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マレーシア、新型コロナ禍対策を名目に政争は「一時休戦」に至る

~ワクチン接種の進展で都市封鎖の解除が進む一方、リンギ相場は感染動向がカギを握る展開~

西濵 徹

要旨
  • マレーシアはASEAN内でも変異株による新型コロナウイルスの感染拡大の中心地となる一方、政局争いを巡るゴタゴタが続いてきた。8月にイスマイルサブリ政権が誕生した後、国王は与野党に協力するよう求める異例の声明を出した。これを受けて与野党で協議が行われた結果、13日に政局争いの「一時休戦」で合意した。足下の感染動向はASEAN主要国でも図抜けるなど厳しい状況が続いているが、政局争いの休止により新型コロナ禍対応に注力することが出来る環境が整ったことで、今後は事態収束が進むことが期待される。
  • なお、ムヒディン前政権の下でワクチン接種の加速化が図られてきたこともあり、足下のワクチン接種率は大きく前進している。地方部の感染動向は依然厳しいものの、ワクチン接種の進展を受けて今月10日には首都圏で都市封鎖が解除されるなど経済活動の再開に向けた動きは前進している。新型コロナ禍を受けても経常黒字が続いている上、政局争いの一時休戦も追い風に通貨リンギ相場は下支えが期待されるなか、今後も上値を追うことが出来るか否かは感染動向の改善が着実に前進出来るか否かに掛かっている。

このところのマレーシアを巡っては、感染力の強い変異株の流入を受けてASEAN(東南アジア諸国連合)における新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染拡大の中心地となる一方、国民を置き去りにした政局争いが与野党間のみならず、与党連合内でも噴出したことも影響して感染対策が後手を踏む展開が続いてきた。年明け以降は与党連合の一角を担ってきた統一マレー国民組織(UMNO)が次期総選挙においてムヒディン前首相率いるマレーシア統一プリブミ党(PPBM)との関係解消を決定したほか、8月初めにはUMNO所属の閣僚が相次いで辞任を発表するなど政権内で『遠心力』が強まったことも影響してムヒディン前首相は辞任を発表する事態に追い込まれた(注1)。ただし、その後の政党間協議では各党による『打算』が影響する形で、UMNO所属でムヒディン前政権下において副首相を務めたイスマイルサブリ氏を首班にした上で、最終的にムヒディン前政権を支えた与党連立と同じ枠組で新政権が樹立する結果となった(注2)。こうしたことから、与党連立内ではUMNOとPPBMとの事実上の反目状態が懸念されたほか、UMNO内でイスマイルサブリ氏は主流派と距離を置く姿勢をみせたこともあり、新政権は様々な火種を抱えつつ船出を迎えるなど政権運営を巡る厳しい状況も予想された。他方、イスマイルサブリ新政権を支える与党連合は議会下院(代議院)で辛うじて半数を上回る勢力に留まるなど政権基盤が脆弱であることに加え、政局争いの激化が新型コロナ禍対策を停滞させることを危惧してアブドラ国王は与野党双方に協力して政治に取り組むべく異例の要請を出す動きがみられた。こうしたことを受けて、10日にイスマイルサブリ政権は7項目の政治行政改革案を閣議決定して発表したほか、当該案について与野党協議が行われた結果、13日に与野党は議会下院の解散総選挙を来年7月まで実施しないことで合意するとともに、新型コロナ禍対応に集中することを目的に政局争いを休止させる覚書を締結した。マレーシア国内における感染動向を巡っては、先月下旬を境に新規陽性者数が頭打ちする動きをみせているものの、ASEAN主要国のなかでは人口当たりの新規陽性者数の規模は図抜けた状況にある上、感染急増に伴う医療インフラにひっ迫を受けて死亡者数は拡大が続くなど厳しい状況が続いている。よって、政局争いが休止状態となることにより、新型コロナ禍対策への注力が進むとともに感染収束に向かうことが期待される。

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なお、欧米や中国など主要国ではワクチン接種の進展が経済活動の再開を後押しする動きがみられるなか、同国においてもムヒディン前政権は日本や米国によるワクチンの無償供与の動きに加え、中国によるいわゆる『ワクチン外交』の動きも追い風にワクチン確保を進めることで、ワクチン接種の加速化を図ってきた。こうしたこともあり、今月12日時点における完全接種率(必要な接種回数をすべて受けた人の割合)は53.07%と人口の半数以上がワクチン接種を終えている上、部分接種率(少なくとも1回は接種を受けた人の割合)も66.05%に達するなど、ASEAN内でともにシンガポールに次ぐ水準となるなどワクチン接種は進んでいる。イスマイルサブリ政権は発足直後に新型コロナ禍からの復興の道のりを4段階で示す「国家復興計画」を発表する一方、上述のように足下の感染動向は依然として厳しい状況ながら、ワクチン接種の進展受けて政府は今月10日に首都圏のクアラルンプール、プトラジャヤ、セランゴール州の3州を『第2期』に移行させるとして事実上の都市封鎖(ロックダウン)を解除しており、ワクチン接種の完了を前提に域内の移動制限が解除されている。この決定に伴い対象地域における行動制限も緩和されており、今後は経済活動の再開に向けた動きが進むとともに、感染動向が一段と改善すれば復興段階の進展が図られるなど、経済活動の正常化が大きく進むことが期待される。他方、昨年来の新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)を受けて世界的に人の往来が大きく縮小する展開が続いていることを受けて、同国は経済に占める観光関連比率が比較的大きいことが影響してサービス収支は急速に悪化しているものの、主要国を中心とする世界経済の回復期待を追い風とする国際商品市況の上昇を反映して財収支は拡大しており、対外収支構造は『行って来い』の状況にあると判断出来る。こうしたことから、同国の外貨準備高を巡っては過去数年に亘ってIMF(国際通貨基金)が想定する国際金融市場の動揺に対する耐性は若干乏しい展開が続いてきたため、新型コロナ禍にも拘らず政局争いが続くなどのゴタゴタも影響して通貨リンギ相場は調整する局面が続いてきた。しかし、足下では観光関連収入の激減にも拘らず経常収支は黒字を維持している上、域内でもワクチン接種の進展が確認されるなど経済活動の再開を後押しする動きがみられるほか、政局争いも一時休戦状態となったことで先行きのリンギ相場にとっては追い風となる材料が揃いつつあると判断出来る。その意味では、リンギ相場が今後も一段と上値を追うことが出来るか否かは、イスマイルサブリ政権が新型コロナ禍対応に注力するとともに、感染動向の着実な改善に道筋を描くことが出来るか否かに掛かっていると言えよう。

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以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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