インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

マレーシア中銀、様子見維持も中東情勢の行方には要注意

~成長見通しに自信をみせるも、リンギ相場に変化の兆し、中東情勢の動向に注意を払う必要あり~

西濵 徹

要旨
  • マレーシア中銀は、3月5日の定例会合で政策金利を4会合連続で2.75%に据え置いた。中銀は、2025年7月にトランプ関税への警戒から約5年ぶりの予防的利下げを実施した。しかし、対米輸出の駆け込み需要を背景に輸出や景気は堅調に推移している。昨年10月に締結された米国との通商合意では、関税率引き下げや一部品目の適用除外が織り込まれているものの、現時点において批准手続きは済んでいない。

  • 駆け込み需要の反動やトランプ関税の本格発動による外需減速懸念、米最高裁の違憲判決を受けた代替関税の導入や通商合意の批准遅れなど、通商環境の不透明感は増している。他方、AI関連投資の活発化やジョホール・シンガポール経済特区の進展が下支え要因となるほか、政府も現金給付やガソリン補助金などの景気対策を実施しているものの、原油高騰が財政・物価に新たなリスクをもたらす可能性はある。

  • 中銀は、世界経済について内需やIT投資が支えになるとしつつ、中東情勢や関税政策を下振れリスクと認識する。国内経済については、内需や電子デバイス輸出が2026年も成長を続けるとの見通しを示した。物価は緩やかな水準にとどまると予想し、現行の金利水準が適切として様子見姿勢の継続を示唆した。

  • 良好なファンダメンタルズを背景にリンギは堅調に推移しており、中銀声明からはリンギ相場への言及は姿を消している。しかし、イラン情勢の悪化により相場に変化の兆しが見られる。外貨準備はIMFの適正水準を下回ると試算され、情勢が長期化すれば、金融政策の制約要因となるリスクに注意が必要である。

マレーシア国立銀行(中銀)は、3月5日に開催した定例の金融政策委員会で、政策金利を4会合連続で2.75%に据え置くことを決定した。中銀は2025年7月の定例会合において、トランプ関税による実体経済への悪影響を警戒して「予防的措置」としての利下げに動いた。中銀による利下げ実施は約5年ぶり。過去2年以上にわたって物価や為替の安定を目的に金融引き締めを維持してきたものの、外部環境の変化が方針転換を促した。背景には、マレーシア経済がASEAN(東南アジア諸国連合)主要国のなかでも構造面で外需依存度が高く、対米輸出比率は約15%、名目GDP比で1割強にのぼるなど、トランプ関税の影響を無視できないことがある。なお、米国は当初、マレーシアに対する相互関税を24%、その後25%に引き上げたが、通商協議を経て19%とASEAN主要国と同水準に引き下げられた。さらに、主力の輸出財である医薬品や半導体製品、一部の農産品を関税の対象外とすることで協議が進められた。結果、2025年10月末の米・マレーシア首脳会談を経て、パーム油やゴム製品、ココア、航空機部品、医薬品など計1,711品目、対米輸出の1割強を関税対象外とすることで合意し、最悪の事態は回避されている。なお、米国との合意には、米国の重要な利益を危険にさらす国と経済・貿易協定を締結した場合に米国が一方的に破棄できる「毒薬条項」など、中国を念頭に置いた内容が盛り込まれているとされる。近年、マレーシアは中国との接近を強めており、米国との協議に影響した可能性がある。足元の輸出はトランプ関税の本格発動を前にした対米輸出の「駆け込み」を反映して堅調な推移をみせており、2025年10-12月の実質GDP成長率も前期比年率+3.06%(改定値)、中期的な基調を示す前年同期比ベースでも+6.3%と2022年10-12月以来3年ぶりの高い伸びとなり、足元の景気は改善の動きを強めている。

