案を提出したが、カーン氏は議会解散に動く「不信任案潰し」に動いた。しかし、最高裁は議会解散を違憲と判断し、内閣不信任案が審議された結果、賛成多数で可決され、カーン氏は即日失職する事態となった。
  • 議会では11日に議員による首相選出選挙が行われ、シャバズ・シャリフ氏が新首相に選出された。シャリフ氏はナワズ・シャリフ元首相の弟であり、国軍と親しい関係にある上、パンジャブ州知事として巨額のインフラ投資を主導した実績があり、混迷が続く経済の立て直しが喫緊の課題となっている。他方、カーン氏の支持者は反発を強めており、カーン氏に近い多数の議員が辞職するなど、今後行われる補欠選挙の結果如何では政権運営を揺さぶることが懸念される。政権発足後も与党連立内のポスト調整に手間取る様子がうかがえる。通貨ルピー相場も政治混乱を嫌気して調整圧力がくすぶり、政権は船出早々から不安が山積している。

パキスタンでは、2018年の総選挙でクリケットの元スター選手であったイムラン・カーン氏が率いるパキスタン正義運動(PTI)が国軍の支援も追い風に第1党となり、その後にカーン氏が首相に選出されて政権が発足した。なお、政権発足時点の同国は景気低迷や財政悪化による経済危機が懸念されたため、同政権はIMF(国際通貨基金)などからの財政支援による経済の立て直しに奔走する動きをみせた。ただし、一昨年来のコロナ禍は同国経済に深刻な悪影響を与える一方、IMFからの支援受け入れと引き換えに財政健全化を迫られており、政権は所得税増税や燃料価格の引き上げなどを進めるなど、景気回復の道のりに『足かせ』が嵌められる展開が続いてきた。こうしたなか、昨年来の世界経済の回復による国際商品市況の上昇に加え、足下ではウクライナ情勢の悪化を受けて幅広い商品価格が上振れして生活必需品を中心にインフレが昂進するなど、政策運営に対する国民の不満が高まってきた。他方、国際金融市場では全世界的なインフレ懸念を理由に米FRB(連邦準備制度理事会)など主要国中銀を中心にタカ派姿勢への傾斜を強めるなか、経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)が脆弱な新興国を取り巻くマネーフローは変化を余儀なくされている。足下のパキスタンはインフレ昂進が続くなか、経常赤字と財政赤字の『双子の赤字』が慢性化して外貨準備高は過小状態となるなど、経済のファンダメンタルズは極めて脆弱であり、資金流出による通貨ルピー安が輸入物価を通じてインフレのさらなる昂進を招く悪循環が懸念される状況にある。こうした政策運営を巡って政権発足当初は関係が良好であった国軍との間に『すきま風』が吹いているとされるなか、議会では野党が政権批判を強めるとともに、与党連立内でも造反の動きが広がったため、先月末に野党は内閣不信任案を提出した。採決が行われれば可決される可能性が高まっていたが、審議入りを前に審議自体が却下されるとともに、カーン氏が議会下院を解散するなど先手を打つ対応をみせた(注1)。しかし、野党は一連の対応に対する司法判断を求めた結果、最高裁判所は憲法違反を理由に無効とする判断を下し、議会下院に対して内閣不信任案の審議を行うよう指示する決定を行った(注2)。その後、最高裁の要請に基づく形で今月9日に内閣不信任案の審議が開始されたが、13時間にも及ぶ審議を経て翌10日に採決が行われた結果、与党連立の一部が賛成に回ったことで可決されるとともにカーン氏は失職した。

なお、議会下院では翌11日に議員による首相選出選挙が行われ、PTIはカーン政権下で外相を務めたクレシ氏を首班候補としたものの、クレシ氏は投票直前に議員辞職を表明して投票自体をボイコットした。結果、総選挙後に第2党となったPML(N)(パキスタン・イスラム教徒連盟シャリフ派)と第3党のPPP(パキスタン人民党)など計8つの政党が連立を組む形で多数派を形成するとともに、PML(N)のシャバズ・シャリフ氏が選出されて新首相に就任した。シャリフ氏は過去に3度首相を務めたナワズ・シャリフ氏の弟であり、自身も同国中部のパンジャブ州知事を3期に亘って務めるとともに、州知事時代には巨額のインフラ投資計画を推進するなどの実績があるほか、国軍とも良好な関係を有している。シャリフ新政権にとっては、カーン前政権の崩壊に至った政治混乱の収束を図るとともに、外部環境の影響を含めて昏迷状態が続く経済状況の収束に取り組むことが喫緊の課題となっている。他方、この結果を受けてカーン前首相に近い多数の議員が一斉に辞職しており、議会下院においては4割弱もの議席が空白となる異常状態となっているほか、カーン氏の支持者は新政権に対する反対デモを主導するなどの動きもみられる。さらに、今後は2ヶ月以内にこれらの議席を巡って補欠選挙が行われる予定であり、その結果如何ではシャリフ新政権による政権運営を揺さぶることが考えられる。また、新首相の選出から1週間以上経った19日に閣僚名簿が発表されて正式に政権が発足したものの、連立を組む8政党の間でポストを巡る調整が長引いているとされるなか、主要ポストが依然として空白であるなど政権運営に不安を残す動きもみられる。通貨ルピー相場は7日に中銀の大幅利上げの決定を受けて調整の動きに一服感が出たものの、その後は政治混乱の長期化を嫌気して再び調整に転じており、物価安定に向けた道筋は描けない状況が続いている。シャリフ政権は発足早々から厳しい船出に直面している。

図 1 国民議会(下院)の党派別議席数
図 1 国民議会(下院)の党派別議席数

図 2 ルピー相場(対ドル)の推移
図 2 ルピー相場(対ドル)の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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