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政府の物価対策の考え方

~1回切りの財政支援では限界~

熊野 英生

要旨

政府は4月末までに物価対策を発表する方針である。ガソリン対策などを拡充するようだ。しかし、物価上昇は継続するだろうから、1回切りの財政支援では、"痛み止め”を飲むように限界がある。むしろ、岸田首相の方針に沿って、分配を増やすことで企業の価格転嫁が進みやすいようにすることが本質的な解決になる。

目次

参院選前に物価対策

政府は、2022年4月末までに物価対策を発表する見通しだ。予備費を使って、ガソリン・灯油の補助を広げる対応が報じられている。

しかし、補助金を使った物価支援では、一時的な効果しか見込めない。それは"痛み止め”を飲むような効果しか見込めない。参議院選挙が7月にあるとしても、もっと長い期間を視野に入れた物価対策であった方がよい。インフレは一時的ではなく、継続的なものだからだ。1回切りの財政支援を中核に据えていると、効果的な物価対策は行えない道理である。

今、岸田政権は分配重視を経済政策の柱に据えている。このことは、物価対策としても、ぴったり目的が一致する。物価上昇で困っているのは、価格転嫁が進まずに収益悪化を余儀なくされている中小企業である。なぜ、価格転嫁ができないかと言えば、消費者の収入が増えずに、値上げが通りにくいからだ。最大の物価対策は、賃上げをさらに加速して、消費者の段階での価格転嫁をよりスムーズにすることだ。中小企業が価格転嫁をスムーズにできるための働きかけとは、消費者の収入を継続的に増やすことだ。岸田首相は、今までの方針をぶらすことなく、真っ直ぐに進めばよい。

賃上げ促進の課題

2022年度の賃上げは、連合の途中集計では、0.5%程度のベースアップ率になりそうだ(4月14日集計では0.62%)。この集計値は、大企業が中心で、中堅・中小企業は夏場にかけて賃上げが進んでいく。人件費を構成する約半分は、中堅・中小企業が占めているから、今後、賃上げペースを上げていく働きかけに意味はある。そう考えると、昨年末に決めた賃上げ促進税制を拡充することは一案として考えられる。今、中小企業は仕入コストの上昇によって赤字転落の懸念を抱いている。現状、赤字企業には還付されないことになっている。だから、賃上げによって法人税が還付される仕組みを、たとえ赤字の場合であっても繰り越しで還付できるようにすればよい。この制約は、仕入コストが上昇している中では使いにくい。期中の税制見直しは難しいが、中小企業の賃上げを促進しようとすれば、赤字の不安を抱えている企業でも、減税効果を使えるようにすることが望ましい。

最近のサービス業の状況をみると、人手不足がさらに深刻化している。まん延防止措置の解除後も、営業時間を21:00から22:00までしか延長しない飲食店も目に付いた。その理由を聞くと、従業員が集まらず、やむを得ず営業終了を早めているという。サービス業の人手不足を解消するには、新規採用者の時給を上げるしかない。コロナ禍では、赤字を余儀なくされた企業が多く、そうした先が賃上げ促進税制を使えない、あるいは使いにくい状況は何とも矛盾を感じる。

円安からの修正

エコノミストのほとんどは、日銀が物価上昇を促して、政府が財政支出を増やして物価対策を打つのは矛盾していると思っている。残念なことに、そうした声はなかなか政策決定者に届かない。

一発で即効性がある対応は、日銀は長期金利の変動幅を0.25%から0.50%へと拡大することだ。円安ペースは間違いなく鈍る。日銀は、オーバーシュート・コミットメントに基づき、長いスパンで期待インフレ率の上昇を定着させようとしている。だから、無制限に円安にならなくても、円安傾向が続くことで十分なはずだ。「円高が怖いから、いくらでも円安方向に向かった方がよい」という考え方をしてはいけない。

長期金利の変動幅を0%を中心にプラス・マイナス0.50%まで広げることは、設備投資を抑制すると警戒する人もいるだろう。しかし、急激な円安で価格転嫁ができなくなる状況を放置すれば、その方が企業収益悪化を通じて、設備投資を抑制するのではあるまいか。

もう1つ、長期金利上昇にはメリットがある。個人の資産運用の利回りを上げることだ。2022年度は、年金生活者への支給額が前年比▲0.4%も下がる。年金生活者は、年収以上の金融資産を保有する人が少なくない。例えば、個人向け国債の利回りが、0.4%程度まで上がっていくと、その運用益で年金不足をいくらかは穴埋めできる。

注:最近発行された個人向け国債145回債の利回りは0.13%だった。

資産を持っている高齢者には、1人5,000円を配るよりも、運用益の恩恵が大きい人がいるかもしれない。なお、この1~3月にかけて住民税非課税世帯には1人10万円の追加給付が実施されている。物価対策で改めて給付を行わなくても、すでに低所得者対策は実行済みである。

反面、日銀が長期金利の変動幅を拡大すると、政府の利払費は増えることになる。財政支出への負担感は、財務省の「1%の金利上昇で利払費が3.7兆円の増加」という計算を使うと、その1/4の9,250億円の増加ということになる。その分は、政府が物価対策のための財政出動を小幅に止めて、利払費の増加に備えなくてはいけない。

熊野 英生


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熊野 英生

くまの ひでお

経済調査部 首席エコノミスト
担当: 金融政策、財政政策、金融市場、経済統計

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