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2021.12.10
アジア経済
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マレーシア経済
マレーシア、ナジブ元首相は控訴審も有罪、政局争いが再び激化する懸念
~ナジブ氏は即上訴決定で徹底抗戦の構え、「反ナジブ派」の動きは政権運営に影響を与える可能性も~
西濵 徹
- 要旨
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- マレーシアでは、2018年の総選挙で建国後初の政権交代が起こったが、ナジブ元首相による汚職疑惑がその一因となった。ナジブ氏は政権交代後に行われた捜査で逮捕、起訴され、昨年7月の一審判決では禁錮12年の実刑判決と2.1億リンギの罰金刑が下された。ナジブ氏は判決を不服として控訴して、SNSを通じて自身の主張を積極的に展開したが、与野党を問わず政局争いが激化するなど国民を『蚊帳の外』に置いた動きがみられるなか、国民の7割弱を占めるマレー系を中心に一定の支持を集めることに繋がっている。
- なお、政局争いを経てムヒディン前政権は崩壊したため、ナジブ氏が所属するUMNOのイスマイルサブリ氏が首相に就任した。同氏はUMNO内では「非主流派」ゆえに合従連衡が図られた一方、政権基盤の脆弱さゆえに政権運営に当たってナジブ氏に配慮する動きがみられた。ナジブ氏自身も先月の南部マラッカ州議会選での与党圧勝に貢献するなど政治的影響力を高めており、控訴審に影響が出る可能性も懸念された。
- しかし、8日に下された二審判決は、一審判決を支持して禁錮12年の実刑判決と2.1億リンギの罰金刑となった。ナジブ氏は上訴を決定するなど徹底抗戦の構えであり、来年に予定される次期総選挙での復権を目指す模様である。他方、与党連立内の「反ナジブ派」が勢い付く一方、イスマイルサブリ氏の立場は厳しくなる可能性がある。新型コロナ禍対策が一巡した後は再び政局争いが激化する可能性に注意が必要と言えよう。
マレーシアでは、2018年に実施された連邦議会下院(代議院)の総選挙において、1957年の建国以来初めてとなる政権交代が行われた。なお、その背景にはナジブ元政権の下で、ナジブ氏の肝煎りで設立された政府系ファンド(1MDB)を舞台にした巨額の汚職事件に加え、その疑惑にナジブ氏のみならず、妻(ロスマ・マンソール氏)やその連れ子(リザ・アジズ氏)など家族ぐるみによる関与が疑われて政権支持率が低下したことが影響したとみられる。1MDBについては、その融資を通じて多額の焦げ付きが生じたことで2014年3月末時点において約420億リンギ相当の巨額の負債を抱えるとともに、その背後で不正経理が行われたことが指摘されていた。しかし、ナジブ政権下で行われた検察当局の捜査では、すべてがうやむやにされた上で早期に捜査が打ち切られたため、その後の政権交代に向けた世論情勢に繋がるきっかけになったとみられる。その一方、海外では一連の汚職疑惑に関与した銀行幹部や実業家が起訴されるなど、ナジブ氏の『外堀』は徐々に埋まっていたほか、政権交代後に発足したマハティール元政権下で検察当局による再捜査が実施された。結果、一連の疑惑で総額45億ドルに上る資金の不正流用が認定されたほか、ナジブ氏個人についても1MDBの元子会社を通じた権力乱用や背任、マネーロンダリングなど計42件の容疑で逮捕、起訴されるとともに、リザ・アジズ氏を含む多数のナジブ氏の関係者も起訴された。ただし、同国政界においては昨年2月にマハティール元政権が崩壊してムヒディン前政権が発足したものの、その際の政党間の合従連衡では、政権交代前の与党でナジブ氏の影響が色濃く残る統一マレー国民組織(UMNO)が与党連立入りする動きがみられた。こうしたことから、その後はリザ・アジズ氏に対する起訴が多額の罰金と引き換えに取り下げられたほか、ナジブ氏と近しい有力政治家に対する起訴も取り下げられるなど、一連の裁判の行方に不透明感が高まった。しかし、昨年7月にクアラルンプールの高等裁判所が下した一審判決では、ナジブ氏に対する7つの起訴事実について、被告側が充分な反証が出来なかったことを理由に職権乱用や背任などを認定するとともに、禁錮12年の実刑に加え、2.1億リンギの罰金の支払いを命じる判断を下した(注1)。一連の捜査においては、海外の司法当局が相次いで汚職疑惑を認定したほか、海外の捜査機関と合同で捜査が行われたこともあり、裁判所は事前に懸念された『政治的圧力』に屈することなく厳しい判断を下したと判断出来る。他方、ナジブ氏は判決を不服として控訴するとともに、追加の保釈金の納付と引き換えに控訴審に際して収監を免れているほか、議員の地位も維持していることで政界に対する影響力を有する状況が続いている。さらに、ナジブ氏はSNSを通じて自身の主張を精力的に発信し続けており、政権交代後は与野党を問わず政局争いが激化するなど国民を『蚊帳の外』に置いた動きがみられるなか、国民の7割弱を占めるマレー系を中心に一定の支持を集めることに繋がっている。
