パキスタン最高裁、首相の議会解散に違憲の判断、政権崩壊は不可避か

~中銀は緊急利上げでルピー安に対応の一方、政局混乱で経済安定化の道筋は不透明感がくすぶる~

西濵 徹

要旨
  • パキスタンでは、2018年の総選挙後に発足したカーン政権の下で経済危機に対応したが、一昨年来のコロナ禍や財政健全化路線が景気の足かせとなってきた。さらに、足下ではインフレ昂進を受けて政権運営に対する国民の不満が高まっている。こうしたなか、野党は議会に内閣不信任案を提出したが、与党の副議長は審議を却下したほか、カーン首相は議会解散を宣言する「不信任案潰し」に動いた。ただし、最高裁は審議却下及び議会解散に対して違憲判断を下し、9日に内閣不信任案の審議を行うよう指示した。他方、政局混乱による通貨ルピー安の加速に対応して7日に中銀は緊急利上げを決定した。与党連立内で造反の動きが広がるなかで政権崩壊は不可欠とみられるが、経済安定に向けた道筋は不透明な状況が続くであろう。

パキスタンでは、2018年に実施された総選挙(国民議会(下院)選挙)を経て誕生したカーン政権の下、伝統的友好国であるサウジアラビアやUAE(アラブ首長国連邦)、中国からの経済支援のほか、IMF(国際通貨基金)からの財政支援を受けることで、景気低迷や財政悪化をきっかけとする経済危機に陥る懸念に対応した。しかし、一昨年来のコロナ禍が景気に冷や水を浴びせるとともに、IMFによる支援受け入れと引き換えに財政健全化を迫られており、足下ではコロナ禍を巡る状況は最悪期を過ぎるも、景気に足かせがはめられる展開が続いている。現政権は財政健全化を図るべく、所得税増税のほか、ガス及び電気料金の引き上げを実施するなどの取り組みを進める一方、景気回復が遅れるなかで昨年来の世界経済の回復を追い風とする国際商品市況の上昇は、食料品やエネルギーなど生活必需品を中心とするインフレを招いており、国民の間に不満が高まってきた。さらに、足下ではウクライナ問題の激化を受けて原油や天然ガス、石炭などのエネルギー資源のみならず、小麦や大豆、トウモロコシなど穀物も含めて国際商品市況は上振れしており、インフレ圧力が一段と高まることが懸念される。他方、国際金融市場では国際商品市況の上振れによる世界的なインフレ懸念の高まりを理由に、米FRB(連邦準備制度理事会)をはじめとする主要国中銀がタカ派姿勢を強める動きをみせており、経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)の脆弱な新興国を取り巻くマネーフローは変化しつつある。足下のパキスタンはインフレの昂進に加え、経常赤字と財政赤字の『双子の赤字』を抱える上、外貨準備高は月平均輸入額の2ヶ月分に留まるなど経済のファンダメンタルズは極めて脆弱であり、通貨ルピー相場に調整圧力が掛かるなど輸入物価を通じたインフレのさらなる昂進が懸念される状況にある。2018年の総選挙においてカーン政権を支える与党PTI(パキスタン正義運動)が躍進した背景には、国軍からの支援が取り沙汰されたものの、その後の政権運営を巡って国軍との間に『すきま風』が吹いている模様である。結果、PTIは少数政党などとの連立により議会で多数派を形成したものの、足下では野党勢力を中心に現政権の政策運営に対する批判を強めるなか、与党連立内で造反の動きが広がっている。こうしたなか、先月末に野党は議会に内閣不信任案を提出し、採決が行われれば可決される可能性が高まっていたものの、今月3日の議会下院での審議入りを前に議会運営に当たるカシム・スリ副議長が国益に反することを理由に審議を却下し、直後にカーン首相が議会下院の解散をするなど内閣不信任案の審議前に先手を打つ対応をみせた(注1)。野党は政権及び与党による一連の内閣不信任案潰しを受け、最高裁判所に対して副議長による内閣不信任案却下、カーン首相による議会下院の解散に関して司法判断を求めるなど徹底抗戦を図る動きをみせた。こうしたなか、最高裁は7日に副議長による内閣不信任案却下、カーン首相による議会下院の解散のいずれに対しても憲法違反で無効との判断を下した。この判断を受けて議会下院のすべての議員が復職されるとともに、議会下院に対して9日に内閣不信任案の審議を行うよう指示するなど、カーン首相にとっては権力維持に向けた『外堀を埋められる』格好となった。上述のように与党連立内で造反の動きが広がっていることを勘案すれば、内閣不信任案が採決されれば可決され、それに伴いカーン首相は退任を余儀なくされる可能性が高まっている。このように政局混乱による実体経済への悪影響が懸念されるなか、7日に中銀は緊急の金融政策委員会を開催して、政策金利を250bp引き上げて12.25%とする決定を行うなど、大幅利上げに踏み切る動きをみせた。同行は緊急利上げの理由に、インフレ見通しの悪化やウクライナ情勢の悪化による外部要因を巡るリスクに加え、政局を巡る不確実性の高まりを挙げるなど、足下におけるルピー相場の急落に対応したとみられる。他方、内閣不信任案の可決、ないし、カーン首相の退任により政権は崩壊したとしても、いずれの政党も単独で半数を上回っておらず、政党間の合従連衡による多数派工作が強まることが予想されるものの、経済の安定に向けた取り組みが進むかは極めて不透明な状況が続くと見込まれる。

図 1 インフレ率の推移
図 1 インフレ率の推移

図 2 ルピー相場(対ドル)の推移
図 2 ルピー相場(対ドル)の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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