図表1
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ただし、先行きはトランプ関税の本格発動が外需の足かせになるとともに、これまでの駆け込みの反動の動きも景気の足を引っ張ることが懸念される。一方、米連邦最高裁判所が相互関税に対して違憲判決を下したことを受けて、トランプ米政権は相互関税に代替する形で通商法122条を根拠にした追加関税を課している。米国との通商合意を巡っては、マレーシア国会での批准手続きが終了しておらず、発効していない状況にあるうえ、追加関税は15%と合意(19%)に比べて低水準にとどまるため、批准手続きを踏みとどまらせる可能性がある。こうしたなか、世界的なAI(人工知能)関連投資の活発化を追い風に、同国においては半導体やデータセンターなどを中心とする投資が活発化しており、その中心地となる隣国シンガポールと設立したジョホール・シンガポール経済特区(JS-SEZ)の進展も下支えにつながると期待される。また、政府は経済対策として、2025年8月末から18歳以上のすべてのマレーシア国民に対する100リンギの現金支給のほか、レギュラーガソリン(RON95)を対象とする補助金調整による価格引き下げなど景気下支えに動いている。1月のインフレ率は前年比+1.6%と落ち着いた動きをみせる一方、コアインフレ率は同+2.3%と緩やかに加速しており、食料品などのほか、非耐久消費財やサービス価格の上昇がインフレ圧力を高めている。さらに、足元ではイラン情勢の悪化を理由に国際原油価格が急騰しており、補助金政策を強化すれば物価は抑えられるものの、財政悪化など新たな懸念要因を招くことが考えられる。よって、財政、金融政策運営を巡る不透明感が高まる可能性がある。

図表2
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こうしたなか、会合後に公表した声明文では、世界経済について「持続的な内需、インフレ鈍化、旺盛なIT関連投資、財政・金融政策を通じて下支えされる」としつつ、「中東情勢は不確実性を高めている」として「長期化や深刻化の度合いに左右される」との認識を示した。そして、「地政学リスクの高まりや金融市場のボラティリティの上昇による下振れリスクは高まっている」ほか、「関税政策の行方や金融市場のリスク性向にも懸念がある」としつつ、「IT関連投資の拡大や関税による影響の緩和、主要国における景気刺激策が上振れ要因となり得る」との見方を示す。一方、同国経済について「堅調な内需や電子デバイス関連輸出の拡大、外国人来訪者数の増加が2025年の成長を促した」としたうえで、「2026年もこの勢いが続く」との見通しを示している。ただし、「中東情勢をはじめとする世界情勢を巡る不確実性に左右される」としたうえで、「世界貿易の減速や商品市況が想定以上に下落することに伴う下振れリスクがある」とする一方、「世界経済の回復、電子デバイス関連需要の拡大、観光業の活況は上振れ要因となり得る」とした。また、物価動向について「緩やかな水準にとどまる」との見通しを示すとともに、「国際商品市況のボラティリティが高まる可能性はあるが、国内物価への影響は限定的なものにとどまる」としたうえで、「コアインフレ率も需給バランスを勘案すれば、長期平均に近い水準での推移が見込まれる」との見方を示している。なお、政策委員会は「中東での紛争継続による不確実性を認識している」としたうえで、「世界経済やマレーシア経済への影響は今後の情勢次第」としつつ、マレーシア経済について「強固な内需、物価安定、健全な金融セクター、底堅い対外収支という強みを有する」との見方を示した。そのうえで、政策運営について「足元の金利水準は物価安定と景気下支えの両立に向けて適切」と従来からの見方を示し、先行きも「景気と物価の見通しを巡るリスクを評価しつつ動向を注視する」として現行水準での様子見姿勢を継続する可能性を示唆した。

なお、前述した2025年7月の定例会合での利下げ決定においては、通貨リンギ相場の動向を注視する考えを示していた。しかし、その後の定例会合後の声明文ではリンギ相場に関する言及はない。このところの国際金融市場では、マレーシアが経常黒字を計上しており、経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)の良好さが注目される一方、トランプ米政権の政策運営を巡る不透明感などを理由に米ドル安が意識され、リンギ相場は堅調な推移をみせてきた。ただし、イラン情勢の急速な悪化を受け、足元の金融市場では「有事のドル買い」の動きが広がり、リンギ相場にも変化の兆しがみられる。マレーシアの外貨準備高は、IMF(国際通貨基金)が示す国際金融市場の動揺への耐性の有無を示すARA(適正水準評価)に照らし、「適正水準(100~150%)」とされる水準を下回ると試算される。当面の金融市場において、こうした問題が注目を集める可能性は高くないものの、イラン情勢が長期化して不透明感が高まれば、外貨準備の余裕が乏しく、通貨防衛能力に限界があるなど、金融政策の手足を縛る可能性に注意する必要がある。

図表3
図表3

図表4
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以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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