なお、ムヒディン前政権による新型コロナ禍対応も影響して、政界では政権内外において政局争いが激化するとともに、ナジブ氏が影響を有するUMNOが与党連立からの離脱に動くとの『揺さ振り』を強めたことも影響して今年8月にムヒディン前政権は崩壊した(注2)。しかし、その後はUMNO所属ながらナジブ氏など『党内主流派』と距離がある非主流派で、ムヒディン前政権で副首相を務めたイスマイルサブリ氏を中心に政党間の合従連衡が図られ、ムヒディン前政権と同じ与党連立の枠組みによりイスマイルサブリ政権が発足した(注3)。政権発足に当たっては、ムヒディン前首相が率いるマレーシア統一プリブミ党(PPBM)がナジブ氏などUMNOの『党内主流派』を閣僚に起用しないことで連立与党が形成されたものの、連立与党は代議院においてギリギリ多数派を形成するなど政権基盤は極めて脆弱である。さらに、イスマイルサブリ氏自身はUMNO内で『非主流派』ゆえに、安定的な政権運営の実現には実力者であるナジブ氏の『後ろ盾』が必要であるなど、難しい立場に立たされている。こうした状況は、先月末に開催された隣国シンガポールとの首脳会談において、今年1月にムヒディン前政権が財政上の問題を理由に撤回を申し出た両国間の高速鉄道計画について、イスマイルサブリ氏がシンガポールのリー・シェンロン首相に対して議論再開の申し出を行ったことに現れている。同計画を巡っては、ナジブ元政権下の2016年に両国で建設が合意された経緯があるなどナジブ氏にとって『肝煎り』案件のひとつであり、イスマイルサブリ氏がナジブ氏に配慮せざるを得ない事情もうかがえる。また、上述のようにナジブ氏はマレー系住民を中心に一定の支持を集めるなか、先月に実施された同国南部のマラッカ州の議会選挙では選挙戦の陣頭指揮を取るとともに、UMNOを中心とする政党連合の圧勝に貢献するなど政治的影響力を高める動きもみられた。こうしたことから、ナジブ氏に対する裁判を巡っては、控訴審以降の動きに何らかの影響が出る可能性も懸念された。
8日にマレーシア上訴裁判所が下した二審判決では、上述した一審判決を支持する一方でナジブ氏による控訴を棄却し、ナジブ氏に対して禁錮12年の実刑に加え、罰金2.1億リンギの支払いを命じる判決を下した。判決では、一審と同様に1MDBの元子会社を通じた職権乱用や汚職を認定するとともに、ナジブ氏による当時の行動ついて「国益のためになされたものではなく、むしろ国家の恥である」と断罪するなど厳しい見方を示した。これを受けて、ナジブ氏側は即、刑の一時的な執行停止を申請して認められたことで再び収監を免れるとともに、連邦裁判所(最高裁判所)に上訴することを決定するなど徹底的に争う構えをみせている。なお、同国においては来年に次期総選挙の実施が見込まれるなか、ナジブ氏は『禊』を経て復権を果たすことを目指してきたものの、今回の二審判決によってそのハードルは高まっている。ナジブ氏としては、最高裁判決で『逆転無罪』を勝ち取ることにより次期総選挙への出馬を可能にするとともに、政治的復権を果たすことを目指すとみられる。また、仮に有罪が確定した場合においても、現行憲法では国王からの恩赦ないし猶予を得られれば公民権の回復を図ることが可能であり、そうした道を探る可能性も考えられる。他方、二審判決でナジブ氏に対する断罪が示されたことは、政権与党内でナジブ氏と対立するムヒディン前首相などにとっては追い風となる一方、上述のようにナジブ氏の『後ろ盾』を得るべく配慮を示してきたイスマイルサブリ首相の立場を厳しくする可能性があるほか、政権運営にも少なからず影響を与えることが予想される。政局争いを巡っては、新型コロナ禍対策を名目に『一時休戦』状態となるなど表立った動きはみられないものの(注4)、足下では感染動向の改善が進むとともに、行動制限が緩和されるなど経済活動の正常化が進んでおり、再び活発化する火種はくすぶる。その意味では、新型コロナ禍対応が一巡した後は、再び政局争いに明け暮れる事態となる可能性に注意が必要と言えよう。
注1 2020年7月29日付レポート「マレーシア・ナジブ元首相に有罪判決も、政治の成熟化は期待出来ず」
注2 8月16日付レポート「マレーシア・ムヒディン首相、政局争いの激化を受けてついに「陥落」」
注3 8月23日付レポート「マレーシア、「妥協の産物」としてのイスマイルサブリ新政権の発足」
注4 9月14日付レポート「マレーシア、新型コロナ禍対策を名目に政争は「一時休戦」に至る」
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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