インド、2022-23年度予算はインフラとデジタルを軸に景気回復を優先

~歳出拡大による経済立て直しを優先の一方、財政状況が想定以上に悪化するリスクに要注意~

西濵 徹

要旨
  • インドは一昨年来の新型コロナ禍に際して度々景気減速に見舞われてきた。今年度は高成長が期待されたが、昨年はデルタ株による感染再拡大が重石となったほか、足下ではオミクロン株も足かせとなっている。政府は最新の「経済報告」で経済成長率を今年度は+9.2%、来年度は+8.0~8.5%との見通しを示した。早期の感染収束や例年並みの雨量を前提に景気回復が続くとしているが、足下ではオミクロン株の感染拡大を受けて雇用環境が悪化する動きがみられるなど、景気回復の行方に冷や水を浴びせる可能性はくすぶる。
  • 今年は重要州で州議会選が予定されるなどモディ政権には経済の立て直しが急務ななか、1日に公表された来年度予算案は景気回復を重視した内容となった。インフラとデジタルを軸に歳出の拡充を図る一方、景気回復に伴う税収増で財政赤字はGDP比▲6.4%になるとの見通しを示した。しかし、歳入は些か楽観的な見通しに基づいており、財政状況は想定以上に悪化するリスクはくすぶる。国際金融市場は現状好感している模様だが、感染動向や原油価格などの状況如何では評価が一変する可能性に注意が必要と言えよう。

一昨年来の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のパンデミック(世界的大流行)に際して、インドは度々感染拡大の中心地となるとともに、その度に行動制限が課されたことで幅広い経済活動に悪影響が出る事態に見舞われた。新型コロナ禍の『第1波』の影響で昨年度(2020-21年度)の経済成長率は▲7.3%と40年超ぶりとなるマイナス成長に陥るなど深刻な景気減速に陥ったものの、年度後半には感染一服により経済活動の正常化が進むなど景気は底入れしており、今年度(2021-22年度)は大幅なプラス成長となることが期待された(注1)。当研究所が試算した季節調整値に基づけば今年度は成長率の『ゲタ』が+10.2ptと大幅なプラスになっており、この点でも比較的容易に高い経済成長を実現することのハードルは低いと捉えられる。しかし、昨年も感染力の強い変異株(デルタ株)による感染再拡大に見舞われたほか、今年度の初めに当たる昨年4-6月にその影響が直撃した結果、同期の経済成長率は前年比ベースでは大幅なプラスとなるも、季節調整値に基づく前期比の成長率はマイナス成長になったと試算される(注2)。なお、その後は感染収束が進んだことで経済活動の正常化が図られたほか、政府及び中銀は政策の総動員を通じて景気下支えを維持しており、景気は着実に底入れする動きをみせてきた。しかし、昨年末に南アフリカで確認された新たな変異株(オミクロン株)は世界的に感染拡大の動きが広がるなか、年明け以降はインドでも感染が急拡大するなどインド経済にとって新たなリスク要因となることが懸念される。政府(統計計画実施省)は先月初めに公表した今年度の経済成長率見通しにおいて、オミクロン株の感染急拡大を受けた消費者マインドの悪化や経済活動の鈍化を警戒して+9.2%と従来見通し(+10.5%)から下方修正している(注3)。先月末に公表された最新の『経済報告』においても今年度の経済成長率見通しは+9.2%としており、実力ベースでは今年度のインド経済はほぼ成長していないと捉えることが出来る。他方、同報告では来年度(2022-23年度)の経済成長率について、国際原油価格の上昇などに伴う世界的なインフレと新型コロナ禍の行方が引き続きリスク要因になるものの、+8.0~8.5%程度の高成長を維持出来るとの見方が示された。この前提として、今後は新型コロナ禍に伴う混乱が収束するとともに、雨季(モンスーン)の降雨量が例年並みであるほか、米FRB(連邦準備制度理事会)をはじめとする主要国の中銀が秩序ある形で流動性吸収を図ることを挙げる一方、同国経済は農業及び鉱業部門の堅調な生産拡大が景気を下支えするとの見方を示している。足下のインド経済を巡っては、オミクロン株による感染再拡大の悪影響が懸念されるも企業マインドは底堅い動きをみせており、仮に感染動向が落ち着きを取り戻せば景気回復が進むと期待される。ただし、企業マインドの堅調さと対照的に雇用を取り巻く状況は厳しさを増しており、インド経済は家計消費をはじめとする内需依存度が高いことを勘案すれば、物価動向とともに景気動向を左右すると捉えられる。

