カザフスタン、暴動を機に政変へ、地域を巡る地政学リスクに要注意

~ロシアの「裏庭」が米ロの新たな「代理戦争」に、関係を深める中国の動きにも注意が必要に~

西濵 徹

要旨
  • 中央アジアのカザフスタンは世界有数の資源国であり、元々はロシアと関係が深い一方、近年は中国とも関係を強めてきた。ナザルバエフ前大統領は2019年に退任するも、その後も事実上の指導者として影響力を残してきた。他方、昨年来の新型コロナ禍で経済は悪影響を受ける一方、足下では国際原油価格の上昇や通貨テンゲ相場の下落も重なりインフレが加速感を強めるなど、景気に悪影響を与えることが懸念された。
  • 政府は今月から天然ガス価格の大幅引き上げを実施したが、デモの動きが全土に広がる事態となり、内閣総辞職に追い込まれるとともに、トカエフ大統領は全土に非常事態宣言を発令した。また、デモの一部がナザルバエフ氏を批判したなか、トカエフ氏はナザルバエフ氏の事実上の失脚を決定するなど「政変」に発展している。さらに、事態鎮静化に向けて生活必需品の価格統制に動くとともに、ロシアが主導するCSTOに部隊派遣を要請した。今後は同国が米ロ対立の「代理戦争」の舞台になる可能性、中国が関与を強めるなど地政学リスクに発展していく可能性もある。主要産油国である同国の混乱は供給不安を招く懸念もある。カザフスタン情勢は米ロ問題の火種であるウクライナ問題にも飛び火する可能性にも注意が必要と言えよう。

中央アジアのカザフスタンは、GDPの2割弱を原油及び天然ガスを中心とする鉱業部門が、輸出の約7割を鉱物資源が占めるなど、地域のみならず世界的にみても有数の資源国である。元々はソ連の一部であったものの、1991年のソ連崩壊を前に独立を果たすとともに、ナザルバエフ前大統領の下で長期に亘って強権的な統治が行われた経緯がある。こうした経緯から同国は様々な面でロシアと極めて関係が深い一方、地理的に中国と隣接している上、中国による外交戦略(一帯一路)の影響も重なり、近年は中国と経済面で関係を深めるなど地政学的にも重要さが増している。ナザルバエフ前大統領は2007年に実施された改憲により『終身大統領』となったものの、2019年に突如大統領職の退任を発表して上院議長であったトカエフ現大統領に禅譲する一方、国家安全保障会議の終身議長に留まるとともに、憲法で定められた『国家指導者』という地位を維持するなど事実上影響を保持してきた。さらに、ナザルバエフ氏の親族は原油及び天然ガス関連をはじめとする産業のほか、政府機関に影響力を有するなど、同国経済を実質的に掌握する展開が続いてきた。なお、一昨年以降の新型コロナ禍に際しては同国でも感染が広がったことで幅広い経済活動に悪影響が出るなど、昨年の経済成長率は▲2.5%と1998年以来となるマイナス成長に陥るも、昨年半ばにかけては一転して底入れの動きを強めてきた。その一方、昨年半ば以降には感染が再拡大する事態となったほか、世界経済の回復などを追い風に国際原油価格は上昇ペースを強めるなど世界的にインフレ圧力が強まる動きがみられるなか、同国においてはエネルギー価格の上昇に加え、通貨テンゲ相場の下落により輸入物価に押し上げ圧力が掛かっていることも重なり、足下のインフレ率は中銀の定める目標を上回るとともに、加速感を強めるなど景気に冷や水を浴びせる懸念が高まっている。なお、国際原油価格は昨年末にかけて調整圧力が掛かる動きがみられたものの、環境対策を目的に世界的には天然ガスに対する需要が高止まりするなか、国際価格は高止まりする展開が続いている。同国においては様々な燃料にLNG(液化天然ガス)が用いられるなか、国際価格の高止まりを理由に今月から価格が昨年に比べて約2倍に引き上げられており、物価上昇圧力が一段と高まることで幅広い経済活動に悪影響が出ることが懸念された。