今年はモディ首相の選挙地盤であるグジャラート州のほか、議会上院(ラージャ・サバー)内で最も議席数が多い(31議席)ウッタル・プラデシュ州などで州議会選挙が予定されており、モディ政権を支える最大与党・インド人民党(BJP)をはじめとする与党連合(国民民主連合:NDA)にとっては議席の積み増しが課題となっている。さらに、上述のように足下のインド経済は新型コロナ禍の回復途上にあるものの、オミクロン株による感染再拡大が新たなリスク要因となっていることを受けて、早期の景気回復により新型コロナ禍を経て疲弊した経済の立て直しが急務になっている。こうしたなか、政府が1日に公表した来年度予算案では、今年度予算に続いて「景気対策」を強く前面に押し出す一方で財政健全化路線を事実上『棚上げ』する姿勢が示された。歳出規模は今年度当初予算対比+13.3%増の39.4兆ルピーとなっているほか、補正予算などを経て改訂された今年度歳出見通し(37.7兆ルピー)に対しても+4.6%上回るなど、3年連続で大規模な財政出動が図られる。分野別では、早期の景気回復を図るべくインフラ投資関連支出が大幅に拡充されており、それぞれ今年度歳出見通し対比で運輸・交通関連(+51.0%)、都市開発関連(同+40.2%)、農村開発関連(同+6.0%)など生活関連インフラを中心に歳出拡大が図られているほか、新型コロナ禍対策を目的に保健・医療関連(同+16.1%)も引き続き大幅に拡充される。なかでも運輸・交通関連では、高速道路網の拡充や鉄道の新型車両製造計画などが盛り込まれるなど『ポスト・コロナ』を見据えた形となっている。また、2019年に実施された前回総選挙(議会下院総選挙)で与党が地滑り的な大勝利を収めた背景には、隣国パキスタンとの関係悪化を受けた『強硬姿勢』が影響したとみられるなか(注4)、足下では中国と係争地を巡る衝突が度々散見されることを受けて、防衛関連予算は今年度当初予算対比で+11.0%、歳出見通し対比でも+4.6%と大幅に拡充されている。予算教書演説においては「インフラ」と並んで「デジタル」という単語が繰り返し引用されるなど経済成長のカギを握るとみられるなか、IT及び通信関連の予算も今年度歳出見通し対比で+177.8%と3倍弱に大幅に引き上げられる。さらに、中銀(インド準備銀行)は来年度中のデジタル通貨(ブロックチェーン技術などの導入を検討している模様)の導入を進めることを表明する一方、暗号資産をはじめとする民間のデジタル資産により生じた利益に30%の所得税を課す方針を明らかにしている。他方、ここ数年のインドを巡っては国有銀行を中心とする不良債権問題が景気回復の足かせとなってきたなか、今年度予算では『バッドバンク』設立に加えて2,000億ルピー規模の資本増強策を盛り込んだが、来年度予算ではゼロ計上としている。足下では景気回復の進展に伴い不良債権は想定に比べて落ち着いた推移が続いており、政府はそうした状況を楽観視しているとみられるが、国有企業の民営化計画は一向に進捗しておらず、金融市場の環境変化が予想されるなかで先行きには不透明感がくすぶる。なお、景気の底入れを受けて歳入が押し上げられる一方、歳出増圧力が強まっていることを受けて今年度の財政赤字はGDP比▲6.9%と予算当初時点(▲6.8%)の見通しから赤字幅が拡大しているものの、来年度については▲6.4%に赤字幅は縮小するとしており、その前提として景気回復が進むことに伴う税収増や国有企業の民営化などを盛り込んでいる。ただし、上述のように国有銀行の民営化計画は遅々として進んでいない状況を勘案すれば、仮にオミクロン株による感染動向の悪化が長引く事態となれば、状況は想定以上に悪化する懸念はくすぶる。国際金融市場においては、米FRBの『タカ派』傾斜による米ドル高を受けて新興国のマネーフローが変化する動きがみられるものの、インドについては年明け以降のオミクロン株による感染再拡大にも拘らず景気回復期待を追い風に比較的堅調な流入が続いてきた。その後は感染動向の悪化を受けて通貨ルピー相場や主要株式指数も調整する動きがみられたものの、上述のように来年度予算が景気回復を重視する姿勢をみせていることは現時点において好意的に受け止められている模様である。ただし、インドは新興国のなかでも公的債務残高のGDP比が主要新興国のなかでも高水準である上、慢性的に財政赤字と経常赤字の『双子の赤字』を抱えるなど経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)は脆弱であるなか、国際原油価格の上昇の動きは対外収支のみならず、物価動向に影響を与えることが懸念される。その意味では、感染動向の行方如何では金融市場のインドをみる目が変化する可能性に留意する必要がある。

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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