図 1 実質 GDP の水準と成長率(前年比)の推移
図 1 実質 GDP の水準と成長率(前年比)の推移

図 2 インフレ率とテンゲ相場(対ドル)の推移
図 2 インフレ率とテンゲ相場(対ドル)の推移

なお、今月2日に石油及び天然ガスの産地である西部マンギスタウ州において燃料価格の大幅引き上げに対するデモが発生した。その後は最大都市アルマトイにデモの動きが広がるとともに、デモ隊の一部は上述のように大統領退任後も隠然たる影響力を背景に強権姿勢をみせるナザルバエフ前大統領への批判を展開する事態に発展した。さらに、デモの動きは同国全土に広がったほか、一部が暴徒化して治安部隊と衝突したことで多数の死傷者が発生する事態となるとともに、政府機関を襲撃して大統領の居宅が占拠されたほか、国際空港が占拠されて運航が一時停止状態となるなど混乱が広がった。こうしたことから、トカエフ大統領はデモの動きが激しい西部マンギスタウ州、アルマトイ、首都ヌルスルタンを対象とする非常事態宣言の発令に動いた。5日には非常事態宣言の発令対象を全土に広げるとともに、ロシアなど旧ソ連諸国で構成される集団安全保障条約機構(CSTO)に対してデモ鎮圧に向けた部隊派遣を要請した。こうした事態を受けて、マミン前首相が率いる内閣は総辞職に追い込まれたほか、トカエフ大統領はナザルバエフ氏を国家安全保障会議の終身議長から解任するとともに、自身が新たに議長に就任することを発表するなど事実上の『政変』に発展した。さらに、トカエフ大統領はデモの鎮静化と経済の安定化を図ることを目的に、LNGやガソリンなどエネルギー関連に一時的統制価格を導入して昨年並みに抑える方針を決定したほか、生活必需品である食料品などに対する価格抑制に向けた規制導入を検討する方針を明らかにしている。当面はトカエフ大統領による対応を経てデモ隊の鎮静化が進むとともに、経済活動の安定化が図られるか否かに注目が集まる。他方、トカエフ氏はCSTOに部隊派遣を要請した理由として、デモ隊について「海外で訓練されたテロ集団による侵略行為」と述べるなど、CSTOが元々NATO(北大西洋条約機構)への軍事的対応を目的としていることを勘案すれば、一連のデモに対する欧米など西側諸国の関与を疑っている可能性が考えられる。また、一連のカザフスタンの対応に関してロシアのプーチン政権は他国による干渉をけん制する姿勢を示す一方、米バイデン政権もロシアの主張をけん制するなど、カザフスタンが米露両国による『代理戦争』の新たな舞台となる可能性がある。さらに、上述のようにカザフスタンは中国との経済関係を深めており、足下では輸出の約2割を中国向けが占めるほか、中国にとっても『一帯一路』を巡る重要な拠点であることを勘案すれば、中国がこの地域の動向に対して関与を強めることも予想される。また、カザフスタンは世界有数の原油及び天然ガスの産出国であるなか、同国も加わる主要産油国の枠組であるOPECプラスは直近の閣僚級会合において現状維持を決定した(注1)。しかし枠組内では依然として生産能力が制限される状況が続いて実際の産油量が目標に届かない状況が続いており、カザフスタンの混乱長期化は供給面でのリスク要因となる可能性もある。さらに、カザフスタンは資源国であるものの、慢性的に経常赤字を抱えるなど対外収支構造が脆弱ななか、このところの国際原油価格の上昇にも拘らず外貨準備高は減少しており、IMF(国際通貨基金)が想定する国際金融市場の動揺に対する耐性評価(ARA:Assessing Reserve Adequacy)は充分とされる100~150%を大きく下回るなど厳しい状況に追い込まれることは避けられそうにない。国際金融市場におけるカザフスタンの存在感を勘案すれば、同国の状況による市場全体へのインパクトは軽微と見込まれる一方、上述のように地政学上の重要さを勘案すれば主要国による『綱引き』が激化することも考えられる。そして、ロシアと欧米諸国はウクライナ問題を巡って関係が緊迫化する状況が続いているが、ロシアにとっては東部に新たな火種が顕在化したことを受けて、ウクライナ問題への対応に変化が生じるなど問題が一段と深刻化する可能性にも注意が必要と言えよう。

図 3 外貨準備高と耐性評価(ARA)の推移
図 3 外貨準備高と耐性評価(ARA)の推移

以 上

西濵 徹

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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